第9話 修羅場
文字数 1,646文字
思い返せば、金田◯少年の事件簿では、しばしば金田◯に犯罪を暴露された犯人が逆上したり、自殺する鬱展開があった。
けど、10年現実のお巡りさんやってて、あんなドラマチックな展開に立ち会えたことはなかった。
俺が主に追いかけていたのは連続殺人犯ではなく、コソ泥とか暴れる酔っ払いだった。
一課や強行でバリバリやってる同僚すら、現実にサスペンス展開に見えたという話はしていなかった。
だから、俺はとうに悟ってしまっていた。
現実はドラマと違って、淡々と進み、地味だということを。
止めよう。
いくら言い訳しても、俺の脇が甘かったのは確かなのだ。
ここはルサンチマン王国。
価値観や倫理観は基本近代以前の基準で止まっていて、人の命は現代日本に比べて大分軽い。
ここにはここの良さがあるだろうし、近代文明や思想を振りかざし、異なる基準で存在している国を『遅れている』と批判するのは傲慢だと思う。
だけどだ。
こんなのって、ないんじゃないか?
笑い狂う王女と彼女の言葉に深く傷つくナイトを前に、俺は呆然としていた。
俺の仕事は警察官で、警察官の使命の一つは真実の探究で、だから俺は思いついた仮説を証明すべく、そしてサツマ様を王女の陰謀から救うべく、王宮に乱入したのだけど、今って結構最悪に近い状態ではなかろうか。
「白波さん、余計なことをしてくれましたね」
ソコロフの声は凍てつくほどに冷たく、灰色の瞳は俺をゴミと見做しているように見えた。
俺は何の反論もできない。
「起きてしまったことは仕方ない。王女は僕の仲間に引き継ぎますから、シラナミ師団長を連れて、速やかにご自分の世界にお帰りください。シラナミ師団長のフォローくらい、やってくれますよね?」
「速やかに帰れって、どうすれば……」
「昼に案内した地下室にシラナミ大佐がいらっしゃいます。そこまで師団長を連れて行けば後は大丈夫です」
「でも、この状況のまま去るのはちょっと……」
言い淀むと、ソコロフはピシャッと遮った。
「これ以上余計なことをしないでください。あなたにやる気があっても、間違えたことをされては迷惑でしかありません」
俺は惨めな気持ちになった。
逃げ出したいけど、逃げ出す訳にいかず、でも去れと拒絶される感じ。
学生の頃、先生にやる気がないなら帰れと叱られ、無理に教室を追い出された時の気持ちに似ている。
あの数百倍、しんどいけど。
へっぴり腰でカーペットに伏しているサツマ様に近づき、しゃがんで声をかける。
「サツマ様、何か色々大変だけど、とりあえず元の世界帰ろう? 難しいことは帰って落ち着いてから考えよう?」
「ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様……」
毒のせいなのか、精神的ショックのせいなのか、サツマ様の目は焦点が合っておらず、ぶつぶつとうわ言を呟いているだけだった。
王女は王女で、駆けつけた侍女や執事に付き添われ、乾いた笑い声を上げながら、覚束ない足取りで出て行こうとしている。
「ボニー…様!」
サツマ様が振り絞るようにして発した呼びかけに、王女は一瞬だけ振り返ったが、すぐに興味を失い、側近たちに連れられるがまま、姿を消した。
サツマ様の顔に絶望が広がったのを、俺は見ていられず、目を逸らした。
だから、衣擦れの音の後、カチャリと金属音がしたのに、気づくのに遅れてしまった。
自由が効かない体でありながら、サツマ様は愛刀を抜いていた。
「ちょっ! お前何や……」
痙攣する腕がゆっくりとしかし確実に刃を己の喉笛に突き立てようとするのが、スローモーションで見えた。
止めなきゃいけないのに、体が動かない。俺は毒は飲まされていないのに情けない。
すんでのところで、ようやく動いた体で、サツマ様から刀を奪おうと飛びかかった刹那、銃声が響き、俺の意識は途切れた。
けど、10年現実のお巡りさんやってて、あんなドラマチックな展開に立ち会えたことはなかった。
俺が主に追いかけていたのは連続殺人犯ではなく、コソ泥とか暴れる酔っ払いだった。
一課や強行でバリバリやってる同僚すら、現実にサスペンス展開に見えたという話はしていなかった。
だから、俺はとうに悟ってしまっていた。
現実はドラマと違って、淡々と進み、地味だということを。
止めよう。
いくら言い訳しても、俺の脇が甘かったのは確かなのだ。
ここはルサンチマン王国。
価値観や倫理観は基本近代以前の基準で止まっていて、人の命は現代日本に比べて大分軽い。
ここにはここの良さがあるだろうし、近代文明や思想を振りかざし、異なる基準で存在している国を『遅れている』と批判するのは傲慢だと思う。
だけどだ。
こんなのって、ないんじゃないか?
