その24 花火

文字数 829文字

 カニ缶を四つとビールの中瓶を三本空にした頃、健斗がやんわりと言った。

「矢野君。本棚の後ろにあるのは花火じゃないのか?」
「どれ?」

 僕が引っ張り出してみると、それは確かに夏場によく売られている花火の詰め合わせだった。それが二袋も出て来た。

「ああ、これは去年の夏に親戚と海に行った時の残りだ。始末しようと思って忘れていた奴だよ」

 健斗はその一つを取って言った。

「時期には早いけど、花火もいいね。やろうか」
「ああ、いいね。近くに公園もあるし、それにこれは打ち上げタイプじゃないから迷惑もかからないはずだ」
「そうだね。この際だから、渡辺さんも呼んだら?」
「今から?」
「そう。きっと来るよ」
「そうかな」

 僕は彼女に電話をしてみた。すると彼女は健斗が言ったように二つ返事で「行く!」と答えた。

「来るってさ」
「そうだと思った」
「流石君には分かっていたのか?」

 健斗は酔ったせいではないのだろうが、妙に意味深な笑みを浮かべていた。

「矢野君さぁ。そろそろ渡辺さんに気持ちを伝えたらどうなんだ?」
「どんな気持ちさ」
「渡辺さんの事が好きなんだろう?」
「僕が? まさか」

 僕は否定したのだが、何か後ろめたさがあった。健斗は僕に顔を近づけて言った。

「女の子が好きでもない相手とセックスすると思うかい? それに君だって好きでもない相手とセックス出来るかい?」
「あ」

 いつも彼女の方から近づいて来るので星羅は僕に気があると思っていたからこそ誘っただけで、特に相手が星羅じゃなければいけない理由など無いはずだったのだが、健斗に正面から正論をぶつけられるとどうしようもなく心がざわついた。

「そ、その通りかもしれない」
「だろう?」
「でも、僕としては好きとか嫌いとかなんて考えたこと、ないんだけどな」

 健斗は「ははっ」と軽く笑った。

「それが恋だよ」
「恋? 僕が恋をしているって言うのか」

 健斗は僕の質問に答えることなく「さぁ、行こうぜ」などと言って腰を上げた。僕も花火を持って彼に続くのだった。
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