第17話 対馬国② 農地の夢
文字数 3,962文字
「そういえば、あいつら山のほうにおじいさんがいたって言っていましたね」
参加者の一人が思い出したように口を開く。
「おじいさん?」
信二が訊き返すと、
「ああ、たぶんあの方ですね」
スタッフの責任者がうなずく。
「ここのスタッフなんです。あれ、どこに行ったのかな?」
責任者はあたりを見回した。
「少し前に、山のほうに散歩しに行くって言ってましたよ。明るいうちに帰ってくるって言ってたけど」
スタッフの一人が答える。
「まさか、おじいさんに何かあったんじゃ……」
「ちょっと見てくるか?」
スタッフの人たちも心配している。
責任者は、スタッフにおじいさんを見てくるように指示し、数名のスタッフが山のほうに入っていった。
「俺たちも行こう」
古代史研究会チームも、おじいさんを探しに山へ行くことにした。
集落跡を抜けるとすぐに山林になった。ほとんど人が入っていないため、木も伸びていて、草も生え放題だ。
四人は辛うじて道のような形になっている山道を進んだ。
弥生は歩きながら、『魏志倭人伝』の中で、対馬国について「島の土地は山が険しく、深い林が多くて、その間を通る道も鳥や動物が通る幅の狭いけもの道のようだ」と書いてあるのを思い出した。
険しい山道をしばらく歩き続けて、ようやく山頂にたどり着いた。そこには平らな土地が広がっていた。ただし、草が背丈ほど生えていて先はよく見えない。
山を登って疲れたので、四人はそこで少し休むことにした。
みんながひと息つこうとすると、
「あっ!」
金次郎が大声を上げた。その声を聞いて他の三人はびっくりした。
「あそこに山小屋のような建物が見えます」
金次郎が奥のほうを指さした。信二がその方向を見ると、確かに遠くに建物らしきものがかすかに見える。
「よく、あんなの見つけたな」
「僕、視力だけはいいんですよ」
金次郎が得意そうに話した。信二が「休憩したら行ってみよう」と言って腰をおろそうとした瞬間、
「わっ!」
金次郎が再び大声を上げた。
「今度は何だよ」
「あの山小屋の近くに人がいます!」
全員が金次郎が指をさしている方向を見た。かすかに人影が見える。
「行ってみよう」
四人は休むこともなく、山小屋のほうに進んだ。
四人が山小屋……というか、今にも崩れかかっているあばら小屋の前にたどり着いた。
小屋の前には一人のおじいさんが立っていた。
「あのー……」
信二が声をかけると、おじいさんが振り向いた。
「何じゃ! お前らもわしにお宝をよこせとか言いに来たのか!」
おじいさんがいきなり声をあげて怒り出したので、四人はびっくりした。
「僕たちは怪しい者じゃないんです。実は下の集落跡で、変なやつらがおじいさんの話をしてたので、心配で探しに来たんです」
「スタッフの人も心配して探していますよ」
あわてて信二と弥生が説明すると、
「ふん。そういうことか」
おじいさんは怒りを収めた。
「少し前に怪しげな四人組が来て、お宝を知らないかとか訊いてきたんじゃ。わしが何も知らないというと、勝手にそこの小屋の中をぐちゃぐちゃにして探し回ってあげく出ていったんじゃ」
おじいさんが苦々しい表情をする。
「よかった。おじいちゃんが無事で」
弥生が胸をなでおろした。
「お前らもあいつらと同じようにお宝とやらを探しているのか?」
おじいさんが四人をじろっと見て尋ねる。
「まあ、そのなんというか……」
信二があいまいな返事をしていると、
「私たち、邪馬台国を探しているんです!」
伊代がはっきりとした声で答えた。
「邪馬台国? おお、そういえば、今回はそういうツアーだったな」
おじいさんが笑ってにっこりした。
「おじいさんはどうしてここにいるんですか?」
金次郎が尋ねる。
「ここはわしのご先祖様が住んでいた場所なんじゃ」
おじいさんが答えると、弥生と伊代が顔を見合わせる。
「下のスタッフの方もそんなことを言っていました」
弥生が言うと、おじいさんがうなずいた。
「わしが父や祖父からよく聞かされた話があっての。わしのご先祖様は、平地がほとんどない山に囲まれた島に住んでいた。島の人たちは海で魚介類を取って生活していた。でも、ご先祖様はどうしても農業がしたかった。当時は危険な漁で命を落とす人が多かったのがその理由だそうだ」
「そこでご先祖様は、他の島や大陸で得た情報をもとに、米や野菜が作れないかといろいろ試してみたそうじゃ」
「でも、そこの場所ではうまくいかなかったそうだ。その後、ご先祖様は島から別の土地に渡ったそうじゃ。でも、その後も島で農業ができなかったことをずっと悔しがっていた……という話じゃ。まあ、本当の話かどうかはわからんがの」