笑い狂う王女と彼女の言葉に深く傷つくナイトを前に、俺は呆然としていた。
俺の仕事は警察官で、警察官の使命の一つは真実の探究で、だから俺は思いついた仮説を証明すべく、そしてサツマ様を王女の陰謀から救うべく、王宮に乱入したのだけど、今って結構最悪に近い状態ではなかろうか。
「白波さん、余計なことをしてくれましたね」
ソコロフの声は凍てつくほどに冷たく、灰色の瞳は俺をゴミと見做しているように見えた。
俺は何の反論もできない。
「起きてしまったことは仕方ない。王女は僕の仲間に引き継ぎますから、シラナミ師団長を連れて、速やかにご自分の世界にお帰りください。シラナミ師団長のフォローくらい、やってくれますよね?」
「速やかに帰れって、どうすれば……」
「昼に案内した地下室にシラナミ大佐がいらっしゃいます。そこまで師団長を連れて行けば後は大丈夫です」
「でも、この状況のまま去るのはちょっと……」
言い淀むと、ソコロフはピシャッと遮った。
「これ以上余計なことをしないでください。あなたにやる気があっても、間違えたことをされては迷惑でしかありません」
俺は惨めな気持ちになった。
逃げ出したいけど、逃げ出す訳にいかず、でも去れと拒絶される感じ。
学生の頃、先生にやる気がないなら帰れと叱られ、無理に教室を追い出された時の気持ちに似ている。
あの数百倍、しんどいけど。
へっぴり腰でカーペットに伏しているサツマ様に近づき、しゃがんで声をかける。
「サツマ様、何か色々大変だけど、とりあえず元の世界帰ろう? 難しいことは帰って落ち着いてから考えよう?」
「ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様、ボニー様……」
毒のせいなのか、精神的ショックのせいなのか、サツマ様の目は焦点が合っておらず、ぶつぶつとうわ言を呟いているだけだった。
王女は王女で、駆けつけた侍女や執事に付き添われ、乾いた笑い声を上げながら、覚束ない足取りで出て行こうとしている。
「ボニー…様!」
サツマ様が振り絞るようにして発した呼びかけに、王女は一瞬だけ振り返ったが、すぐに興味を失い、側近たちに連れられるがまま、姿を消した。
サツマ様の顔に絶望が広がったのを、俺は見ていられず、目を逸らした。
だから、衣擦れの音の後、カチャリと金属音がしたのに、気づくのに遅れてしまった。
自由が効かない体でありながら、サツマ様は愛刀を抜いていた。
「ちょっ! お前何や……」
痙攣する腕がゆっくりとしかし確実に刃を己の喉笛に突き立てようとするのが、スローモーションで見えた。
止めなきゃいけないのに、体が動かない。俺は毒は飲まされていないのに情けない。
すんでのところで、ようやく動いた体で、サツマ様から刀を奪おうと飛びかかった刹那、銃声が響き、俺の意識は途切れた。