第7話 緊急避難(刑法37条1項)
文字数 1,295文字
会議や面談を終え、師団長私室に戻って来れた時には、すっかり日が昇りきっていた。
ボニー様に謁見に行くのは明日の夜にすると王宮からの使者には伝えておいたので、それまで少し休みたかった。
私室のある別棟に続く渡り廊下で深呼吸をした。
冷たく澄み切った空気が肺を満たし、疲れた体を癒してくれる。
川岸市も田舎なので空気は綺麗だったが、ルサンチマン王国のものとは微妙に違った。
ここの空気の方が冷たく、鋭さすら孕むほど清浄だ。
片田舎とはいえ、川岸市は堕落した自由主義社会の淀みの影響を受けてしまっているのだろう。
帰ってきた。
俺は帰ってきた。
男泣きで歓迎してくれた部下たちと語らい、俺のいない間のこの国の情勢報告を受け、会議で激論を飛ばしあった。
多少疲れたが、心地が良い。
久しぶりに頭を使った。
久しぶりに近衛師団の軍服に袖を通した。
毎日ジャージで無気力にニートをしていた生活よりも、大変だがずっと充実している。
俺を必要としてくれる人たちがいて、なさねばならぬ使命がある幸福を噛みしめた。
思えばあっちの世界には誰一人俺を必要とする者はいなかった。
眼鏡父にとっては、俺はつれない息子の代用品だったし、月光のマダムにとっても俺は辞めた従業員の代わり。
眼鏡に至っては、お荷物以外の何者でもなかったはずだ。
そういえば、眼鏡は部屋で大人しくしているだろうか。
数時間ぶりに眼鏡の存在を思い出した。
元の世界に明々後日までに帰りたいとほざいていたが、そう簡単にいくか。
俺だって数ヶ月、川岸市で屈辱的な生活を送ったのだ。
無神経で無礼なあいつには、少しお灸を据えてやっても良いのではないか。
「あれ? 鍵がかかっている……」
私室のドアを開けようとし、外側から施錠されているのに気付いた。
案内した者が警戒して気を回したのだろう。眼鏡は犯罪者顔だからな。
「眼鏡、遅くなった。朝飯は食べ……」
ドアを開け放った瞬間、瞳に飛び込んできた光景に俺は絶句した。
来客用の上質な黒革張りのソファの横で、尻を丸出しにした眼鏡が踏ん張っていた。
「あ、ごめん。う◯こしたかったんだけど、ドア開かねえし、誰も来なくて、間に合いそうもなかったから……。あんま見ないで、恥ずかしい」
「貴様には人間としての矜恃がないのか?」
「ズボンを汚すよりは、いっそ自ら脱いで出した方が俺の矜恃は保たれる」
頭大丈夫か、こいつ。
数ヶ月一緒にいて、変態だというのは十分理解していたつもりだったが、ここまで狂っていたのか。
眼鏡は悪びれもせず、パンツを上げ、ズボンを履き直すと、俺の横をすり抜けて廊下に出て行った。
「待て! 貴様どこに行く!」
「え、トイレ。それとも部屋でした方がいい?」
「そんな訳あるか! そこの突き当たりを曲がって右だ。さっさと行ってこい」
やっべえ漏れちゃうと呟き、眼鏡は小走りで去って行った。
眼鏡の奇行に、俺は何をしに部屋に帰ってきたのか忘れてしまうくらいに混乱した。
ボニー様に謁見に行くのは明日の夜にすると王宮からの使者には伝えておいたので、それまで少し休みたかった。
私室のある別棟に続く渡り廊下で深呼吸をした。
冷たく澄み切った空気が肺を満たし、疲れた体を癒してくれる。
川岸市も田舎なので空気は綺麗だったが、ルサンチマン王国のものとは微妙に違った。
ここの空気の方が冷たく、鋭さすら孕むほど清浄だ。
片田舎とはいえ、川岸市は堕落した自由主義社会の淀みの影響を受けてしまっているのだろう。
帰ってきた。
俺は帰ってきた。
男泣きで歓迎してくれた部下たちと語らい、俺のいない間のこの国の情勢報告を受け、会議で激論を飛ばしあった。
多少疲れたが、心地が良い。
久しぶりに頭を使った。
久しぶりに近衛師団の軍服に袖を通した。
毎日ジャージで無気力にニートをしていた生活よりも、大変だがずっと充実している。
俺を必要としてくれる人たちがいて、なさねばならぬ使命がある幸福を噛みしめた。
思えばあっちの世界には誰一人俺を必要とする者はいなかった。
眼鏡父にとっては、俺はつれない息子の代用品だったし、月光のマダムにとっても俺は辞めた従業員の代わり。
眼鏡に至っては、お荷物以外の何者でもなかったはずだ。
そういえば、眼鏡は部屋で大人しくしているだろうか。
数時間ぶりに眼鏡の存在を思い出した。
元の世界に明々後日までに帰りたいとほざいていたが、そう簡単にいくか。
俺だって数ヶ月、川岸市で屈辱的な生活を送ったのだ。
無神経で無礼なあいつには、少しお灸を据えてやっても良いのではないか。
「あれ? 鍵がかかっている……」
私室のドアを開けようとし、外側から施錠されているのに気付いた。
案内した者が警戒して気を回したのだろう。眼鏡は犯罪者顔だからな。
「眼鏡、遅くなった。朝飯は食べ……」
ドアを開け放った瞬間、瞳に飛び込んできた光景に俺は絶句した。
来客用の上質な黒革張りのソファの横で、尻を丸出しにした眼鏡が踏ん張っていた。
「あ、ごめん。う◯こしたかったんだけど、ドア開かねえし、誰も来なくて、間に合いそうもなかったから……。あんま見ないで、恥ずかしい」
「貴様には人間としての矜恃がないのか?」
「ズボンを汚すよりは、いっそ自ら脱いで出した方が俺の矜恃は保たれる」
頭大丈夫か、こいつ。
数ヶ月一緒にいて、変態だというのは十分理解していたつもりだったが、ここまで狂っていたのか。
眼鏡は悪びれもせず、パンツを上げ、ズボンを履き直すと、俺の横をすり抜けて廊下に出て行った。
「待て! 貴様どこに行く!」
「え、トイレ。それとも部屋でした方がいい?」
「そんな訳あるか! そこの突き当たりを曲がって右だ。さっさと行ってこい」
やっべえ漏れちゃうと呟き、眼鏡は小走りで去って行った。
眼鏡の奇行に、俺は何をしに部屋に帰ってきたのか忘れてしまうくらいに混乱した。