「その話がずっと頭にあっての。ヒストリートラベルの社長の粋間さんから今回の話を聞いたときは、ご先祖様のいた島に行けると思って、年甲斐もなく今回のツアーに参加したんじゃ」
「それがここの島なんですか?」
金次郎が周りを見ながら尋ねる。
「さあな。ただ、最初にこの島に来た瞬間、直感でここだと思って山を上がってきたんじゃ。まあただの勘じゃがな」
おじいさんが笑って答える。
「わしは考古学者でも何でもないし、ここが大昔はどんな場所だったかなんて興味はない。ただ、今はここがご先祖様のいた場所だと確信しておる。だから、せめてここの場所の草むしりをして、見た目だけでもこの土地を畑のような姿にしてやりたんじゃ。それが、ここで農業ができずに悔しがっていたご先祖様の供養になると思っての」
話を終えたおじいさんは「草むしりに戻るかの」と言って立ち上がった。
「僕も手伝います」
と言って、金次郎がおじいさんといっしょに草むしりを始める。
「私もやります」
伊代も金次郎に続く。
信二と弥生も
「俺たちも手伝いますよ」
と言って、草むしりに加わった。
それからしばらくして、小屋の前の小さなひと区画の土地の草むしりが終わった。
「みんな、ありがとう。きれいになったよ」
おじいさんが四人にお礼を言った。
「畑にするには、次にここの土を耕す必要がありますね。何か道具は……」
金次郎がつぶやいている。
「金次郎、お前やけに詳しいな」
「うちの実家は農家ですから、農業のことは任せてください」
金次郎が胸を張って答える。
「小屋に何か道具があるかもしれません。信二さん、小屋に行ってみましょう」
二人は小屋の中に入った。小屋の中には少し前に荒らされたような跡が残っていた。
「あいつらだな。ちゃんと片付けていけよ」
「信二さん、鍬があります。これを使いましょう」
金次郎は小屋にあった鍬を見つけた。二人はこれを使って畑を耕した。
二人が作業を終えると、荒れ地だった土地は畑のような姿に生まれ変わった。
「とりあえず、畑っぽくはなりましたね」
金次郎の顔は泥だらけになっていた。
「ここに住んで世話をする、というわけにはいかないと思うので、実際に畑として使うことはできませんが……」
金次郎がおじいさんに説明する。
「いや、これで充分じゃ。ご先祖様もきっと喜んでいるはずじゃ。これでわしも思い残すことはない。ありがとう、本当にありがとう」
おじいさんは涙を浮かべながら四人に何度もお礼を言った。
金次郎が小屋に鍬を置きにいくと、
「これは?」
小屋の中で何かを見つけた。
「小屋を片付けていたら、小屋の奥に箱があって、その中にこれがあったんですが……」
小屋から出てきた金次郎は、小屋で見つけたものをみんなに見せた。それは何かの金属でできた平らで細長いものだった。
弥生がそれを手にして、じっと見つめながら何かを考えいてる。
「これ、銅矛じゃないかしら?」
「銅矛?」
金次郎が訊き返す。
「『魏志倭人伝』には、倭国では武器として、矛・盾・木弓を用いたと書かれているのよ」
「とすると、これがそうなのか?」
信二が興奮気味に銅矛を手に取って見つめる。
「それはわからないけど、各地で出土している銅矛に形は似ている気がするわ」
「ということは、これが邪馬台国に関係する道具のひとつということですか?」
金次郎の顔がパッと明るくなる。
弥生は腕組みして考えながら答える。
「どうかしら……でも、これがツアーの敷地内で見つかったってことは、邪馬台国に関係する道具である可能性は高いと思うわ」
それを聞いて三人が笑顔になった。
「おじいさん、すみませんが……」
弥生がおじいさんに遠慮がちに声をかけた。
「小屋で見つかったこの銅矛なんですけど、よろしければ、私たちが持っていってもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ。あなた方が見つけたんだから持っていきなさい。それにご先祖様だって、さっき来たあんな奴らより、畑を作ってくれたあなた方が持っていたほうが喜ぶじゃろ」
おじいさんが笑顔で答える。
「ありがとうございます!」
おじいさんは小屋と畑に手を合わせて、しばらくじっとしていた。
それから、四人とおじいさんは一緒に山を下りてきた。おじいさんの姿を見てスタッフの人も安心している。
「それじゃあ、おじいさん、みなさん。私たちはそろそろ行きます」
「おお気をつけてのお」
「あんな奴らに負けないでよ」
四人は島にいた人たちにあいさつをして、ボートに乗り込んだ。ここからは信二と交代して、金次郎がボートを漕いでいくことになった。
