その42 湘南の海
文字数 1,591文字
僕達は八月に入った最初の週、湘南の海に来ていた。星羅は女子同士で合宿して弱点ポイントの克服とか理由を付けて出て来ていた。
夕方、西の空が真っ赤に染まる頃、僕達は浜辺に座って海を見ていた。昼間の暑さもこの時間ではそろそろ薄れて来ており、潮風が僕達の周りをそよいでいた。
星羅はセパレートの赤い水着に白い短パン姿で眩しいくらいの肌を晒している。時間の過ぎるのがいつもより遅く感じた。
僕がふと足元を見るとカニが歩いていた。その歩く姿を追っているいうちに星羅の太腿が目に入った。そこを見ていて、僕は思わず訊いていた。
「ねぇ、渡辺さん」
すると星羅が妙に悩ましい目で言った。
「もう、星羅でいいわ」
「あ、そう」
「で、何」
「あのさ。星羅の太腿を食べてもいいかな」
「は?」
あまりにも当然過ぎる僕の一言に星羅の目が点になって、次の瞬間には鬼のそれに変っていた。僕はもっともな話だと思った。こんな話を平気で出来るのは健斗ぐらいだと、改めて彼の自由度が羨ましかった。
しかし話題を変えようとした時、いきなり星羅が答えた。
「いいよ」
「は?」
今度は僕が思わず訊き返していた。
「本当に食べてもいいの?」
「食べたいんでしょ?」
僕も驚いてしまった。ただ心のどこかでは、星羅はそう言うのではないかと思っていたのも事実だった。星羅は僕の目を見て言った。
「矢野君は他の人の太腿を食べたことがあるの?」
「君も、もう響でいいよ」
「じゃあ、響は食べたことがあるの?」
「ないよ」
「じゃあ、こんなお願いをするのは私だけにしてね」
「うん。そうする」
僕はそう答えた後、照れ隠しのつもりでふざけて言った。
「なぁんてね。つまんない話だ」
星羅は砂の上に仰向けになると、思いきり両手を伸ばして答えた。
「そうかな」
「そうさ」
「私はそうは思わないな」
「どうして」
「こんなつまんない話が出来るのは、私達がアオハル真っ只中だからよ」
僕も仰向けになって言った。
「これがアオハル?」
「そうよ。つまんないからこそ、何でもやりたがるのよ。それがアオハル」
鵜呑みには出来ないかもしれないが、案外的外れじゃないかもしれない。
そうなると健斗もアオハル真っ只中なのか? 何があっても全く気にしない彼の顔を思い出すと、何故か笑えてくるのだった。
僕は砂の上に横になったまま、そろそろ星のまたたき始めた夜空を見上げて言った。
「もうあと半年もしたら受験、そして卒業か」
星羅も空を見上げてしみじみ言った。
「そうね。早いね」
「入学式がつい昨日のように思えるよ」
「そうね。私も一緒。でも、これって私達が歳を取ったってことじゃない?」
「ただの思い込みじゃないのか?」
「そうかな」
一応は否定してはみたが、確かに星羅の言うように時の流れが早いように思う。それは僕達が間違いなく歳を重ねている事に間違いはないのだが、僕的には認めたくはなかった。
「でも、考えようによっちゃ、あと半年は、まだ半年だからね。そんなに生き急ぐ必要はないさ」
「そうかもしれないね」
夏の夜は静かに更けて行った。
考えてみれば僕は『青春』とか『アオハル』なんてものは、人それぞれの感覚のような物で正解など無いものだと思って来たが、案外とその正解の無い事自体が『青春』『アオハル』なのかもしれない。
僕も星羅の隣で横になり夜空を見上げて言った。
「僕達、青春ど真ん中なのかな」
星羅は横になったまま顔だけをこちらに向けていた。
「そうよ。当たり前じゃない」
星羅が何を根拠に『当たり前』なんて言うのか分からないが、結局その根拠のない『当たり前』も青春なんてものなのかもしれない。
僕は健斗が急に懐かしくなってきた。彼に同じ質問をしたら何と答えるだろうか。おそらく『そうだよ』なんて軽く答えるような気がする。
