第1話 ヒストリートラベル株式会社
文字数 2,402文字
粋間が祖父や父から何回も聞かされてきた言葉だ。
今は逆に、粋間が社長を務めるヒストリートラベル株式会社の部下である
目の前には、湖のような大きな池が広がり、さらにその向こうには山が連なっていた。
粋間と美馬はその景色をじっと見つめている。
「自分が生きているうちに、ここにある邪馬台国を見てみたいものだな」
粋間が遠くを眺めながらつぶやいた。
粋間は今年で六十歳になった。社長という役職と恰幅のいい見た目から、いかにも大物といった雰囲気を醸し出している。
「我々も何十年も探していますが、いまだに見つかりませんね。いや、我々の父も祖父も、さらにその昔から、ずっと探しているのですが……」
美馬が答える。
今年五十歳になる美馬は、ヒストリートラベルの部長を務めている。柔らかい物腰とスマートな話し方から人のよさを感じさせる一方で、時折見せる鋭い目つきは、やり手のビジネスマンという印象も与える。
「全く見当もついていないのか?」
「残念ながら……」
美馬は心の中で、毎回ここに来ては二人で同じような会話をしているなあと思いながら答える。
「邪馬台国の所在地に関する手がかりが全く出てきません。さらに、ここには外部の人間が入ってくることがほとんどありませんから、土地も荒れ放題で現在はジャングルのようになっています。正直我々だけで見つけ出すのは……」
「ほぼ不可能というわけか」
粋間はため息をついた。
「美馬よ、そろそろやり方を変えるしかないかもしれんな」
「やり方をですか?」
「お前のことだから、何か考えているんだろう?」
美馬は、まるで粋間がこう言いだすのを待っていたかのようにさっと答える。
「社長のおっしゃるとおり、我々だけで邪馬台国を見つけるのは難しいかもしれません。やはり外部の人間の手を借りるしかないと思います」
「外部の人間というと、有名な考古学者とかに頼むということか? しかし、外部の者にここの場所を知られてしまうのはちょっとな……」
粋間の表情が険しくなる。
「お前はまさか、ここの場所が外部の人間に知れ渡ってもいいと考えているのか?」
「とんでもない! そんなことは思ってもいません」
「じゃあ、どうするつもりなんだ?」
美馬が具体的な方法をなかなか言い出さないので、粋間は少しいらいらしてきた。
「私にいい考えがあります」
美馬が粋間を見る。
「いい考え?」
「邪馬台国探しをヒストリートラベルのツアーとしてやればいいんです」
「どういうことだ?」
「ヒストリートラベルの企画として『邪馬台国ツアー』を開催するんです。そして、ツアーの参加者を、名の知れたプロの考古学者ではなくて、大学の歴史サークルやアマチュアの考古学愛好会などにするんです」
「大学のサークルやアマチュアの愛好家? そんなメンバーで邪馬台国を見つけられるのか?」
「学生のサークルやアマチュアの愛好家といえど侮(あなど)れませんよ。それに参加者数が多ければ発見する可能性はこれまでよりはるかに高くなります。何より単なるツアーとして開催すれば、マスコミが目をつけることもありませんし」
美馬は自分の考えを熱く語った。かなり自信を持っているアイデアらしい。
「お前がそこまで言うのであれば、やってみる価値はあるかもしれないな」
「ありがとうございます」
「ツアーの内容については、後で詳しく説明します」
粋間は「頼んだぞ」と短く言った。
「今度こそ、邪馬台国の発見、そして、
そう言い残して、粋間はその場を去った。
「美馬さん、社長はまたいつもの話ですか?」
粋間と入れ違いに、梨目が美馬のそばにやってきた。
日焼けした顔とスポーツで鍛えた引き締まった体が目を引く梨目は、今がまさに働き盛りの三十代で、ヒストリートラベルの主任として、会社の中心となって働いている。
「まあな」
「卑弥呼様の復活って、ただの伝説ですよね」
梨目があきれた顔をしている。
「そう言うな」
「卑弥呼様が亡くなった後で、邪馬台国に属する国々の間で争いが起きた。その後、
「ああ。邪馬台国がその後どうなったのかの記録は、いっさい残っていない」
美馬はひと呼吸置いてから再び口を開く。
「ここからが我々に伝わる伝説の話だが……壱与様の死後、邪馬台国に属する国々の間で再び争いが起きた」
「本当、ご先祖様ながら学習能力がないですよね」
「そして、国々の争いは激しさを増し、それに加えて敵対国の侵略も始まった。その結果、邪馬台国は大混乱し、倭国の盟主の座を追われ、そのまま消滅してしまった」
粋間や美馬から同じ話を何回も聞かされてきた梨目は、「またこの話か」とため息をついた。
「しかし、邪馬台国は完全に消滅してはいなかった」
美馬が拳を握り力を込める。
「そのとき邪馬台国にいた我々の先祖が、秘かに別の場所に移動し、そこで邪馬台国を再現した!」
美馬は、まるで大観衆の前で演説でも行っているかのように声を張り上げて叫んだ。
「それが、現在の我々にまで語り継がれている邪馬台国の伝説ってやつですね」
梨目は冷めた表情をしている。
「またこの話をしてしまったな」
美馬が苦笑いを浮かべる。
「会社に戻ったら邪馬台国ツアーの話をするぞ。お前には現地の責任者としてしっかり働いてもらうぞ」
「任せてください。ここ一帯を邪馬台国一色にして、お祭りムードで盛り上げますよ」