ボートはゆっくりと島から離れていった。島の人たちはボートが見えなくなるまで四人に手を振っていた。
参加者の一人が思い出したように口を開く。
「おじいさん?」
信二が訊き返すと、
「ああ、たぶんあの方ですね」
スタッフの責任者がうなずく。
「ここのスタッフなんです。あれ、どこに行ったのかな?」
責任者はあたりを見回した。
「少し前に、山のほうに散歩しに行くって言ってましたよ。明るいうちに帰ってくるって言ってたけど」
スタッフの一人が答える。
「まさか、おじいさんに何かあったんじゃ……」
「ちょっと見てくるか?」
スタッフの人たちも心配している。
責任者は、スタッフにおじいさんを見てくるように指示し、数名のスタッフが山のほうに入っていった。
「俺たちも行こう」
古代史研究会チームも、おじいさんを探しに山へ行くことにした。
集落跡を抜けるとすぐに山林になった。ほとんど人が入っていないため、木も伸びていて、草も生え放題だ。
四人は辛うじて道のような形になっている山道を進んだ。
弥生は歩きながら、『魏志倭人伝』の中で、対馬国について「島の土地は山が険しく、深い林が多くて、その間を通る道も鳥や動物が通る幅の狭いけもの道のようだ」と書いてあるのを思い出した。
険しい山道をしばらく歩き続けて、ようやく山頂にたどり着いた。そこには平らな土地が広がっていた。ただし、草が背丈ほど生えていて先はよく見えない。
山を登って疲れたので、四人はそこで少し休むことにした。
みんながひと息つこうとすると、
「あっ!」
金次郎が大声を上げた。その声を聞いて他の三人はびっくりした。
「あそこに山小屋のような建物が見えます」
金次郎が奥のほうを指さした。信二がその方向を見ると、確かに遠くに建物らしきものがかすかに見える。
「よく、あんなの見つけたな」
「僕、視力だけはいいんですよ」
金次郎が得意そうに話した。信二が「休憩したら行ってみよう」と言って腰をおろそうとした瞬間、
「わっ!」
金次郎が再び大声を上げた。
「今度は何だよ」
「あの山小屋の近くに人がいます!」
全員が金次郎が指をさしている方向を見た。かすかに人影が見える。
「行ってみよう」
四人は休むこともなく、山小屋のほうに進んだ。
四人が山小屋……というか、今にも崩れかかっているあばら小屋の前にたどり着いた。
小屋の前には一人のおじいさんが立っていた。
「あのー……」
信二が声をかけると、おじいさんが振り向いた。
「何じゃ! お前らもわしにお宝をよこせとか言いに来たのか!」
おじいさんがいきなり声をあげて怒り出したので、四人はびっくりした。
「僕たちは怪しい者じゃないんです。実は下の集落跡で、変なやつらがおじいさんの話をしてたので、心配で探しに来たんです」
「スタッフの人も心配して探していますよ」
あわてて信二と弥生が説明すると、
「ふん。そういうことか」
おじいさんは怒りを収めた。
「少し前に怪しげな四人組が来て、お宝を知らないかとか訊いてきたんじゃ。わしが何も知らないというと、勝手にそこの小屋の中をぐちゃぐちゃにして探し回ってあげく出ていったんじゃ」
おじいさんが苦々しい表情をする。
「よかった。おじいちゃんが無事で」
弥生が胸をなでおろした。
「お前らもあいつらと同じようにお宝とやらを探しているのか?」
おじいさんが四人をじろっと見て尋ねる。
「まあ、そのなんというか……」
信二があいまいな返事をしていると、
「私たち、邪馬台国を探しているんです!」
伊代がはっきりとした声で答えた。
「邪馬台国? おお、そういえば、今回はそういうツアーだったな」
おじいさんが笑ってにっこりした。
「おじいさんはどうしてここにいるんですか?」
金次郎が尋ねる。
「ここはわしのご先祖様が住んでいた場所なんじゃ」
おじいさんが答えると、弥生と伊代が顔を見合わせる。
「下のスタッフの方もそんなことを言っていました」
弥生が言うと、おじいさんがうなずいた。
「わしが父や祖父からよく聞かされた話があっての。わしのご先祖様は、平地がほとんどない山に囲まれた島に住んでいた。島の人たちは海で魚介類を取って生活していた。でも、ご先祖様はどうしても農業がしたかった。当時は危険な漁で命を落とす人が多かったのがその理由だそうだ」
「そこでご先祖様は、他の島や大陸で得た情報をもとに、米や野菜が作れないかといろいろ試してみたそうじゃ」
「でも、そこの場所ではうまくいかなかったそうだ。その後、ご先祖様は島から別の土地に渡ったそうじゃ。でも、その後も島で農業ができなかったことをずっと悔しがっていた……という話じゃ。まあ、本当の話かどうかはわからんがの」
