第7話 迷走

文字数 1,248文字

 サツマ様の変貌ぶりに震えながら、お買い物を終え、ついでにドラッグストアで水虫薬を買って出てくると、店の外で待っていたサツマ様の顔色が悪いことに気づいた。
 おまけにそわそわ落ち着きなく視線を動かしたり、空咳をする。

「お前、もしかして体調悪い?」

「う、ううん。大丈夫だよ。ちょっと吐きそうなだけ」

「悪いじゃねえか。トイレ行くぞ」

「平気だよう」

 青い顔してても、ぶりっ子を辞めない。
 だが、トイレの個室に入るとすぐにとてもかわいいとは言い難いおっさん丸出しのえづきが聞こえ、数分後、憔悴した顔でサツマ様は出てきた。

「クレープの生クリームが濃すぎた。胃が荒れてたからかもしれない」

 あ、話し方元に戻った?

「大丈夫か?」

「全部出し切ったから平気だ。悪い。ちょっと色々無理し過ぎた。疲れた。帰りたい」

 これはどういう状態なのだろう。
 判断に迷う。

「さっちゃん?」

「サツマ様と呼べ。気色悪い」

 さっちゃん呼べ言ったのお前!

 洗面台で口をゆすぎ終わると、サツマ様は鏡に映る自分を凝視し始めた。
 今度は何だよ。

「おーい、帰ろうぜ」

「……」

「サツマくうん? まだ吐きたいの? だったら便器のとこでゲエしてらっしゃい」

「……」

 乱れた前髪を指先につけた水で直すと、サツマ様は真顔で呟いた。

「どうしよう。やっぱり俺、かわいいかもしれない」

「分かったから、帰ろう」

 大変だね、自分のことかわいいって断言できる三十路は。

「しかし、かわいいに全振りできない自分がいる。かわいい仕草や話し方を試してみたが、落ち着かない。気持ち悪い。これでは新しい俺になれない。俺はどうすれば良いんだ」

 馬鹿馬鹿しい悩みだが、本人はいたって真剣に悩んでいるようだった。
 本当に手のかかる迷惑な奴だな。

「どうするもないだろ。自然に自分がしたいようにすりゃ良いだろ。かわいい仕草や言葉遣いも自然にできるようになった時にすりゃ良いだけだし。もっと楽に生きろよ」

「楽に生きたらなりたい自分になれない」

「言い方が悪かった。好きに生きろ」

「スキニイキル?」

 何故に急にAIみたいな片言になる。

「どうする? かわいい服はひとまず返品するか? 無理することはないからさ」

「いや、返さない。本当に欲しくて買ったし、今の自分なら着れると思うから」

 そこは自信あるのね。いいねー、自分に自信があって。
 しばらくぽかんと口を開け、虚空を眺めてから、サツマ様はすたすたと歩き始めた。
 自由だなー、おい。

「おいこら、キノコ! 待てや。明日のパンまだ買ってない」

「俺は朝はご飯派だ」

「俺はパン食うの!」

 くるりと艶々で真っ黒なキノコの傘を揺らしながら、サツマ様は振り向く。

「さっきまでの俺は忘れろ。ちょっと張り切り過ぎただけだ」

 言われなくても、痛過ぎて共感性羞恥が刺激されてつらいので、一刻も早く忘れたい。
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