第3話 非モテの家

文字数 1,717文字

 何でこんなことになってしまったのだろう。
 空から女の子が降ってくるのは夢想していたが、川から上がってきた自分にそっくりのおっさんを拾うなんて望んでいない。

 しかも、近衛師団だの馬だの褒美だのよく分からんこと言ってた。
 話し方も仰々しく、偉そうで、時代劇に出てくる侍みたいだ。
 多分、心だけ異世界に転生しちゃってる系のかわいそうな人なのだろうが、俺と同じ顔でああなのは、いたたまれないというか複雑な心境になる。

 深夜1時半。当初の予定ならとっくに風呂に入って布団にダイブしていたはずの時間だった。
 なのに俺は風呂にも入れず、仕事着のワイシャツとスラックスのまま、衣装ケースをひっくり返している。
 数年前に引っ越してきてから一度も自分以外立ち入ったことのない安普請は、近日中に誰かが立ち入る予定もなかったので、美少女アニメのフィギュアや抱き枕、聴くと精神不安定になりそうなインディーズのアーティストのCD、その他洗濯物や弁当の空箱などでゴミ屋敷状態だ。
 押し入れの中の開かずの衣装ケースまで辿り着くのにも一苦労だった。

 風呂場から聞こえるシャワー音が恨めしい。

 橋のたもとで拾った俺そっくりの妙な男、サツマ2号がシャワーの使い方どころかシャンプーやコンディショナーの使い方すら知らなかったせいで、余計な時間がかかってしまった。
 どこの古代人だよ、全く。

 いくら懇願されても、得体の知れない男を一人暮らしのアパートに連れ込むのは、警察官どころか一般社会人としても、間違えた選択肢なのは重々分かっている。
 ああいうのは警察署とか市の福祉事務所とか病院とか、しかるべき場所に連れて行くのが正解だ。

 けど、ねえ……。

 顔だけじゃなく、名前も同じって何なのさ。

 新手の詐欺だろうか。

 しかし、偽名を名乗るのは簡単だが、顔はどうにもならないぞ。

 俺には2つ下の妹はいるが双子の兄弟はいない。
 となると、整形したのか? わざわざ。

 この薄味の中途半端な顔に?

 顔だけじゃなくてタッパや体つきも同じくらいだった。俺はやや高身長で筋肉質気味以外は割りかしノーマルな体格だけど、とはいえほぼ同じ体格の同年代の人間を見つけるのはそれなりに難しいはずだ。

 大体窓際刑事の俺ピンポイントで騙して何になるのだ。
 何を俺から詐取する気だ。

 全くわからない。

 玄関に干されたぐっしょりと濡れた男の着衣を見やる。
 黒マントにやたらボタンやベルトが沢山ついた軍服っぽい服に黒ブーツ。
 控え目に言っても厨二病大爆発な衣装だ。

 まさか、あのことが外部に漏れたのだろうか。
 いやいや、あれは公安の捜査機密にも匹敵する万全のセキュリティで守っているのだ。現在進行形で。
 しかしながら、一抹の不安は拭い去れない。
 あのことがあったからこそ、俺は怪しさ満点のサツマ2号をテイクアウトするなんて、常軌を逸した行動に出てしまった。

 けど、初戦は一時の気の迷い。深入りしないうちにおさらばしよう。

 衣装ケースから3枚500円で買った新品のトランクスと高校の時の学校指定ジャージを引っ張り出した。
 これならあげてしまっても構わない。
 後はTシャツ……警察学校時代に作らされたクソダサ同期Tシャツで良いだろう。結局1回空気読んで着ただけだし。
 タオルは福引で当たったやつでいいだろう。新品を貸すのはもったいないが、自分が使っている分を貸すのは嫌なので諦めよう。

 サツマ2号が風呂から上がったら、まずはこのどうでもいい服を着せ、遭難(いくら田舎とはいえ、しっくりこないけど)した経緯をじっくり聞き、素性と、俺に近づいた目的も歌わせてやる。
 お、何かすげえ取調べっぽいじゃん。
 気恥ずかしいが、万年休眠状態の刑事のお仕事やる気スイッチ的なものがちょっとだけ入った。
 仕事全然関係ないけどね。

 で、刑事法的に問題が無さそうだったら、とっとと明日の朝には市役所の福祉課に連れて行こう。
 腐っても警察官の俺がついていけば悪いようにはされまい。
 会社はまあ……仮病で休めばいいや。
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