夜空の星が今夜に限っては、いつも以上に輝いているように思えた。
ー高校生編終わりー
夕方、西の空が真っ赤に染まる頃、僕達は浜辺に座って海を見ていた。昼間の暑さもこの時間ではそろそろ薄れて来ており、潮風が僕達の周りをそよいでいた。
星羅はセパレートの赤い水着に白い短パン姿で眩しいくらいの肌を晒している。時間の過ぎるのがいつもより遅く感じた。
僕がふと足元を見るとカニが歩いていた。その歩く姿を追っているいうちに星羅の太腿が目に入った。そこを見ていて、僕は思わず訊いていた。
「ねぇ、渡辺さん」
すると星羅が妙に悩ましい目で言った。
「もう、星羅でいいわ」
「あ、そう」
「で、何」
「あのさ。星羅の太腿を食べてもいいかな」
「は?」
あまりにも当然過ぎる僕の一言に星羅の目が点になって、次の瞬間には鬼のそれに変っていた。僕はもっともな話だと思った。こんな話を平気で出来るのは健斗ぐらいだと、改めて彼の自由度が羨ましかった。
しかし話題を変えようとした時、いきなり星羅が答えた。
「いいよ」
「は?」
今度は僕が思わず訊き返していた。
「本当に食べてもいいの?」
「食べたいんでしょ?」
僕も驚いてしまった。ただ心のどこかでは、星羅はそう言うのではないかと思っていたのも事実だった。星羅は僕の目を見て言った。
「矢野君は他の人の太腿を食べたことがあるの?」
「君も、もう響でいいよ」
「じゃあ、響は食べたことがあるの?」
「ないよ」
「じゃあ、こんなお願いをするのは私だけにしてね」
「うん。そうする」
僕はそう答えた後、照れ隠しのつもりでふざけて言った。
「なぁんてね。つまんない話だ」
星羅は砂の上に仰向けになると、思いきり両手を伸ばして答えた。
「そうかな」
「そうさ」
「私はそうは思わないな」
「どうして」
「こんなつまんない話が出来るのは、私達がアオハル真っ只中だからよ」
僕も仰向けになって言った。
「これがアオハル?」
「そうよ。つまんないからこそ、何でもやりたがるのよ。それがアオハル」
鵜呑みには出来ないかもしれないが、案外的外れじゃないかもしれない。
そうなると健斗もアオハル真っ只中なのか? 何があっても全く気にしない彼の顔を思い出すと、何故か笑えてくるのだった。
僕は砂の上に横になったまま、そろそろ星のまたたき始めた夜空を見上げて言った。
「もうあと半年もしたら受験、そして卒業か」
星羅も空を見上げてしみじみ言った。
「そうね。早いね」
「入学式がつい昨日のように思えるよ」
「そうね。私も一緒。でも、これって私達が歳を取ったってことじゃない?」
「ただの思い込みじゃないのか?」
「そうかな」
一応は否定してはみたが、確かに星羅の言うように時の流れが早いように思う。それは僕達が間違いなく歳を重ねている事に間違いはないのだが、僕的には認めたくはなかった。
「でも、考えようによっちゃ、あと半年は、まだ半年だからね。そんなに生き急ぐ必要はないさ」
「そうかもしれないね」
夏の夜は静かに更けて行った。
考えてみれば僕は『青春』とか『アオハル』なんてものは、人それぞれの感覚のような物で正解など無いものだと思って来たが、案外とその正解の無い事自体が『青春』『アオハル』なのかもしれない。
僕も星羅の隣で横になり夜空を見上げて言った。
「僕達、青春ど真ん中なのかな」
星羅は横になったまま顔だけをこちらに向けていた。
「そうよ。当たり前じゃない」
星羅が何を根拠に『当たり前』なんて言うのか分からないが、結局その根拠のない『当たり前』も青春なんてものなのかもしれない。
僕は健斗が急に懐かしくなってきた。彼に同じ質問をしたら何と答えるだろうか。おそらく『そうだよ』なんて軽く答えるような気がする。
夜空の星が今夜に限っては、いつも以上に輝いているように思えた。
ー高校生編終わりー