第5話 王女の使者

文字数 2,298文字

 そばかすが目立つ若造は、サツマ様の目がなくなると、露骨に態度が悪くなった。
 小学校の校長室みたいな無駄に立派な両開きのドアを開けると、顎でしゃくって中に入るように促してきた。

「こちらがシラナミ師団長のお部屋です。高価なものも多いので、あまり気軽にお手を触れぬよう。それでは」

 質問タイムなんて優しい計らいもなく、えんじ色の絨毯敷きの洋室に入った途端、バタンとドアが閉められ、外側から施錠された。

 ナニコレ。ちょー感じ悪いんすけど。

 ロン毛馬鹿も急に態度デカくなるしさあ。

 大体みんな何であんな奴の信者やってんの? 狂信的でキモいんだけど。

 それともあれ? あいつのご機嫌取ってないと粛清されるの?

 ……ありそうで怖いな。うん。

 気を取り直し、入り口すぐの壁にあったスイッチを押すと灯が灯った。電気が通ってるか、それとも別の動力源があるのかは分からなかった。
 ランプっぽい照明いくつかに照らされたサツマ様の私室を観察する。
 天蓋のついた黒を基調とした厨二臭いベッドに羽ペンやら厨二っぽい装丁の本が並ぶ事務机。
 作りつけの書棚にも厨二感満載の布張りの本が並んでいる。
 調度品は黒で統一されている。
 大きなバルコニー付きの窓にはレースのカーテンと深緑のベルベット生地のカーテンがかかっていた。学校の体育館のステージにかかってる緞帳(どんちょう)みてえ。
 全体的に俺の部屋と違って整然と片付いているけど、中学二年生大爆発な空間だ。

「……いやっほう! ベッドだああ!」

 童心に帰ったというのは建前。嫌がらせ目的で厨二ベッドに飛び乗り、全力でピョンピョン跳ねてみる。
 成人男性のジャンプにスプリングはどこまで耐えられるかな? と思ったけど、おっさんは普通に疲れたので、布団の上でゴロゴロビチビチして、ホテルみたいに整えられていた掛け布団や毛布をぐちゃぐちゃにしてみた。

「……」

 飽きた。

 しんとした厨二部屋の中、やたら毛足の長い毛布にくるまり、我にかえる。
 俺、何やってんだろ。30過ぎて恥ずかしい。
 あの長髪キモ野郎がムカつくのはともかく、2日以内には元の世界に帰らないといけないのだ。無断欠勤は非常にまずい。

 しかし、手がかりを探すために探索するにも、部屋に錠をかけられてしまった。
 どうしようか。ドア壊しちゃおうかな。けど、やったらロン毛は激怒して、協力してくれなくなるかもしれない。役に立つか甚だ怪しいが、いないよりはマシだ。

 とすると、朝まで待った方が賢明か。

 荒らしたベッドを直し、改めて横になって、眼鏡を外してまぶたを下ろす。

「……」

「……」

「……」


 うん、興奮して全然寝れないね!
 俺とサツマ様は体臭も同じなので、ベッドがおっさん臭いという最悪の状況は免れたけど、でも落ち着かない。
 そわそわする、というか寝方が分からなくなってきた。

 やべえな、これ完全に眠れない時のパターンじゃん。

 ひたすら横になって目を瞑り、その時が来るのを待つしかないのだけど、しんどい。
 ハードだった祭り警備の疲れが戻ってきてしんどいのに眠れない。
 やだよー。

 それから体感で1、2時間はずっとベッドの中で悶々としていた……と思うのだけど、鼻にかかった男性声優みたいなイケボに俺は目を覚ました。
 いつの間にか寝てたんだね。

「こんな時にぐうぐう寝られるなんてすごいな。さすがシラナミのドッペルゲンガーだ」

 まぶたを開けると、銀髪に灰色の瞳をしたエルフみたいなイケメンがベッドに腰を下ろし、俺を見下ろしていた。
 厨二全開の近衛師団のみなさんと違い、彼は至ってシンプルなチャコールグレーの三揃いのスーツ姿だった。
 パーフェクトな笑顔で親しげに笑いかけられる。

「あの、どちら様ですか?」

 こういう時、馬鹿丁寧になってしまうのは公務員の悲しいさがだ。なめられちゃいけない被疑者とかなら、上からいけるんだけどねー。

「失礼。陸軍省総務課のヴァレリー・ソコロフと言います。陸軍省といっても、僕は事務屋ですが。以後お見知りおきを。あなたは?」

 イケメンことソコロフは立ち上がり、左手を胸の前にあてた執事のような礼をした。
 常日頃、人を疑ってばかりの仕事をしている俺には、丁寧というより胡散臭く見えてしまう。

「白波薩摩です。近衛師団長のキモロン毛との関係性は自分たちでもよく分かりません」

「名前まで一緒! 死亡説もあった近衛師団長が突如帰還したと聞いて駆けつけたら、想像以上のものに出会えましたね」

「師団長様はここにはいませんよ」

「みたいですね。ずっと会議中のようでした」

 俺は身を起こし、ベッドから降りる。
 うなじの辺りの毛が逆立つようなピリピリした気配がする。
 無防備な体制でいるのは危ない予感がした。

「ソコロフさんはあいつがいなくても、部屋に通してもらえるような間柄と言うことで?」

「僕自身はシラナミ師団長と格別仲良しではありませんが、王女とはお友達です。王女も近衛師団長復活の知らせを聞いて、居ても立ってもいられず、僕をよこしたのです」

「ボニー様とかいう?」

「御明察。よくご存知で」

「そりゃ、師団長殿がずっとボニー様、ボニー様うるさかったから」

 ソコロフの薄い唇が微かにつりあがった。

「左様ですか。師団長とあなたはどこにいらしたのですか?」

 どんな突拍子のないことを言っても構いませんよ、と王女の使者は付け加えた。
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