第14話 生きてて良いんだ
文字数 2,005文字
全部俺の妄想説がよほどお気に召さなかったのか、サツマ様は突発的に家出をしてしまった。
が、2時間で帰ってきた。
他に行くとこないもんね。
金持ってないし、ジャージだけじゃ寒いし。
そんなもんだと思ってた。
まだ怒っているのか、一言も口を聞かずにふて寝してしまったので、俺は俺のペースで用事を済ませて寝た。明日も仕事だもん。早く寝ないと。
そして翌朝もいじけて丸まったままだったので、自分で支度をして出勤した。
署に着くと、いつにも増してみんな忙しそうだった。何か事案が発生したのだろう。
自席でコンビニで買った朝飯を食べていると、御手洗係長が興奮した様子で執務室に飛び込んで来た。
「ついに露出狂捕まったよ! 今朝自首してきたんだって」
「へえ。やっと張り込み地獄から解放されますね」
露出狂なりに思うところがあったんだなあ。
抹茶フラペチーノをすすりながら見知らぬ露出狂の心境に想いを馳せた。
「でさ、その件で生安課長が君に話を聞きたいって」
「え? 何で俺なんすか」
わかんないと御手洗さんは素っ気なく答えた。
怒られるんなら嫌だなーと考えながら、食べかけのサンドウィッチをしまうと、生活安全課の執務室に向かった。
生活安全課執務室に入ると、忙しなく働く刑事たちから、チラチラと熱い視線を浴びせられ辟易した。
いつも誰も俺に興味がないくせに、今日はどうしたというのだ。
「刑事課特別捜査係の白波です。お呼びいただいたそうで」
「斎藤ノボルって覚えているか?」
飛行艇に乗る豚によく似た生安課長は挨拶もなく、単刀直入に切り出した。
「斎藤ノボル……。以前扱った事件関係者でしょうか?」
必死に記憶の糸を辿ってみるも、全く覚えがない。ただ、何年も前に扱った事件の関係者の名前などはさすがに忘れている。
「違う」
課長はいらだったように吐き捨て、机の前に直立している俺を睨めつけた。
垂れたまぶたの下の三白眼は堅気には見えない。飛べない豚だがただの豚ではない。やべえ豚だ。
「斎藤は今朝出頭してきた連続公然わいせつ事件の被疑者だ。川岸二中の出身で、お前とは同級生だったそうだ」
「はあ」
中学の同級生なんて、同じ高校に行った連中を除き、卒業以来会ってないし、同じ高校に行った奴らも高校卒業以来会っていない。
そっか、露出狂になっちゃったんだ、斎藤くん。全然思い出せないけど。
のれんに腕押し状態の反応に、課長は眉をひそめた。
「斎藤は昨日の夜9時頃、お前と蟻食公園で会って話をしたと供述しているのだが、違うのか?」
蟻食公園はうちから歩いて15分くらいの場所にある平凡な児童公園だ。距離的には近いが、通勤や買い物で通る道からは外れているので、まず行くことはない。
そもそも俺は、昨晩は退勤後はずっと家にいた。
サツマ様が家出していた時間と合致するので、斎藤とやらが会った俺は、十中八九奴だろう。
しかし、斎藤とやらにもサツマ様が見えていたということは、どうもサツマ様は精神状態が不安定な人に見える特徴があるようだ。
さて、どう誤魔化すかね……。
百戦錬磨のベテラン刑事に下手な小細工はきかない。
でも本当のことを話すのもややこしい。
沈思していると、課長は無愛想な口ぶりで続けた。
「何でも、北高のジャージを着て、やたら長い髪をしていたそうだな。カツラか? 本来直属の刑事課長が言うべきことだが、プライベートのこととはいえ、常に警察官としての自覚を持った行動をしろ」
「はい」
「……斎藤はお前と話して、自主を決意したそうだ。ブラック企業に就職してしまい、ストレス発散に始めた犯行がやめられなくなってしまって悩んでいたが、お前みたいなのでも、懸命に自分の居場所を探して生きているのを知り、罪を告白し、やり直す気になったそうだ。『白波なんかでも生きてて良いんだから、自分もまだ引き返せるって思えた』って話していたそうだ」
何その上から目線。いくら俺がクラスのインキャで酷い厨二病を患っていて、今も見るからにニートくさいニートだったとしても、ムカつく言いっぷりだな。
ストレスを言い訳に女子中高生狙った性犯罪やる奴に言われたくねえよ。
けど、大分馬鹿にされつつも(半分は中学時代の俺のせいだけど)、サツマ様は斎藤とかいう奴を救ったんだな。
警察に検挙されることは普通は当人にとって喜ばしくないことだけど、検挙されることが、道を正す良いきっかけとなることもある。
捜査官に、私を捕まえてくれてありがとうと語る被疑者は意外にも多い。
課長はこちらの全てを見透かすような目で、俺を見上げ、たたみかけた。
