第24話 もうひとつの邪馬台国
文字数 3,418文字
藤原がヒストリートラベルに到着した。
全力で走って来たので、息を切らして「はあ、はあ」言っている。
会社の入口で待っていた小町が藤原に近寄る。
「先生、どうしたの? そんなに慌てて」
小町は慌てた様子の藤原を見て驚いている。
「何でもない。それより社長に会わせてくれ」
「わかったわ」
藤原の真剣な表情を見た小町は、何かあるんだと思い、それ以上は何も訊かないで藤原を会社の中に案内した。受付の人に声をかけると、二人を社長室に案内してくれた。
社長室には社長の粋間と部長の美馬がいた。
「これはこれは、藤原先生。ようこそおいでくださいました」
粋間が藤原と小町をソファに座るように促す。
ソファに座り、藤原は簡単にあいさつをすませるとすぐに、粋間に質問した。
「社長、今回のツアーの目的は何ですか?」
粋間は急に質問されて面食らっている。
「目的? それは……」
粋間が答えに詰まっていると、
「歴史に興味のある方々に満足していただけるツアーを提供すること。わが社のいつものツアーと同じです」
粋間の脇にいた美馬が笑顔で答える。
「今回のツアーは、学生やアマチュアの歴史サークルを対象にした無料ツアーにしていますよね。しかも、行く場所を秘密にしたミステリーツアーにもなっている。こうしたツアーはいつも開催しているのですか?」
藤原の質問の意図が理解できず、粋間と美馬が顔を見合わせる。美馬が少し考えてから答える。
「確かに無料ツアーというのはあまりやったことはありません。今回のツアーは、歴史好きな若い学生や普段ツアーでお世話になっているアマチュアの歴史サークルの人たちに対するサービスとして企画しました」
「サービス? 会社の儲けがなくてもいいってこと?」
小町が意外そうに尋ねる。
「もちろん、ボランティアでやっているわけではありません。こう言うと何ですが、わが社の宣伝の意味もあるんですよ」
美馬が頭をかきながら話す。
「無料のツアーを開催することによって、できるだけ多くの人にわが社のことを知ってもらうというのが今回のツアーの目的です。そのために、今後わが社の大切なお客様になっていただきたいと考えている社会人の歴史サークルの方々や若い学生の方々を参加者に選んでいます」
「ミステリーツアーにしているのはなぜですか?」
藤原が間髪入れずに尋ねる。
「ミステリーツアーもたまに企画していますよ。どこに行くかわからないというドキドキ感がたまらないと好評で、子どもから大人まで楽しめる、わが社でも人気の企画になっています」
美馬が得意そうに笑顔で答える。
「今回のツアーはどこで開催されているのですか?」
その質問を聞いて美馬の顔から笑顔が消えた。
「それは……ミステリーツアーですので、場所は秘密です」
「でも、ツアーはもう始まっていますよね。今さらここで隠す必要はないんじゃないですか?」
「そうは言いましても……」
「何か言えない理由でもあるんですか?」
藤原が詰め寄る。
「繰り返しになりますが、ミステリーツアーですので場所はお教えできません」
「自分たち以外の外部の人間に知られては困る場所だからですか?」
藤原の一言で粋間と美馬の表情が変わった。
「えっ、どういうこと?」
小町は藤原の言っていることがよくわからなかった。
「そこの場所はあなた方しか知らない。そして、そこにあなた方だけが知っている何かがある」
「おっしゃっている意味がわかりませんが……」
美馬が困惑した表情を浮かべる。
「今回のツアーは邪馬台国ツアー。ということは、邪馬台国に関する遺跡か何かがそこにあるということじゃないですか?」
「邪馬台国に関する遺跡? 今回は単なる宝探しのイベントじゃなかったの?」
小町がきょとんとしている。
粋間と美馬は黙っている。
「今回のツアーの開催場所に邪馬台国の遺跡がある。そして、あなた方はそれを確信している」
「何の話ですか、それは?」