「その話がずっと頭にあっての。ヒストリートラベルの社長の粋間さんから今回の話を聞いたときは、ご先祖様のいた島に行けると思って、年甲斐もなく今回のツアーに参加したんじゃ」
「それがここの島なんですか?」
金次郎が周りを見ながら尋ねる。
「さあな。ただ、最初にこの島に来た瞬間、直感でここだと思って山を上がってきたんじゃ。まあただの勘じゃがな」
おじいさんが笑って答える。
「わしは考古学者でも何でもないし、ここが大昔はどんな場所だったかなんて興味はない。ただ、今はここがご先祖様のいた場所だと確信しておる。だから、せめてここの場所の草むしりをして、見た目だけでもこの土地を畑のような姿にしてやりたんじゃ。それが、ここで農業ができずに悔しがっていたご先祖様の供養になると思っての」
話を終えたおじいさんは「草むしりに戻るかの」と言って立ち上がった。
「僕も手伝います」
と言って、金次郎がおじいさんといっしょに草むしりを始める。
「私もやります」
伊代も金次郎に続く。
信二と弥生も
「俺たちも手伝いますよ」
と言って、草むしりに加わった。
それからしばらくして、小屋の前の小さなひと区画の土地の草むしりが終わった。
「みんな、ありがとう。きれいになったよ」
おじいさんが四人にお礼を言った。
「畑にするには、次にここの土を耕す必要がありますね。何か道具は……」
金次郎がつぶやいている。
「金次郎、お前やけに詳しいな」
「うちの実家は農家ですから、農業のことは任せてください」
金次郎が胸を張って答える。
「小屋に何か道具があるかもしれません。信二さん、小屋に行ってみましょう」
二人は小屋の中に入った。小屋の中には少し前に荒らされたような跡が残っていた。
「あいつらだな。ちゃんと片付けていけよ」
「信二さん、鍬があります。これを使いましょう」
金次郎は小屋にあった鍬を見つけた。二人はこれを使って畑を耕した。
二人が作業を終えると、荒れ地だった土地は畑のような姿に生まれ変わった。
「とりあえず、畑っぽくはなりましたね」
金次郎の顔は泥だらけになっていた。
「ここに住んで世話をする、というわけにはいかないと思うので、実際に畑として使うことはできませんが……」
金次郎がおじいさんに説明する。
「いや、これで充分じゃ。ご先祖様もきっと喜んでいるはずじゃ。これでわしも思い残すことはない。ありがとう、本当にありがとう」
おじいさんは涙を浮かべながら四人に何度もお礼を言った。
金次郎が小屋に鍬を置きにいくと、
「これは?」
小屋の中で何かを見つけた。
「小屋を片付けていたら、小屋の奥に箱があって、その中にこれがあったんですが……」
小屋から出てきた金次郎は、小屋で見つけたものをみんなに見せた。それは何かの金属でできた平らで細長いものだった。
弥生がそれを手にして、じっと見つめながら何かを考えいてる。
「これ、銅矛じゃないかしら?」
「銅矛?」
金次郎が訊き返す。
「『魏志倭人伝』には、倭国では武器として、矛・盾・木弓を用いたと書かれているのよ」
「とすると、これがそうなのか?」
信二が興奮気味に銅矛を手に取って見つめる。
「それはわからないけど、各地で出土している銅矛に形は似ている気がするわ」
「ということは、これが邪馬台国に関係する道具のひとつということですか?」
金次郎の顔がパッと明るくなる。
弥生は腕組みして考えながら答える。
「どうかしら……でも、これがツアーの敷地内で見つかったってことは、邪馬台国に関係する道具である可能性は高いと思うわ」
それを聞いて三人が笑顔になった。
「おじいさん、すみませんが……」
弥生がおじいさんに遠慮がちに声をかけた。
「小屋で見つかったこの銅矛なんですけど、よろしければ、私たちが持っていってもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ。あなた方が見つけたんだから持っていきなさい。それにご先祖様だって、さっき来たあんな奴らより、畑を作ってくれたあなた方が持っていたほうが喜ぶじゃろ」
おじいさんが笑顔で答える。
「ありがとうございます!」
おじいさんは小屋と畑に手を合わせて、しばらくじっとしていた。
それから、四人とおじいさんは一緒に山を下りてきた。おじいさんの姿を見てスタッフの人も安心している。
「それじゃあ、おじいさん、みなさん。私たちはそろそろ行きます」
「おお気をつけてのお」
「あんな奴らに負けないでよ」
四人は島にいた人たちにあいさつをして、ボートに乗り込んだ。ここからは信二と交代して、金次郎がボートを漕いでいくことになった。
ボートはゆっくりと島から離れていった。島の人たちはボートが見えなくなるまで四人に手を振っていた。