第10話 ロリオヤジ

文字数 2,691文字

 帰宅したらサツマ様と知らない女子小学生がいた。

 ほんっとにさあ、こういうのやめて!
 30代の男二人暮らしの家に女子小学生とかやばいでしょ?
 犯罪の臭いがすごいよね。

 しかももう夜7時なんだけど。ガキはおうちに帰って、アニメ見ながらママのご飯食べる時間帯だ。

「全く。いい大人がポケニャンランに夢中で中学校の周りうろついて危うく逮捕とか、何をやってるのですか、あなたは」

 女子小学生は俺のベッドの上にあぐらをかき、床で正座しているサツマ様を叱り付けていた。
 お嬢ちゃん、パンツ見えてっぞ。

「ただいまー。えーっと、お嬢ちゃん、そいつがダメ人間なのは俺も知ってるけど、君もお家に帰らないとパパやママが心配するよ?」

 意を決して、女児に声をかける。
 すると小学生とは思えぬ凶悪な目つきで睨み返された。

「貴様……。腑抜けた顔しやがって。シラナミ師団長が急速にダメ人間化したのは貴様のせいか」

「シラナミ師団長?」

 何故こんなガキンチョがサツマ様の肩書を知っているのだ。
 そしてこいつは勝手にダメ人間化してるだけだ。俺は関係ない。
 しょんぼりと肩を竦めて怒られていたサツマ様が口を挟む。

「この娘は中身は近衛師団の部下なのだ。俺のことが心配で異世界転生してきたらしい」

 え? 異世界転生?

 女児は誇らしげに鼻の穴を膨らませた。(美少女が台無しだ)

「いかにも。これは転生後の姿。今は園田花蓮小学5年生だが、本来の俺はルサンチマン王国近衛師団中佐のノブオ・カトウだ。勤続30年の47歳だ」

「おっさんじゃねーか!」

 ロリババアって属性は一定の需要があるけど、ロリオヤジってどうなのよ。

「本当のカトウはスキンヘッドで髭の細マッチョの強面なおっさんだった。貴様がルサンチマン王国に来た時もいたぞ」

「ごめん、おっさんの顔は必要以上に覚えないんだ」

「なら今覚えろ、この世界のサツマ・シラナミ」

 女児は超絶上からの命令を下し、立ち上がった。立ち上がる時に腰を庇ってたり、仕草がいちいちおっさん臭くて、子役タレントみたいな容姿とミスマッチだ。
 確かに言われてみれば中身はおっさんなのかもしれない。

 中身がおっさんの女児は、俺の正面に立つと、腕組みをして偉そうな態度で見上げてきた。

「近衛師団にシラナミ師団長がやってきた15年前から知っているかつての先輩として、一番の側近だった忠実な部下として、ルサンチマン王国での人生を捨ててまでして転生してきて、探し続けてやっと見つけた結果がこれだ。誰だ? このへなちょこオタク野郎は。一般人に舐められても反撃もできないとは情けない。俺の知る師団長はもっと骨のある男だった」

「あーまあ、こっちの世界はそちらみたいに切り捨て御免的なのないから。普通に犯罪者になっちゃうから。サツマ様は頑張ってこっちの世界でも生きられるように優しく穏やかな愛される青年になろうとしてるし、ちょっとずつ更生してるんだ。何があったのか知らないけど、サツマ様、お前手出さないで我慢できたんだ。偉いね」

「ありがとう。頑張った」

 褒めてやると、サツマ様は素直に答えた。
 しかしおっさん女児はそのやりとりも気に食わなかったようで、地団駄を踏んで怒った。
 下の階の住人に迷惑だからやめれ。

「やっぱり貴様のせいか! 余計なことを。師団長も師団長です! 何故こいつの言うことを素直に聞くのです」

「それは……俺はみんなに愛される優しいきのこに生まれ変わったから」

 ムッキーとわかりやすく女児は憤慨し、正座しているサツマ様に飛びかかり、髪やら服やらを引っ張り始める。

「大体何なんです! この髪は! 服も! 威厳のかけらもない!」

「痛い、痛い!」

「こら! やめろって!」

 駆け寄って猛牛のように暴れるおっさん女児を抱き抱えて引き剥がす。
 おっさんのままだったら勝てなかっただろうけど、150センチもなさそうな華奢な女児を引き剥がすのは簡単だった。

「貴様っ! 離せ! どうして! あなたはもっと特別だったでしょう! それがこんななよっちいきのこに成り下がってしまったのです!」

 暴言を吐き続ける女児を黙らせて帰すにはどうしようか、唐澤女史にでも応援を頼もうかと思った時だった。

 玄関に置いてあった赤いランドセルから、キラキラした感じの電子音が聞こえた。
 すると女児は俺の腕の隙間をすり抜け、ランドセルに駆け寄って、ピンクのキッズ携帯を取り出した。

「あ、ママ? うん、大丈夫。ちょっと塾が遅くなっちゃって。今から帰る。迎え? 平気だよ、ミクちゃんと一緒だし。うん、うん。え……やったー! うん、じゃあ切るね」

 唐突に女子小学生モードに切り替わった!

 ピッと通話を切ると、女児は再びおっさんの顔つきに戻り、俺たちに向かって人差し指を立てて言い放った。

「夕飯がママ特製のカレーだから今日のところは帰るが、話はまだ終わっていない。心して待ってなさい。シラナミ師団長! 俺はあなたを必ず更生させて見せます。では失敬!」

 見事な敬礼をすると、ランドセルを担いで女児は風のように去っていった。

 取り残された俺たちはしばし呆気に取られていた。

「なあ、眼鏡。俺、前よりマシになっているって言ってたよな? 見た目も性格も」

 新しいアイデンティティを真っ向から否定されたサツマ様が不安そうに尋ねてきた。
 俺は力強く肯定する。

「もちろんだ。ニート臭いロン毛やめて、厨二病丸出しの服も着なくなった今の方がずっとイケてるぞ。というか前のお前はそもそもやば過ぎてこっちの社会じゃ、正規雇用どころかバイトすら決まらなかったじゃないか」

「そ、そうだな。今はちゃんと働いてるし、女性にも今の方が良いって言われた。確かに最近ゲームにハマり過ぎていたけど、前よりずっとマシだよな」

「そうだよ、そうだよ、オフコース!」

「ボニー様のことも忘れ始めているんだ」

「お! 良い傾向じゃん」

「えへへ。あと、かわいい笑顔の研究も大分進んだ」

「うん? いいね!」

「絵画教室でこの前描いた猫の絵、温かみがあるって褒められた」

「いいね!」

 この夜は、最近のサツマ様を褒める会化してしまった。
 得体の知れない転生おっさん女児のことなんて、俺もサツマ様も考えたくなかったのだと思う。
 だが、このお騒ぎおっさん女児の扱いに俺たちは今後頭を抱える羽目になる。
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