美馬が答えたが、声は震えている。
「しかし、具体的にどこにあるかまでは、あなた方もわからない。何十年も、いや、ひょっとすると何百年も探し続けたが見つからない」
「何百年?」
小町がわけがわからないといった表情を浮かべる。
「そこの場所は、外部の人間には絶対に知られてはいけないため、ずっと秘密にしてきた。しかし、遺跡はどうしても発見したい。そこで、宝探しと称してツアーの参加者に遺跡を見つけてもらうことにした」
粋間と美馬の表情が一段と険しくなる。
「学生や社会人の歴史サークルのメンバーなら、考古学の知識もあるから、人数さえ集めればひょっとすると遺跡が見つかるかもしれない。しかも、見つかっても参加者は単なるイベントだと思って、まさかそれが本当の遺跡だとは信じない。さらに、単なる旅行会社の宝探しツアーに専門家やマスコミも興味を持つはずもないから、外部に漏れることもない」
「何か面倒なことやっているわね。別にそこまでして隠さなくてもいいんじゃい?」
「その遺跡の存在もそれがある場所も、外部の人間に知られてはいけないんだ。あなた方のご先祖様がずっとそうしてきたから」
「ご先祖様?」
小町が不思議そうに粋間と美馬を見る。
「あなた方の祖先が邪馬台国に関係する方々ということです」
粋間と美馬は黙ったままでいる。
「『魏志倭人伝』は、卑弥呼の後継者として女王になった壱与が中国の晋に使者を出したところで終わっている。その後、邪馬台国がどうなったかついての記録は残っていない。いや、邪馬台国どころかその後約百五十年間、中国の史書から倭国、つまり日本についての記録はない」
「空白の百五十年間ね」
小町の言葉に藤原がうなずく。
「残念ながら邪馬台国がその後どうなったのかはわからない。その後邪馬台国がヤマト政権になったなど様々な説があるが、百五十年後には邪馬台国は存在していなかった。ということは、やはり邪馬台国は消滅したと考えるのが普通だと思う」
消滅という言葉を聞いて、粋間が藤原を睨むように見た。
「あなた方は邪馬台国の遺跡を探している。しかし、あなた方が探している邪馬台国は、いわゆる日本人の誰もが知っていて、所在地論争が続いている邪馬台国ではない」
「どういうこと?」
「例えば、邪馬台国にいた人たちが、邪馬台国が消滅するときに別のところへ落ち延びて、秘かにそこで邪馬台国を再現した、という可能性もある。そして、その話を子孫までずっと伝えてきた。その子孫があなた方という可能性も……」
それまで黙っていた粋間が、ゆっくりと口を開いた。
「藤原先生はどうしてそう思われます?」
「先ほどまで話したとおりです。私はあなた方が邪馬台国の人々の子孫ではないかという話を偶然聞きました。もし、それが事実だとすると、今回のツアーの内容を考えてみたときに、そこに邪馬台国に関係する何かがある、そして今回のツアーでそれを探そうとしている、としか思えないんです。それと……」
藤原は話を続ける。
「社長と部長の名前です。粋間は邪馬台国の長官の伊支馬 と同じですし、美馬は副官の弥馬升 と似ていますから。もちろん、名前だけでは何の証拠にもなりませんが」
藤原が話し終えると、粋間が急に大声で笑いだした。
藤原と小町、それに美馬も驚いている。
「さすがは若き天才考古学者といわれる藤原大和先生です。素晴らしい推理です。先生の言うとおりです」
粋間はソファから立ち上がり、窓から外を見た。
「私たちのご先祖様は邪馬台国の人々です。私たちは先祖代々そう言い伝えられてきました」
粋間は、自分が先祖代々伝えられてきたという伝説について話し始めた。
「邪馬台国では壱与が亡くなると、邪馬台国を含めた周辺の国々の間で争いが起こった」
「それに乗じて、狗奴 国などの邪馬台国に従っていなかった国も攻め込んできた。それに耐えられなくなり、邪馬台国は倭国の盟主の座を追われ、事実上消滅してしまった」
