第2話 マダムの助言

文字数 1,445文字

 相談に乗ってくれる気持ちはありがたいが、ルサンチマン王国のことや異世界転移の話はできない。
 よって、俺がマダムに話せたのは、ずっと良かれと思って尽くしてきた女性に実はものすごく嫌われていて、迷惑をかけていたと知り、自分の半生に価値が見出せなくなってしまったという大枠だけだった。

 平和な自由主義国家の現代日本で、こんな話をしたって、何を大袈裟なと失笑を買うのは覚悟していたが、意外にもマダムは真剣に耳を傾けてくれた。

「そっか。それはきついわね。でも、よくちゃんと出勤してくれたわ。偉い、偉い」

 カウンター席の隣から、白魚のような手が伸び、頭を撫ぜてくれた。

「いえ、これと仕事は別ですから。それに、一心に働けば気も紛れる気がして……」

 うんうん、とマダムは相槌をうち、コーヒーを一口飲み下した。

「軽率に私も同じ、なんて言えないけれど、気持ちはわかるつもりよ。私も若い頃、遠く離れたところからこの街にやってきて、自分が今まで信じてやってきたことが無意味に感じられて辛かったから。あなたほど壮絶な体験はしてないかもだけど」

「そうなんですか?」

 ええ、とマダムは微笑した。

「私、地元では結構稼いでたのに、こっちでは全然でね。そもそも私の商売がこっちでは成り立たなくて。男の人にも振られたとかあって、自信がなくなってきつかった。誰にも必要とされてない気がしてね。知り合いもいないし、女一人どうやって生きていくか、本当に悩んだわ」

 近衛師団長の肩書も何の意味もなさなかった就職活動を思い出す。
 もっとも、ルサンチマン王国においても、俺なんて今や国家に害をなす邪魔者に過ぎなかった訳だが。

「でも、マダムはそんな状況から立ち上がったのですよね。この街では通用しない自分を受け入れ、努力して……」

「そうねえ。時間はかかったけど」

「俺は……無理なんです。過去の自分も現在の自分も嫌いになってしまいました。自分の犯した罪を思うと、今すぐ消えてしまいたくなる」

 知らず知らずのうちに膝の上で拳を握り締めていた。
 自分の何もかもが嫌いで、虚しくて悲しくて、腹立たしい。

 マダムはじっと潤んだ瞳で俺の横顔を眺めていたが、不意に軽い口ぶりで言った。

「なら変えちゃえば?」

「え?」

「今の自分が嫌なら、好きになれる自分に変えちゃいなさいな。きっとすぐにはできないだろうし、変われないところもあるだろうけど、今みたいに悶々と自分を責めているよりはきっと何倍も良いわ」

「自分を、変えるのですか?」

 そう、とマダムはにこやかに首肯した。

「難しく考えないで、今まで何となく避けてやらなかったことを始めたり、なりたい自分がどんな人なのかイメージして、それっぽいことしてみたり。近場でも旅行に行くとかも良いわね。服装や髪型を変えてみるのもだし。失恋にも人生の悩みにも気分転換って大事よ」

「変われるのでしょうか、そんなことで」

「それはあなた次第よ」

 俺次第。
 ずっと、独りよがりだったとはいえ、ボニー様を基準として生きてきた俺は空っぽな人間だ。
 自分次第なんて言われたって、そんな自分見つかるのかわからないのに、不思議と一歩前に出てみたい気持ちに駆られた。

 自分が好きになれる自分に変わる。

 その言葉を何度も胸の中で反芻した。
 変わりたい。
 みんなから好かれる自分、つまり今までの自分とは正反対の自分に、俺はなりたい。
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