第3話 もらい事故

文字数 1,211文字

 轟々と激しく水が流れる音がする。

 どのくらい気絶していたのかは分からない。
 まず最初に戻ってきたのは聴覚だった。

 続いて嗅覚。草と土の匂いがする。

 手のひらに湿った土や雑草の手触り。触覚。

 ポエムを続ける前に俺は跳ね起きた。

 大きな満月と満天の星々以外は何の灯りもない、文明とは無縁の夜が広がっていた。
 鬱蒼と茂る森の中からはかすかに虫や獣の鳴き声のようなものが聞こえる。

 どこここ?

 少なくとも、川岸神社ではなさそうだった。

「目覚めたみたいだな」

 振り返ると、サツマ様が立っていた。服装はさっき川岸神社にいた時のジーンズにジャケットのままだったが、右手に鞘におさめられた日本刀を持っていた。

「お前……。ここどこだよ」

 何かすっごく嫌な気がした。
 龍王池にダイソンされた者が行くのは……

 こぼれ出る笑みが抑えられないって感じのめちゃくちゃ嬉しそうな顔でサツマ様は答えた。

「ルサンチマン王国だな。川の音がすごいだろう? この先に俺が落ちた人喰い川がある」

「あ、やっぱ?」

「ああ! 帰ってこれた!」

 飛び上がらんばかりに喜んでやがる。

「あの、君はともかく俺は?」

「多分、転移の際に近くにいたから一緒に転移してしまったみたいだな。ふふ、すまんな」

「何笑っとんじゃああああああ! どうすんだよ! 俺、明々後日また出勤なのに!」

 テヘペロでもしそうな勢いの浮かれロン毛野郎に掴みかかった。

「明々後日? あ、そうか祝日だから三連休か。それまでにはどうにかなるだろう。最悪時間がかかっても、パピィは復職できたし」

「あれは昔だったのと、親父ができる奴だったから! 俺だったら秒で無断欠勤で懲戒食らう! 何お前ヘラヘラしてんだよ。ムカつくな」

「すまない。もう帰れないかも知れないと思ってたから、嬉しくて。ボニー様にまた会える……」

 うっとりとサツマ様は空を見上げた。俺のことなんか消しクズくらいにしか見えてないに違いない。

「知るか! おい、お前のもらい事故で俺まで異世界転移しちまったんだから、責任取って何とかしろよ。分かってるだろうな」

「ああ、もちろん。あっちで世話になったし、とりあえずうちに来ればいい。そんなことより眼鏡、見ろ。無くしたと思っていた愛刀兼定が見つかったんだ」

「今そんなことって言った?! お前俺のことどう思ってるの?」

「どうでもいい」

「このクソヤンデレロン毛厨二野郎!」

 たった一人の事情を知る現地人は、このとおり全くあてにならねえし、どうしてくれんだよ。
 天に身体中の力を唇に集結させ、唾を吐きたい気分だ。
 祭りの警備の疲れも吹き飛んだ。
 無断欠勤は絶対に避けたい。休み中に何が何でも元の世界に戻らなければ。
 強い決意を胸に、るんるん状態のサツマ様に怒りの鼻フックをお見舞いした。
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