「そのとき、邪馬台国の長官や副官だった人物を中心に、何人かが邪馬台国にあった貴重な道具を持ち出して、邪馬台国を離れた。そして、山奥の誰もいない場所に行き、そこで秘かに邪馬台国を再現した……」
全力で走って来たので、息を切らして「はあ、はあ」言っている。
会社の入口で待っていた小町が藤原に近寄る。
「先生、どうしたの? そんなに慌てて」
小町は慌てた様子の藤原を見て驚いている。
「何でもない。それより社長に会わせてくれ」
「わかったわ」
藤原の真剣な表情を見た小町は、何かあるんだと思い、それ以上は何も訊かないで藤原を会社の中に案内した。受付の人に声をかけると、二人を社長室に案内してくれた。
社長室には社長の粋間と部長の美馬がいた。
「これはこれは、藤原先生。ようこそおいでくださいました」
粋間が藤原と小町をソファに座るように促す。
ソファに座り、藤原は簡単にあいさつをすませるとすぐに、粋間に質問した。
「社長、今回のツアーの目的は何ですか?」
粋間は急に質問されて面食らっている。
「目的? それは……」
粋間が答えに詰まっていると、
「歴史に興味のある方々に満足していただけるツアーを提供すること。わが社のいつものツアーと同じです」
粋間の脇にいた美馬が笑顔で答える。
「今回のツアーは、学生やアマチュアの歴史サークルを対象にした無料ツアーにしていますよね。しかも、行く場所を秘密にしたミステリーツアーにもなっている。こうしたツアーはいつも開催しているのですか?」
藤原の質問の意図が理解できず、粋間と美馬が顔を見合わせる。美馬が少し考えてから答える。
「確かに無料ツアーというのはあまりやったことはありません。今回のツアーは、歴史好きな若い学生や普段ツアーでお世話になっているアマチュアの歴史サークルの人たちに対するサービスとして企画しました」
「サービス? 会社の儲けがなくてもいいってこと?」
小町が意外そうに尋ねる。
「もちろん、ボランティアでやっているわけではありません。こう言うと何ですが、わが社の宣伝の意味もあるんですよ」
美馬が頭をかきながら話す。
「無料のツアーを開催することによって、できるだけ多くの人にわが社のことを知ってもらうというのが今回のツアーの目的です。そのために、今後わが社の大切なお客様になっていただきたいと考えている社会人の歴史サークルの方々や若い学生の方々を参加者に選んでいます」
「ミステリーツアーにしているのはなぜですか?」
藤原が間髪入れずに尋ねる。
「ミステリーツアーもたまに企画していますよ。どこに行くかわからないというドキドキ感がたまらないと好評で、子どもから大人まで楽しめる、わが社でも人気の企画になっています」
美馬が得意そうに笑顔で答える。
「今回のツアーはどこで開催されているのですか?」
その質問を聞いて美馬の顔から笑顔が消えた。
「それは……ミステリーツアーですので、場所は秘密です」
「でも、ツアーはもう始まっていますよね。今さらここで隠す必要はないんじゃないですか?」
「そうは言いましても……」
「何か言えない理由でもあるんですか?」
藤原が詰め寄る。
「繰り返しになりますが、ミステリーツアーですので場所はお教えできません」
「自分たち以外の外部の人間に知られては困る場所だからですか?」
藤原の一言で粋間と美馬の表情が変わった。
「えっ、どういうこと?」
小町は藤原の言っていることがよくわからなかった。
「そこの場所はあなた方しか知らない。そして、そこにあなた方だけが知っている何かがある」
「おっしゃっている意味がわかりませんが……」
美馬が困惑した表情を浮かべる。
「今回のツアーは邪馬台国ツアー。ということは、邪馬台国に関する遺跡か何かがそこにあるということじゃないですか?」
「邪馬台国に関する遺跡? 今回は単なる宝探しのイベントじゃなかったの?」
小町がきょとんとしている。
粋間と美馬は黙っている。
