第7話 御手洗係長

文字数 1,721文字

 翌日、御手洗係長に今更親父との関係性を聞くのも、何だかなあと思っていたら、向こうから一緒に話があるので屋上に来て欲しいと切り出された。

「昨日、お父上からラインがあってね」

 係長のスマホには『(コウ)ちゃん』ことクソ親父のアカウントとのトーク画面が表示されていた。

「白波部長にはとてもお世話になったんだ。ああいう形で公安を去ることになってしまったけど、それまでの功績がずば抜けていたからこそ、定年まで穏やかな職業人生を送れた。あの人は今でも僕にとって、憧れの北斗神拳みたいな人だ」

「北斗七星?」

「失礼、言い間違えた。とにかく、君には今まで黙っていたけど、お父上が公安の若きエースだったこと、君が生まれる数か月、しばらく失踪し、その後、公安刑事を引退したのも事実さ」

 いつも通りののんびりぬぼっとした口調で御手洗係長は語った。
 初春の澄んだ青空の下、屋上のフェンスに寄りかかり、ブリックパックのいちごオレをずるずるすすりながら。背景の牧歌的な川岸市の風景と相成り、緊張感のへったくれもない。

 親父と係長、二人が先輩後輩同士なのは事実だったとしても、普通にどっかの交番で一緒だっただけじゃないのと言いたくなる。

「でも、係長はどうして公安刑事だったのにこんな田舎の所轄の窓際部署にいるのですか?」

「白波部長のいない公安に用はなかったからね。警察官自体辞めようと思ってたのだけど、白波部長が止めてくれて。上に口利きしてくれて、他の部署への異動が許された。今の僕があるのはお父上のおかげだよ」

「つまり、係長は親父と違って、特段何かあった訳ではないと」

「そうなるね」

「親父、失踪直前に何があったのですか?」

 不意に大きな雲が流れてきて、陽射しが陰る。
 係長は、飲み終えたいちごオレのパックを膨らませたり萎ませたりするのをやめ、姿勢を正した。

「白波部長が言わないなら、僕の口からは言えないなあ。家族に言えない仕事の一つや二つ、君も10年この組織にいるならあるだろ?」

「……」

 ないとは言えない。例えば機動隊にいた時は、どこに出張しているかとか、誰にも言えなかったし。
 それよりさ、と係長は話題を変えた。

「君の家にいるさっちゃんだっけ? 戸籍も健康保険もないんじゃ困るでしょ」

「ええ、まあ……」

 親父、サツマ様のことまで係長に話していたのか。何を考えているのか分からない。

「手続きやっとくから。少し時間はかかるけど。さっちゃん本人借りることもあるかも知れないけど、よろしくね」

「え?! 係長が?」

 正規の仕事ですら最小限しかやらない昼行灯が?
 サツマ様を引き取って以来、俺も暇な時にネットとかで手続きは調べているけれど、相当めんどそうだし、そもそも異世界人のサツマ様の申請をどう通すか、当たり前だが前例がなくて途方に暮れていた。

 しかし、係長は何てことない風に首肯した。

「学生時代の友人に、法務局と家裁と市役所との職員がいるから、僕は口利きするだけだよ」
 随分ピンポイントで便利な御学友がいらっしゃることで。
 まあ、公務員志望仲間とかで連んでたなら、ない話じゃないけど。

「ありがとうございます。助かります」

「良いって。しかし、白波部長に写真見せてもらったけど、さっちゃんって若い頃の白波部長そっくりだね」

 この人も俺を飛ばして親父に行くのね。

「俺は今の親父の印象が強いので、何とも。自分とそっくりだとは思いますが」

「顔の作りは確かに白波君似だけど、雰囲気とか表情はお父上似だよ」

「はあ……」

 公安刑事と近衛師団長。
 のんびり窓際刑事やってる俺よりは、二人とも険しい顔つきになるのかもしれないってこと?

 よくわかんね。

「さて、仕事に戻るか」

 大した仕事なんかないくせに、大仰に伸びをして、御手洗係長は歩き始めた。
 俺もその後を追った。

 今日の夕飯何かな。最近、サツマ様、料理の腕が上がってきたよなーなんてとりとめもないことを考えながら。

 まもなく春と共に訪れるサツマ様を巡る騒動を俺はまだ知らない。
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