第4話 ここに住みたい
文字数 2,026文字
本屋で『ゴリラでもできる! 基本の家庭料理』という本を購入し、仕上げに来週1週間分の食材を買いに食品売り場に移動した。
待ちに待ったカートを運転する機会がやってきた。
否応なしにテンションの上がる俺を眼鏡は冷ややかに見ていた。
「まずは無難にルー使ってカレーを作れ。あとクックドゥも便利だぞ。俺一人の時はほとんど自炊なんてしなかったけど」
眼鏡のアドバイスは経験の裏打ちがなく、心許なかったが、それらの商品の箱の裏に記載された調理方法を見ると、確かに便利そうだった。
買っておこう。
休日のイオ◯の食料品売り場は大盛況で、主に子供連れの家族で賑わっていた。
彼らから放出される幸福が空気中に充満し、妙な関係の独身男性二人としては少し息苦しかった。
けれど、そんな息苦しさをチャラにできるくらい、イオ◯は素晴らしい。
生鮮食品売り場の向かいにある冷蔵庫に俺は吸い寄せられた。
「あ、柴漬け! すごいな。東洋の幻の珍味がこんなに沢山。しかも安い」
ルサンチマン王国では、柴漬けは俺たち平たい顔の一族に伝わる秘伝保存食のため、希少価値の高い高級品だ。
俺も好物だが、実家と縁が切れているせいで滅多に食べられない。
「一番安いの一袋だけな。ちゃんと賞味期限見ろよ」
眼鏡から購入の許可が出たので、嬉々として柴漬けの袋を手に取る。まさか異世界で故郷の味に再会できるとは。
異世界に行ってみるものである。
「ほら、次肉買うぞ。全く、子供かよ」
「すまん、つい感動して。あ、あれは何だ? ご婦人がウインナーを配ってる。行ってきて良いか?」
「食ったら買わされるからダメ」
「なあ、さっき少し通った菓子売り場、後で行っていいか? うまそうな菓子が沢山あった。あそこは極楽に違いない」
「おやつは500円までな。金欠なんだから」
見渡す限り、目新しい商品を陳列させた棚。それでいて、雑然とした印象がなく、整然としていて清潔感に溢れている。
ルサンチマン王国の市場とは大違いだ。
ああ、素晴らしいイオ◯!
いっそここに住みたい。
しかし500円までって厳しくないか?箱入りのチョコレートを2つですぐだ。
ポテトチップスという芋の加工菓子もグミも酢昆布も欲しい。
ああでもないこうでもないと暗算を繰り返していると、いつの間にか側にいた眼鏡が消えていた。
愛想をつかせて置いていかれたのかと、焦ったが、何てことない。
眼鏡は米売り場の棚に身を隠すように立ち、通路を一本挟んだところにあるジュース売り場の方を凝視していた。
いつになく鋭い目つきに、俺はぎくりとし、浮かれていた気持ちが一気に覚めた。
眼鏡が眼鏡の奥の一重瞼を細めて見つめているのは、紺色の制服と思しきスカートにブレザーを着た学生風の少女だった。
あれが女子高生という生き物か。実物は初めて見た。
肩下までの黒髪は真っ直ぐで、少女が動くたびにさらさらと繊細に流れる。
華奢な体つきで、白い靴下を履いた足首は折れそうに細く、膝よりやや上の丈のスカートの裾から見える膝裏は雪のように白い。
顔は見えないけれど、美少女っぽい雰囲気が漂う少女だった。
女子高生は通常は10代後半の少女だ。
そんな子供を凝視する眼鏡。
変態以外の何者でもなかった。
「何をしているんだ……」
止めようと思い、背後から声をかけると、眼鏡は振り返って黙るようにとジェスチャーをした。
「しかし、相手は子供……」
「うるせえな。後で説明するから黙れって」
眼鏡は苛立った様子で口の形だけで俺の言葉を遮った。
後で説明するって何だよ。
全然納得できなかったが、眼鏡の剣幕に押されて口をつぐむ。
その間に、件の女子高生はジュース売り場を去り、食品売り場から出て行ってしまう。
何と眼鏡は早足で彼女の後を追いかける。
迷ったが、カートを置いて俺も追いかけた。
眼鏡はエントランスの近くの花屋の前で、女子高生の肩を叩き、声をかけた。
「ちょっと君いいかな」
怯えた顔で振り返った彼女の表情は、天敵に追い詰められた白うさぎのように可憐で弱々しかった。
「な、何ですか?」
か細く小さな声に、眼鏡は普段と違う明瞭な声で応じた。周囲の買い物客や店員の注意が一斉に眼鏡と少女に向けられる。
「君さ、食品売り場で会計してないものあるよね。そのバッグの中に。俺ずっと見てたんだよね」
眼鏡が上着の内ポケットから取り出して掲げた手帳を見て、さらに彼女は身を固くした。
「っ! ごめんなさい。ちゃんと弁償するので許してください。見逃してください」
今にも泣きそうな少女の必死の訴えに、眼鏡は眉ひとつ動かさずに、無情に言い放った。
