第9話 不審者?

文字数 2,131文字

 中学校では、運動場で部活動が行われていてその体操服姿の中学生たちがランニングをしたり、ダンスの練習をしていたり、ボールを使ったよく分からない競技をしていたりした。

 あれくらいの年齢の時、自分は親の反対を押し切って新兵として志願したなあ、などと他愛もないことを考えながら、早速ポケニャン採集を始める。

 既にタブレットの画面には数匹のポケニャンの表示が出ていたし、アイテムボックスの存在を示す「!」マークも中学校の敷地沿いに点在している。

 これは大した収穫になるぞと心躍らせ、俺はタブレットを操作しながら、フェンス沿いに歩き始めた。

 あ、あそこの生垣に見たことがない個体がいる!
 急がないと逃げられてしまう。
 あー、動くな動くな。

 こんなことを心の中で繰り返しながら、必死にポケニャン採集活動に勤しんだ。

 次第に日も傾き、空は茜色が濃くなり、校庭にいる生徒も減ってきたが、そんな些末なことは気にせず、一心不乱にポケニャントレーナーとしてなすべきことを遂行していた。

 中学に到着して、30分以上経過した頃だった。

 背後から急に誰かに肩を叩かれた。

 俺の背中を取るなんて、どんな猛者か。

 振り返ると、ジャージ姿の40歳くらいの脳まで筋肉でできていそうな角刈りの男と、少し下がったところに不安そうに身を寄せ合う制服姿の女子中学生2人がいた。

「おたく何してんの? 写真撮ってたでしょ。そのタブレット見せてくんない?」

 初っ端から横柄で礼儀に失した態度で男は命令してきた。
 眼鏡といい、この世界の成人男性の無礼さは目に余る。物質的に豊かな生活が人の心を荒廃させてしまうのだろうか。

「写真なんて撮っていません。ポケニャンランをやっていただけです」

 男をこの場で締め殺しても良いのだが、いたいけな女子中学生の前でやるのは忍びない。
 眼鏡に「こっちでは絶対に人を傷つけたり殺したりすんなよ。マジでやべえからな。近衛師団特権とかねえから」ときつく言いつけられているのもあり、乱暴な真似は自制した。

「嘘つけ。最近多いんだよ。ゲームやってるって言って、うちの学校の女生徒の盗撮する変態。タブレット見せろ。じゃないと警察呼ぶぞ」

「俺を変態呼ばわりするのか? 無礼だぞ。俺は女子中学生なんかに興味はない。同年代が好きだ」

 男の背後に隠れていた女子中学生たちも騒ぎ出す。

「私見たもん! この人、うちらにタブレットのカメラ向けてた!」

「私も見た! にやにやしてたし、絶対変態だよ」

 そりゃレアポケニャンを見つけたから、多少ほくそ笑んではいたけど……。しかし変態とは酷すぎる。

「もういい。110番するぞ」

 男がジャージのポケットからスマートフォンを取り出した。

 警察を呼ばれる→眼鏡の同僚がやってくる→眼鏡との関係がバレる→眼鏡の立場が危うくなる→眼鏡激怒→捨てられる

 一瞬で最悪の未来予想図が頭をよぎり、俺は何としても通報を止めなければと、男のスマホを奪おうと腰を落とした。

 正に、飛びかかる直前、高音の舌足らずな声が割り込んできた。

「待って。その人は変態じゃないよ。いとこのお兄ちゃんなの。警察呼ばないで!」

 見ると、赤いランドセルを背負った10歳くらいの女児が緊迫した顔つきで立っていた。
 デニムのスカートを握りしめ、キッと正面を睨んでいる。

 茶色がかった巻き毛を頭の高い位置で2つに結い、ハムスターのイラストがプリントされたパステルカラーのTシャツにアップリケのついたデニムのミニスカートといかにもおしゃまな小学生女子だった。

 少女は可愛らしい顔を強張らせ、もう一度繰り返した。

「その人は私のお兄ちゃんなの。だから離してあげて。警察も呼ばないで」

 困った顔で男はスマホをしまうと、少女の側にしゃがむと、小声でしばらく少女にいくつか問いを投げていたようだったが、やがて、バツが悪そうな顔で「無闇に部外者が中学の周りをうろつかないこと」とだけ言いつけると、女子中学生2人を引き連れて去っていった。

 何だかわからないが、見知らぬ小学生女児に救われた。

 まだ緊張しているのか、仁王立ちして力んだままの彼女に、ひとまず礼を告げた。

「助けてくれてありがとう」

 すると女児は、急に口を尖らせ、ガニ股で地団駄を踏んで怒鳴った。

「何という有様なのです! 鏡で自分をご覧なさい! 身をやつすにしても酷すぎるでしょう! 最初、師団長だなんて気づかなかったし、気づいた時の絶望感と言ったら……。ああ、忠義の心のなすままに異世界転生してみて、ようやく見つけたと思ったら、あの気高きルサンチマン王国の漆黒の番犬がこんなニートきのこに成り果てているとは」

 こんな女児、俺はもちろん初対面だし、手酷く罵られる謂れはないのだが、口ぶりに心当たりがあった。

「まさか、カトウか?」

「そうですけど何か?」

 女児とは思えぬ凶悪な目つきで睨まれた。
 中身は47歳のおっさん兵士なのだから当然か。

「え……」

 何と返せば良いのか見当がつかず、俺は絶句した。
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