「今回のツアーの開催場所に邪馬台国の遺跡がある。そして、あなた方はそれを確信している」
「何の話ですか、それは?」
美馬が答えたが、声は震えている。
「しかし、具体的にどこにあるかまでは、あなた方もわからない。何十年も、いや、ひょっとすると何百年も探し続けたが見つからない」
「何百年?」
小町がわけがわからないといった表情を浮かべる。
「そこの場所は、外部の人間には絶対に知られてはいけないため、ずっと秘密にしてきた。しかし、遺跡はどうしても発見したい。そこで、宝探しと称してツアーの参加者に遺跡を見つけてもらうことにした」
粋間と美馬の表情が一段と険しくなる。
「学生や社会人の歴史サークルのメンバーなら、考古学の知識もあるから、人数さえ集めればひょっとすると遺跡が見つかるかもしれない。しかも、見つかっても参加者は単なるイベントだと思って、まさかそれが本当の遺跡だとは信じない。さらに、単なる旅行会社の宝探しツアーに専門家やマスコミも興味を持つはずもないから、外部に漏れることもない」
「何か面倒なことやっているわね。別にそこまでして隠さなくてもいいんじゃい?」
「その遺跡の存在もそれがある場所も、外部の人間に知られてはいけないんだ。あなた方のご先祖様がずっとそうしてきたから」
「ご先祖様?」
小町が不思議そうに粋間と美馬を見る。
「あなた方の祖先が邪馬台国に関係する方々ということです」
粋間と美馬は黙ったままでいる。
「『魏志倭人伝』は、卑弥呼の後継者として女王になった壱与が中国の晋に使者を出したところで終わっている。その後、邪馬台国がどうなったかついての記録は残っていない。いや、邪馬台国どころかその後約百五十年間、中国の史書から倭国、つまり日本についての記録はない」
「空白の百五十年間ね」
小町の言葉に藤原がうなずく。
「残念ながら邪馬台国がその後どうなったのかはわからない。その後邪馬台国がヤマト政権になったなど様々な説があるが、百五十年後には邪馬台国は存在していなかった。ということは、やはり邪馬台国は消滅したと考えるのが普通だと思う」
消滅という言葉を聞いて、粋間が藤原を睨むように見た。
「あなた方は邪馬台国の遺跡を探している。しかし、あなた方が探している邪馬台国は、いわゆる日本人の誰もが知っていて、所在地論争が続いている邪馬台国ではない」
「どういうこと?」
「例えば、邪馬台国にいた人たちが、邪馬台国が消滅するときに別のところへ落ち延びて、秘かにそこで邪馬台国を再現した、という可能性もある。そして、その話を子孫までずっと伝えてきた。その子孫があなた方という可能性も……」
それまで黙っていた粋間が、ゆっくりと口を開いた。
「藤原先生はどうしてそう思われます?」
「先ほどまで話したとおりです。私はあなた方が邪馬台国の人々の子孫ではないかという話を偶然聞きました。もし、それが事実だとすると、今回のツアーの内容を考えてみたときに、そこに邪馬台国に関係する何かがある、そして今回のツアーでそれを探そうとしている、としか思えないんです。それと……」
藤原は話を続ける。
「社長と部長の名前です。粋間は邪馬台国の長官の
藤原が話し終えると、粋間が急に大声で笑いだした。
藤原と小町、それに美馬も驚いている。
「さすがは若き天才考古学者といわれる藤原大和先生です。素晴らしい推理です。先生の言うとおりです」
粋間はソファから立ち上がり、窓から外を見た。
「私たちのご先祖様は邪馬台国の人々です。私たちは先祖代々そう言い伝えられてきました」
粋間は、自分が先祖代々伝えられてきたという伝説について話し始めた。
「邪馬台国では壱与が亡くなると、邪馬台国を含めた周辺の国々の間で争いが起こった」
「それに乗じて、
「そのとき、邪馬台国の長官や副官だった人物を中心に、何人かが邪馬台国にあった貴重な道具を持ち出して、邪馬台国を離れた。そして、山奥の誰もいない場所に行き、そこで秘かに邪馬台国を再現した……」