第6話 親父の秘密

文字数 2,762文字

「ねえねえ、さっちゃんから俺の秘密聞いた? 黙っててごめんねー。薩摩くん変にデリケートなとこあるから、秘密にしてたんだ。でもこれだけは言わせて。ルサンチマン王国に転移してた期間もあっちの女には一切手出してないから。パピィは出会った時からマミィ一筋だ」

 電話に出るなり、親父は一方的に捲し立てた。こちらが口を挟もうとしてもお構いなしに自分の言いたいことだけ言う。慣れているけれど、相手にするのはストレスが溜まる。

「俺には秘密にしておいてくれって、あいつに頼んだんじゃなかったのか?」

「ああ。あの子の性格的にそう言っておいた方が、確実に薩摩くんに漏らすと思ったから。実際、あの子、約束破って喋ったんだろ? ふっふー。一から説明する手間省けたぜ☆」

 受話器の向こうで得意げにウインクしている姿が目に浮かび、オエッとなった。
 ギャグは寒いし、うるせえし、ハイテンションがうざい馬鹿者が通常営業の親父なのだが、たまに妙に計算高い時があるのが心底腹立たしい。

 まあ、親父も職業柄、そういう技術が必要なのも理解できなくはないけどさ。

「今さっちゃん近くにいる?」

「いや、風呂入ってていない」

「じゃあちょうどいい。でも、念のためベランダ出て」

「ふざけるな、寒い」

「すぐ終わらすから。彼に聞かれちゃ困るんだよ」

 珍しく真面目な口調に、俺は仕方なくベランダに出て、掃き出し窓を閉めた。
 寒っ。

「出たぞ。早くしろよ」

「ありがと。さっちゃん、そっくりだな」

「何故だか知らないけどな。もしかして俺ふ……」

「あれはルサンチマン王国に飛ばされた頃の俺そっくりだ」

 双子だったの? と尋ねようとしたのに、親父は全部言い終わる前に、ぶった切ってきやがった。
 人の話最後まで聞けや。

「自分かよ」

 確かに俺と親父は顔立ちや体型が似ているので、必然的にサツマ様と親父も似ていると言えるだろうが、俺をすっ飛ばして自分に持ってくる感性がさすがだ。

「お父さんさ、お前が生まれる前、ルサンチマン王国行って帰ってくる前まで、アムロだったんだよね」

「は? ガンダム乗ってたの?」

 また馬鹿な妄想無駄話かよ。言いたいことがあるなら、さっさと結論を言え。
 しかし、親父は俺のツッコミにツッコミで返した。

「ちげーよ馬鹿。そっちのアムロじゃなくてコナンの方! 日本中の女性の恋人のパツ金の方!」

 あ、そっち。
 どっちにしろ妄想じゃねーか。

「嘘つけ。親父はどちらかと言うと『こち亀』だっただろうが」

「残念でしたー。俺は両さんと違って部長だったもんねー。だから、お前が物心ついた頃からはずっとこち亀だったけど、その前はアムロだったの」

「また嘘を。アムロは普通片道切符だろ」

「特例だよ。父さん、めっちゃ仕事できたし、すっげえきっつい仕事やりきったからさ、失踪するくらいメンタルやられて、慰労半分口止め半分で普通の両さんに戻してもらえたの」

「つまんねえ嘘続けるなら切るぞ。寒いし」

「最後まで聞けや。切ったらお前の大学時代の黒歴史ネットに晒す」

 それはまずい。社会的に死んでしまう。

「で、サツマ様と親父が公安いたけど、メンタルやられてもルサンチマン王国に一時的にホームステイしてた話がどう繋がって、結局何が言いたいんだよ」

『公安』のところだけ、つい声を低めてしまう。同じ組織にいても、全く接点がなく、俺からすると名前を呼んではいけないあの人的な存在だ。

「さっちゃんは、アムロだった頃の俺みたいな危うい雰囲気っていうのかな。うまく言えないけど、普通の道徳とか倫理とかを捨てたことのある奴の匂いがするんだ。空っぽな自分や背負った罪から目を逸らし、強がっているけれど、壊れるのは時間の問題……いや、すでに壊れかけているかもしれない」

 だから、と親父は続けた。

「側で支えてやって欲しい。俺がルサンチマン王国で、さっちゃんの親父さんの俺にしてもらったみたいに。多分そうしてあげることが、元の世界に戻れるきっかけになると思うし、さっちゃんの親父さんは俺の恩人だからさ」

「あっちの親父とは接点なかったんじゃないのかよ」

「さっちゃんがあんな風になっちまってるってことは、親父さんと上手くいってないんだろうし、誤魔化した。さっちゃんには絶対秘密な」

 また嘘。
 嘘と真が入り交じり、何が真実かコロコロ変わりやがる。処理が追いつかない。
 全部嘘ってのが一番もっともらしいくらいだ。
 けど、サツマ様が孕む危うさや脆さについては、俺も同感だった。
 あれは目を離しちゃいけない。
 こちらの世界に居座る限り、絶対に暴発させてはいけないものだ。

「秘密、俺も喋っちゃうかもよ?」

「いいや。お前は喋らない」

 親父は堂々と言い切った。
 悔しいが、当たっている。
 親父が俺に真面目モードで黙っておけと言うことなのだから、本当に伏せておいた方が良いことなのだ。

「それから、どうせお前、俺が公安いたのも、ルサンチマン王国に転移して失踪してたのも、話半分だろうから、明日、御手洗君に聞いてみなさい。ルサンチマン王国はともかく、公安と失踪は本当だって分かるから」

「係長に?!」

 意外な人物の名に、素っ頓狂な声が出てしまった。
 冬眠から目覚め損なった熊みたいな上司が、現役時代の親父と接点があったという話なんて聞いたことがない。

「御手洗君は公安時代の俺のペアっ子だったから」

「公安どうこう以前に、親父のことなんか一切話題に出してないけど、あの人。つーか、何? あの人も何かあって、特別に公安から普通の刑事に戻ったって言いたいの?」

 昔、公安の名刑事だったっていう、悪ふざけの噂はあったけど、誰も信じちゃいない。

「うーん、そこはどうだろね? 御手洗君の判断に任せるわ」

 何か嘘臭え。

「とにかく、もし俺の異世界転移と同じ状況がさっちゃんに起きてるなら、彼は相当不安定なメンタルだ。頼んだぞ」

 散々、しっちゃかめっちゃかにするようなことを言っておきながら、一方的に親父はまとめに入り、通話を切ろうとしたので、慌てて止めた。

「待て待て。公安の話が本当だとして、何が原因で自殺未遂する程メンタル病んだんだ? あと、罪とも言ってたけど、何やった?」

「勘弁してくれ。口に出すのもおぞましいんだ。バイビー!」

 元のハイテンションに戻り、今度こそ親父は通話を切った。

 そろそろサツマ様も風呂から出てくる。
 まだ聞きたいことは沢山あるし、全部信じる気にはなれなかったけど、今日のところは諦めてスマホ片手に室内に戻った。
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