第6話 才女との邂逅

文字数 2,057文字

「ねえねえ、やっぱさ、アイツと同じ顔なのに様付けってやりづらいから『サツマ君』って呼んでいい? あ、私のことは唐澤でいいから」

「あ……はい」

 眼鏡の車の助手席で、俺は借りてきた猫状態になっていた。

 眼鏡が突然盗人娘を捕まえてから、訳が分からないままに連れ回された挙句、眼鏡の同輩だという女性の運転で一人先に帰宅させられるなんて、展開が早すぎてついていけない。
 しかも、この唐澤とかいう女、絶世の美女だ。麗しすぎる。まつ毛の長いつぶらな瞳に白磁のようなキメの細かい色白の肌。やや茶色がかった髪は後ろで一つにまとめているが、ほどいたらとてもゴージャスだろう。
 人間離れしていて、近寄りがたいくらい彼女は美しく咲き誇っていた。
 なのに、馴れ馴れしく、垣根がないというか、ずけずけと人の領域に踏み込んでくる。
 眼鏡が時折見せる、表面的には感じが良いが、有無を言わせずに距離を詰めてくる態度に似ていて不気味だった。

「こっちの世界は慣れた?」

「まだ。し、知らないものが沢山あって……」

「そう。大変だよね。白波、あ、眼鏡の方ね。アイツのこと遠慮なく頼っちゃいな。ああ見えて面倒見良いし、根はまともだから、何とかしてくれるはず。言いづらかったら私でも良いし。後で連絡先教えるね。って、ケータイ持ってるの?」

「ケータイ? 眼鏡が持ってる何でもできる板か?」

「そうそう」

「難しそうだし、眼鏡も何も言わないから持っていない」

「持っといた方が良いよ。操作が簡単なのや安いのもあるから。白波に私からも言っておく」

 こちらはうまく受け答えができていないのに、唐澤は気に求めず、次々に質問をしてくる。
 送ってもらってなんだが、早く家に着いて別れたい。

「今日は何を買いにイオ◯行ったの?」

「服……。これしか持ってなかったから」

「こっち来た時の服は?」

「眼鏡が乾燥機に入れたら縮んで着られなくなった」

 ダハハハハハ、と唐澤は豪快に笑った。
 酷い。俺の一張羅だったのに。

「ごめん、ごめん。ついアイツならやるなーって思っちゃって」

 涙が出るくらい笑ってから、唐澤は謝罪してきたが、俺は俯いたままでいた。
 思い出すと腹が立つ。

 あれから俺もテレビで学習したのだが、軍服のような生地の服を乾燥機に入れてはいけないということは、この世界の大人なら常識であった。
 眼鏡が単に常識知らずで、悪気がなかったという説も考えたけれど、一番濃厚なのは、縮む可能性が高いのは分かっていたけれど、面倒だったので突っ込んだ説だ。
 眼鏡は奇行や妄言の多い奴だが、どうも露悪的なところがあり、わざと奇抜な言動をしているだけに見えてきていた。
 唐澤の評する通り、性格は悪いが、ああ見えて根は常識人な気がする。

 さっきの盗っ人娘との一件とかを見せられると、そう思わざるを得ない。

 体は限りなく俺に近いのに、俺なんかよりずっと真っ当に育って、まともな人間になっている男……。

「どうした? 元気ないけど、お腹痛いの? 家もうすぐだけど、トイレもつ?」

 黙り込んだ俺に眼鏡の同輩はピントのずれた労りの言葉をかけてきた。

「いや、眼鏡が時々わからなくて。真面目なのか不真面目なのか」

「ああ、私も10年以上同期やってるけど未だに分からないとこあるね。けど、彼はああ見えて基本はまともだし、正義漢だよ」

 この世界の人物視点でも、眼鏡はまともなのか。

「俺と外見はそっくりなのに、親もそっくりなのに、まともに育ってて、何が違うんだろう」

「サツマ君はまともじゃないの?」

「まともではない……と思う。眼鏡には闇が深いって言われた」

 ルサンチマン王国で自分に与えられた使命を果たしてきただけだが、こっちの世界に来てから、不意に自分がなしてきたことが間違えていたのじゃないかという不安に襲われるようになった。
 でも、その違和感を認めたくない。
 今までの人生全てが否定されるようで、たまらなく恐ろしい。
 唐澤は少しの沈黙の後、口を開いた。

「時代とか社会情勢の違いじゃない。この世界の日本はもう75年も平和だから。サツマ君は、もしかしたら、うちのお爺ちゃんと話したら分かり合えるかもね」

「お爺さん?」

「うちのお爺ちゃんね、神奈川の横須賀に住んでるんだけど、もう100歳すぎなんだけど、戦争で色々あって、異世界人かよってくらい、すっごい波乱万丈な人生過ごしてきてるんだ。何でも知ってるから、頼りになるよ。ボケてないし」

 祖父の話なのに、恋人の話をするみたいなうっとりとした表情で話すものだ。
 しかし、100歳すぎの老人はもはや人ではない、エルフの類ではないか。
 孫娘の並外れた美貌もエルフの血が混ざっているというなら納得がいく。

「素晴らしいお爺さんだな。是非、お会いしてみたい」

 じゃあ今度連れてってあげるよ、と唐澤はとても嬉しそうに笑った。
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