「ごめん、それ決めるのはお店の人だから。まずは警備員さんとこ行こうか」
待ちに待ったカートを運転する機会がやってきた。
否応なしにテンションの上がる俺を眼鏡は冷ややかに見ていた。
「まずは無難にルー使ってカレーを作れ。あとクックドゥも便利だぞ。俺一人の時はほとんど自炊なんてしなかったけど」
眼鏡のアドバイスは経験の裏打ちがなく、心許なかったが、それらの商品の箱の裏に記載された調理方法を見ると、確かに便利そうだった。
買っておこう。
休日のイオ◯の食料品売り場は大盛況で、主に子供連れの家族で賑わっていた。
彼らから放出される幸福が空気中に充満し、妙な関係の独身男性二人としては少し息苦しかった。
けれど、そんな息苦しさをチャラにできるくらい、イオ◯は素晴らしい。
生鮮食品売り場の向かいにある冷蔵庫に俺は吸い寄せられた。
「あ、柴漬け! すごいな。東洋の幻の珍味がこんなに沢山。しかも安い」
ルサンチマン王国では、柴漬けは俺たち平たい顔の一族に伝わる秘伝保存食のため、希少価値の高い高級品だ。
俺も好物だが、実家と縁が切れているせいで滅多に食べられない。
「一番安いの一袋だけな。ちゃんと賞味期限見ろよ」
眼鏡から購入の許可が出たので、嬉々として柴漬けの袋を手に取る。まさか異世界で故郷の味に再会できるとは。
異世界に行ってみるものである。
「ほら、次肉買うぞ。全く、子供かよ」
「すまん、つい感動して。あ、あれは何だ? ご婦人がウインナーを配ってる。行ってきて良いか?」
「食ったら買わされるからダメ」
「なあ、さっき少し通った菓子売り場、後で行っていいか? うまそうな菓子が沢山あった。あそこは極楽に違いない」
「おやつは500円までな。金欠なんだから」
見渡す限り、目新しい商品を陳列させた棚。それでいて、雑然とした印象がなく、整然としていて清潔感に溢れている。
ルサンチマン王国の市場とは大違いだ。
ああ、素晴らしいイオ◯!
いっそここに住みたい。
しかし500円までって厳しくないか?箱入りのチョコレートを2つですぐだ。
ポテトチップスという芋の加工菓子もグミも酢昆布も欲しい。
ああでもないこうでもないと暗算を繰り返していると、いつの間にか側にいた眼鏡が消えていた。
愛想をつかせて置いていかれたのかと、焦ったが、何てことない。
眼鏡は米売り場の棚に身を隠すように立ち、通路を一本挟んだところにあるジュース売り場の方を凝視していた。
いつになく鋭い目つきに、俺はぎくりとし、浮かれていた気持ちが一気に覚めた。
眼鏡が眼鏡の奥の一重瞼を細めて見つめているのは、紺色の制服と思しきスカートにブレザーを着た学生風の少女だった。
あれが女子高生という生き物か。実物は初めて見た。
肩下までの黒髪は真っ直ぐで、少女が動くたびにさらさらと繊細に流れる。
華奢な体つきで、白い靴下を履いた足首は折れそうに細く、膝よりやや上の丈のスカートの裾から見える膝裏は雪のように白い。
顔は見えないけれど、美少女っぽい雰囲気が漂う少女だった。
女子高生は通常は10代後半の少女だ。
そんな子供を凝視する眼鏡。
変態以外の何者でもなかった。
「何をしているんだ……」
止めようと思い、背後から声をかけると、眼鏡は振り返って黙るようにとジェスチャーをした。
「しかし、相手は子供……」
「うるせえな。後で説明するから黙れって」
眼鏡は苛立った様子で口の形だけで俺の言葉を遮った。
後で説明するって何だよ。
全然納得できなかったが、眼鏡の剣幕に押されて口をつぐむ。
その間に、件の女子高生はジュース売り場を去り、食品売り場から出て行ってしまう。
何と眼鏡は早足で彼女の後を追いかける。
迷ったが、カートを置いて俺も追いかけた。
眼鏡はエントランスの近くの花屋の前で、女子高生の肩を叩き、声をかけた。
「ちょっと君いいかな」
怯えた顔で振り返った彼女の表情は、天敵に追い詰められた白うさぎのように可憐で弱々しかった。
「な、何ですか?」
か細く小さな声に、眼鏡は普段と違う明瞭な声で応じた。周囲の買い物客や店員の注意が一斉に眼鏡と少女に向けられる。
「君さ、食品売り場で会計してないものあるよね。そのバッグの中に。俺ずっと見てたんだよね」
眼鏡が上着の内ポケットから取り出して掲げた手帳を見て、さらに彼女は身を固くした。
「っ! ごめんなさい。ちゃんと弁償するので許してください。見逃してください」
今にも泣きそうな少女の必死の訴えに、眼鏡は眉ひとつ動かさずに、無情に言い放った。
「ごめん、それ決めるのはお店の人だから。まずは警備員さんとこ行こうか」