その13 このままでは終われない

文字数 1,197文字

 僕がようやく上半身を起こすと、さすがに健斗も背中に手を回して気を使ってくれた。

「大丈夫?」
「うん。何とかね」

 腹部の痛みは随分と和らいだが、まだ少し突っ張る感じがした。
 健斗が僕の背中をさすりながら言った。

「これからどうするの?」
「どうするって何を?」
「決まっているじゃないか。まさかこのまま泣き寝入りじゃないだろう?」
「どういうこと? 先生に連絡するってことか?」

 健斗は大袈裟に見えるほど首を横に何度も振った。

「違うよ。やられたんだからやり返すんだよ」
「はぁ? やり返すって、あいつらに?」
「そうだよ」

 それが当然のような顔で言い切る健斗に、僕はまた頭を抱えてしまった。こいつの頭の中も、もしかすると大切な回線が一本切れているのかもしれない。
 あいつらに仕返しした所で最初から勝ち負けは見えているようなものだ。無駄な争いは避ける方が得策だと思った。しかし健斗は違っていた。

「矢野君さぁ。筋金入りのヤクザが一番怖い相手って知ってる?」
「知らない。警察とか、物凄い格闘家とか?」
「違うよ。普通の会社員なんだって」
「どうして」
「普通の会社員がマジにブチ切れると、地位も名誉も家族も全部忘れて向かって行くんだってさ。もちろん自分の命すら関係ないって感じで……」
「へぇ、そうなんだ。知らなかったな。見た事ないから」
「そうなんだってさ。だからヤクザが一番怖いのは素人のマジ切れなんだって」
「ふぅん。流石君はどうしてそんな事を知ってるのかな」
「駅のホームのベンチに忘れてあったエロ雑誌に書いてあった」
「へぇ」
「だから矢野君もブチ切れてみればいいよ。あんな奴ら、何ともないから」
「そうかな」
「そうさ」
「僕も一緒に行くからやってみようよ」
「えっ! 流石君が手伝ってくれるの?」
「うん。面白そうだからね」

 健斗はやっぱりいい奴だった。僕は何だか気持ちがウキウキしてきた。不思議なものでさっきまで嫌な感じが残っていた腹部が何ともなくなっていた。

「じゃあ、早く行こうよ。今ならまだあいつらもその辺りにいるから」

 僕はそう言って支えてくれる健斗の腕を取って立ち上った。そして屋上から校内に戻る階段へ急いだ。
 扉を開けて中に入ろうとすると健斗が僕を止めた。

「待って」

 彼は扉の裏にあった数本の角材を引っ張り出していた。それは文化祭の時に作ったモニュメントの残骸で、捨てられる事も無くここに放置されていたのだった。

 彼は適当な長さの物を二本見つけると一本を僕に渡した。

「これで思いきりやればいいよ」

 僕は手にした角材を眺めて言った。

「これでやるのか? 死んじゃうかも」
「そこまでやる必要はないよ。抵抗しなくなったら止めればいいだけさ」
「はぁ、そうかもね」

 僕は何度か振り下ろして感触を確かめていた。

「何か、いい感じだ」

 健斗も何度か振り下ろして言った。

「いいね」
「じゃあ、行こうか」

 僕は思い切って扉を開けるのだった。

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