第23話 伊都国③ 番犬

文字数 2,147文字

 主祭殿を下りた四人は、そのまま環濠集落の奥のほうに向かって進んだ。
 奥まで行くと、集落の周りを囲う柵の下は高い崖になっていた。そこから落ちたら命はなさそうだった。
「ここで行き止まりなのかしら……。あら?」
 弥生が辺りを見渡すと、前方に門のようなものが一カ所あった。門の先だけは崖ではなく、向こう側に続く道があった。
「あそこからなら先に進めるんじゃない?」

 四人が門の近くに行くと、門の前には二匹の犬が眠っていた。犬は体も大きくて、口からは鋭い牙も見える。
 犬を見た四人が立ち止まる。
「犬というより狼みたいだぜ。もし噛まれたら大怪我するぞ」
「でも、寝てるみたいだし、案外すんなり通れるんじゃないの。信二、ちょっと行ってみてよ」
 信二が弥生のほうを睨むように見る。
「試しにちょっとだけやってみてよ。犬は苦手じゃないでしょ」
「犬は好きだけど、こんな大きな犬は……わかった、やってみるよ」
 信二は嫌そうな顔をしながらも、そーっと門のほうに近寄ってみた。
 そのまま門まであと少しというところまで来たが、そこで突然二匹の犬が目を覚まして、信二に向かって大声で吠えた。
 信二は慌てて引き返してきた。
 信二を見ていた他の三人もびっくりして必死に逃げた。

 しばらくして後ろを振り返ってみると、犬は追いかけてこなかった。門の前でまた横になって寝始めた。
「はあはあ……びっくりした」
 四人は全力で走ったので、息を切らしている。
「どこがすんなり通れるだ!」
 信二が弥生を睨みつける。
「でも、あの犬は門に入ろうとしたら吠えたけど、門から離れたら追ってこなかったわね。どうしてかしら?」
 弥生は信二の言葉を無視して何かを考えている。
「つまり、あの二匹の犬は門を守る番犬ってとこかしら。あそこを通るにはどうすればいいかなあ」
「何か食べ物でも与えて、その隙に通るか?」
 信二が自分の考えを言う。
「他に回り道とかないかしら。でも、あそこ以外は崖になっていて先に進むのは不可能だわ」
 さすがに、弥生でもいい考えが浮かばないらしい。
 今回は、伊代もいいアイデアが出てこないようだ。

 すると、金次郎が突然「そうだ」と声を上げた。
 何かいい考えを思い付いたようだ。
「あの門の先には、きっと邪馬台国があるんですよね。ということは、あの犬は邪馬台国の番人みたいなものですよね。番人じゃなくて番犬か。だから、外部の人間が来ると吠えて追い出すわけですよね」
 金次郎が一人で自分の言葉にうんうんとうなずいている。
「つまり、僕たちが邪馬台国に入る資格があると示せば、あの犬は僕たちを通してくれるはずです」
 信二と弥生は「こいつは何を言っているんだ」という顔で金次郎を見ている。
 一方、伊代は金次郎の話を興味深そうに聞いている。
「僕たちは邪馬台国に入る資格がある、つまり、邪馬台国に関係する道具を見せれば、きっと通してくれると思うんです。どうです?」
 金次郎は自信満々で勝ち誇ったような顔をしている。
 信二と弥生はどう答えたらいいかわからなかった。
「すごい、金次郎君。それならうまくいくわ!」
 なぜか伊代だけは、金次郎の考えを聞いて感動している。
「伊代さんにそう言ってもらえるなんて」
 金次郎はうれしそうにニヤニヤする。

 金次郎は対馬国で見つけた銅矛を手に持った。
「信二さん、さっき手に入れた鏡を貸してください」
「本気か、金次郎?」
「きっとうまくいきます。僕の勘です」
「勘? まあ、うまくいかなかったらすぐ引き返してこいよ」
 信二はさっき手に入れた鏡を金次郎に渡した。
 金次郎は銅矛と鏡を手に持って、ゆっくりと門に近づいていく。
 門の前まで来たとき、二匹の犬が目を覚ました。
 犬が金次郎に向かって吠えようとした瞬間、金次郎は銅矛と鏡をそれぞれの犬の目の前に突き出した。
 すると、銅矛と鏡を見た二匹の犬はなんと動きを止めて、吠えるのをやめてしまった。そして、門の前の道を開けてくれて、そのまま寝てしまった。

 金次郎が誇らしげな顔をして後ろを振り返る。
 三人は金次郎の後について門の前まで来る。
「どうです?」
 金次郎がどうだといわんばかりに訊いてきた。
「金次郎君、すごいわ」
 伊代に褒められて、金次郎の顔は緩みっぱなしだ。
「こんなアイデアよく思い付いたわね」
「金次郎、よくやった」
 弥生も信二も感心している
「いやあ、それほどでも」
 褒められた金次郎はしばらくニヤニヤしていた。

「さあ、行くぞ」
 信二が先頭に立って門を開けると、四人はその先にある道を進んだ。
 しばらく行くと、その先には……
「洞窟があるぞ!」
 信二が叫んだ。
 目の前に洞窟の入口があった。
「さっきの犬はここを守っていたのね」
 弥生が洞窟を見ながらうなずく。
「ということは……この先に邪馬台国がある?」
 伊代の声が弾んでいる。みんなの気持ちも同じだった。
「この先は何があるかわからない。ここからは勝手なことをしちゃダメだぞ。特に伊代と金次郎」
 信二の言葉に伊代と金次郎が「はい」と返事をした。
 四人は洞窟の中に入っていく。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み