第2話 近衛師団長

文字数 1,125文字

 恥の多い生涯だったと思う。

 別に恥ずかしい生き方をした覚えはないのに、何故かそんな言葉が脳裏をかすめた。
 ごうごうと耳障りな濁流の中、俺は首を傾げる。

 あまりに間抜けな死に様のせいだろうか。

 血濡れた両手が奪ってきた命は数知れず。ベッドの上で死ねるなんてハナから思ってもみなかったが、まさか隠密行動中に、誤って人喰い川に転落して溺死とは。
 人の運命とは誠に数奇なものである。

 思えば祖国ルサンチマン王国と敬愛する国王一家のために生きた生涯だった。
 14歳で剣術の腕を買われて近衛師団に入ってから、ただ、あの高貴で美しい一族のため、特に第二王女ボニー様のため、全てを捧げてきた。
 正義も倫理も善悪も家族も友人も己すら捨てて、ただ一人の(ひと)に尽くす。
 それが俺、近衛師団長サツマ・シラナミの生き方で誇りだ。
 他の生き方なんて知らない。でも良い。不器用でも無様でも、愛する人のために殉じられるなら本望だ。
 彼女のためなら何だってできる。
 白磁の如き頬が桜色に染まり綻ぶなら、何だって犠牲にできる。自分だけでなく、全くの無関係な誰かだって、いくらでも捧げてみせる。
 誰かに恨まれようが嫌われようが、あの方さえ幸せならどうでもいい。

 我が生涯は高潔であれど、決して恥ずかしくなんてない。
 そう、絶対に。

 近衛師団の正装である漆黒の軍服やマントはあっという間に水を吸い、重石のように川底に俺の体を沈ませる。
 流木にでも捕まれないか、あるいは泳いで岸まで行けないかと手足をばたつかせたところで、人喰い川の流れの前では無力だ。

 落ちたら最後、二度と這い上がれない人喰い川。
 どうせ死ぬなら、せめて無様な死体は晒したくない。
 観念して、潔く流れに身を任せる。

 尻の上まで伸ばした黒髪は自由意志を持った海蛇のようにうねる。
 ボニー様に美しいと言われた自慢の髪。

『漆黒の騎士』『闇の番人』『死を呼ぶ黒真珠』

 この国では珍しい黒髪に黒い瞳、さらに近衛師団の軍服のおかげで、俺の二つ名はいずれも黒い。

 身も心も真っ黒。

 人を喰べると恐れられる川の底無し真っ黒な闇にのまれる。

 息ができない。

 頭が朦朧としてきた。

 数えきれぬほどの命を手にかけてきたからこそ分かった。

 最期の時は近い。
 もし死後の世界があるなら、俺は間違いなく地獄行きだろう。
 世間の道徳から逸脱して生きてきた報いだ。
 けれども、構わない。
 愛する人を守れぬ道徳なんて無意味だ。

 意識が途切れる寸前、この世の最期に聞いた音は激流の轟音だった。

 例え幻聴でもボニー様の愛くるしい笑い声が良かった。
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