第1話 それでも日は昇る
文字数 1,279文字
翌朝俺は、いつも通り支度をし、休日だからと爆睡している眼鏡を置いて、純喫茶月光に出勤した。
まだ頭の中にモヤがかかっているみたいな感覚が残っている。
何もかもが薄膜で覆われていて、現実と認識できない感じだ。
全部が俺と眼鏡が見た長い夢なのだと思いたかった。
けれども、俺はルサンチマン王国に帰った時に着ていた服ではなく、あっちで着替えた近衛師団の軍服姿でイオ◯の駐車場に戻ってきた。
夢じゃないのだ。
王家が、ボニー様が俺を疎ましく思っていて、殺そうとまで思っていたことは。
再転移する間、封じ込めていた記憶が蘇った。
人喰い川のほとりの崖で、ボニー様がイヤリングを落としてしまい、何とか回収しようと川を覗き込んだ瞬間、川に向かって突き飛ばされた。
転がり落ちつつも、必死に崖の途中に生えた木の枝に捕まって止まったのだが、見下ろしたボニー様は人形のような無表情で、無情にも俺に石を投げてきた。
石は当たらなかったけど、愛すべき方の明確な殺意に俺は絶望し、自ら手を離し、川に身を投げたのだった。
15年以上ずっと、文字通り身も心も捧げ、家族や倫理といった他の大事なものすら蔑ろにして仕えてきた。
けれど、それは全部俺の自己満足でしかなく、ボニー様にとってはありがた迷惑どころか、自らの手を血に染めても構わない程に迷惑だったのだ。
この事実は、俺にとって献身や敬愛が無意味だったというだけではなく、自分の半生全てが無駄で無意味で害悪でしかなかったということを意味している。
でも、自分の半生が云々と考えてしまうこと自体がまた、独りよがりな俺らしい醜悪さであり、暗澹たる気持ちになる。
辛い。
考えてしまうと、一歩も動けなくなるので、強制的に考えないよう、仕事に励んで、せめてこちらの世界では誰かの役に立ちたいと考えている。
例え現実を受け入れられない弱さからくる逃避であっても、誰かの役に立っているという実感を俺は切望していた。
なのに……。
ガシャンと鋭い音が響き、優雅にコーヒーを啜っていた常連のお爺さんが振り向き、カウンターの中を覗き込むような視線を向けた。
「も、申し訳ありません」
慌てて控室から掃除用具を持ち出し、割れた皿を片付ける。
洗い終わった皿をキッチンペーパーで拭くだけの作業すら俺は満足にできない。
それなのに、自分勝手な大儀に身を捧げることに酔い、多くの人の命を奪った。
家族を捨てた。
ボニー様を傷つけた。
指先に鋭い痛みが走り、見ると陶器の破片で切れていた。
暗赤色の血がぷつっと膨れ上がり、垂れる。
「あら、けがしてるじゃない。そこは私が片付けるから、奥で休みなさい」
レジから飛んできたマダムが耳元で囁いた。甘く蠱惑的な香水の香りが今日はやけに優しく感じられた。
「昼休憩、ちょっといい? 少しお話ししましょう」
マダムは俺の肩を軽く叩くと、手際よく割れた皿の後始末を始めた。
俺はなすすべもなく、棒立ちしてその背中を眺めていた。
まだ頭の中にモヤがかかっているみたいな感覚が残っている。
何もかもが薄膜で覆われていて、現実と認識できない感じだ。
全部が俺と眼鏡が見た長い夢なのだと思いたかった。
けれども、俺はルサンチマン王国に帰った時に着ていた服ではなく、あっちで着替えた近衛師団の軍服姿でイオ◯の駐車場に戻ってきた。
夢じゃないのだ。
王家が、ボニー様が俺を疎ましく思っていて、殺そうとまで思っていたことは。
再転移する間、封じ込めていた記憶が蘇った。
人喰い川のほとりの崖で、ボニー様がイヤリングを落としてしまい、何とか回収しようと川を覗き込んだ瞬間、川に向かって突き飛ばされた。
転がり落ちつつも、必死に崖の途中に生えた木の枝に捕まって止まったのだが、見下ろしたボニー様は人形のような無表情で、無情にも俺に石を投げてきた。
石は当たらなかったけど、愛すべき方の明確な殺意に俺は絶望し、自ら手を離し、川に身を投げたのだった。
15年以上ずっと、文字通り身も心も捧げ、家族や倫理といった他の大事なものすら蔑ろにして仕えてきた。
けれど、それは全部俺の自己満足でしかなく、ボニー様にとってはありがた迷惑どころか、自らの手を血に染めても構わない程に迷惑だったのだ。
この事実は、俺にとって献身や敬愛が無意味だったというだけではなく、自分の半生全てが無駄で無意味で害悪でしかなかったということを意味している。
でも、自分の半生が云々と考えてしまうこと自体がまた、独りよがりな俺らしい醜悪さであり、暗澹たる気持ちになる。
辛い。
考えてしまうと、一歩も動けなくなるので、強制的に考えないよう、仕事に励んで、せめてこちらの世界では誰かの役に立ちたいと考えている。
例え現実を受け入れられない弱さからくる逃避であっても、誰かの役に立っているという実感を俺は切望していた。
なのに……。
ガシャンと鋭い音が響き、優雅にコーヒーを啜っていた常連のお爺さんが振り向き、カウンターの中を覗き込むような視線を向けた。
「も、申し訳ありません」
慌てて控室から掃除用具を持ち出し、割れた皿を片付ける。
洗い終わった皿をキッチンペーパーで拭くだけの作業すら俺は満足にできない。
それなのに、自分勝手な大儀に身を捧げることに酔い、多くの人の命を奪った。
家族を捨てた。
ボニー様を傷つけた。
指先に鋭い痛みが走り、見ると陶器の破片で切れていた。
暗赤色の血がぷつっと膨れ上がり、垂れる。
「あら、けがしてるじゃない。そこは私が片付けるから、奥で休みなさい」
レジから飛んできたマダムが耳元で囁いた。甘く蠱惑的な香水の香りが今日はやけに優しく感じられた。
「昼休憩、ちょっといい? 少しお話ししましょう」
マダムは俺の肩を軽く叩くと、手際よく割れた皿の後始末を始めた。
俺はなすすべもなく、棒立ちしてその背中を眺めていた。