「どうする? 今うちの調室に斎藤いるが、会ってくか?」
秒で断った。
が、2時間で帰ってきた。
他に行くとこないもんね。
金持ってないし、ジャージだけじゃ寒いし。
そんなもんだと思ってた。
まだ怒っているのか、一言も口を聞かずにふて寝してしまったので、俺は俺のペースで用事を済ませて寝た。明日も仕事だもん。早く寝ないと。
そして翌朝もいじけて丸まったままだったので、自分で支度をして出勤した。
署に着くと、いつにも増してみんな忙しそうだった。何か事案が発生したのだろう。
自席でコンビニで買った朝飯を食べていると、御手洗係長が興奮した様子で執務室に飛び込んで来た。
「ついに露出狂捕まったよ! 今朝自首してきたんだって」
「へえ。やっと張り込み地獄から解放されますね」
露出狂なりに思うところがあったんだなあ。
抹茶フラペチーノをすすりながら見知らぬ露出狂の心境に想いを馳せた。
「でさ、その件で生安課長が君に話を聞きたいって」
「え? 何で俺なんすか」
わかんないと御手洗さんは素っ気なく答えた。
怒られるんなら嫌だなーと考えながら、食べかけのサンドウィッチをしまうと、生活安全課の執務室に向かった。
生活安全課執務室に入ると、忙しなく働く刑事たちから、チラチラと熱い視線を浴びせられ辟易した。
いつも誰も俺に興味がないくせに、今日はどうしたというのだ。
「刑事課特別捜査係の白波です。お呼びいただいたそうで」
「斎藤ノボルって覚えているか?」
飛行艇に乗る豚によく似た生安課長は挨拶もなく、単刀直入に切り出した。
「斎藤ノボル……。以前扱った事件関係者でしょうか?」
必死に記憶の糸を辿ってみるも、全く覚えがない。ただ、何年も前に扱った事件の関係者の名前などはさすがに忘れている。
「違う」
課長はいらだったように吐き捨て、机の前に直立している俺を睨めつけた。
垂れたまぶたの下の三白眼は堅気には見えない。飛べない豚だがただの豚ではない。やべえ豚だ。
「斎藤は今朝出頭してきた連続公然わいせつ事件の被疑者だ。川岸二中の出身で、お前とは同級生だったそうだ」
「はあ」
中学の同級生なんて、同じ高校に行った連中を除き、卒業以来会ってないし、同じ高校に行った奴らも高校卒業以来会っていない。
そっか、露出狂になっちゃったんだ、斎藤くん。全然思い出せないけど。
のれんに腕押し状態の反応に、課長は眉をひそめた。
「斎藤は昨日の夜9時頃、お前と蟻食公園で会って話をしたと供述しているのだが、違うのか?」
蟻食公園はうちから歩いて15分くらいの場所にある平凡な児童公園だ。距離的には近いが、通勤や買い物で通る道からは外れているので、まず行くことはない。
そもそも俺は、昨晩は退勤後はずっと家にいた。
サツマ様が家出していた時間と合致するので、斎藤とやらが会った俺は、十中八九奴だろう。
しかし、斎藤とやらにもサツマ様が見えていたということは、どうもサツマ様は精神状態が不安定な人に見える特徴があるようだ。
さて、どう誤魔化すかね……。
百戦錬磨のベテラン刑事に下手な小細工はきかない。
でも本当のことを話すのもややこしい。
沈思していると、課長は無愛想な口ぶりで続けた。
「何でも、北高のジャージを着て、やたら長い髪をしていたそうだな。カツラか? 本来直属の刑事課長が言うべきことだが、プライベートのこととはいえ、常に警察官としての自覚を持った行動をしろ」
「はい」
「……斎藤はお前と話して、自主を決意したそうだ。ブラック企業に就職してしまい、ストレス発散に始めた犯行がやめられなくなってしまって悩んでいたが、お前みたいなのでも、懸命に自分の居場所を探して生きているのを知り、罪を告白し、やり直す気になったそうだ。『白波なんかでも生きてて良いんだから、自分もまだ引き返せるって思えた』って話していたそうだ」
何その上から目線。いくら俺がクラスのインキャで酷い厨二病を患っていて、今も見るからにニートくさいニートだったとしても、ムカつく言いっぷりだな。
ストレスを言い訳に女子中高生狙った性犯罪やる奴に言われたくねえよ。
けど、大分馬鹿にされつつも(半分は中学時代の俺のせいだけど)、サツマ様は斎藤とかいう奴を救ったんだな。
警察に検挙されることは普通は当人にとって喜ばしくないことだけど、検挙されることが、道を正す良いきっかけとなることもある。
捜査官に、私を捕まえてくれてありがとうと語る被疑者は意外にも多い。
課長はこちらの全てを見透かすような目で、俺を見上げ、たたみかけた。
「どうする? 今うちの調室に斎藤いるが、会ってくか?」
秒で断った。