第30話 倭国を駆け抜ける

文字数 1,544文字

 前方に島を見つけた藤原と小町は、ボートを停めた。
「美馬さんの説明だと、この敷地は『魏志倭人伝』に書かれている場所を再現しているらしい。イベント会場が狗邪韓国(くやかんこく)だとすると、最初に見えたこの島は対馬(つしま)国かな」
「あそこに舟着き場があってボートも停まっているわね。先生、島に行ってみます?」
「この島も気にはなるが……古代史研究会のみんなはもっと先に進んでいるだろうから、ここはこのまま通り過ぎよう」
「わかりました」
 二人は次に見つけた一支(いき)国と思われる島も通り過ぎた。

 間もなく池の終わりまでたどり着いた二人は、ボートを降りてそこからは歩いて先に進んでいく。
 少し行くと、いくつかの住居がある場所を見つけた。
「ここが末盧(まつら)国かな」
 藤原がきょろきょろしながら住居跡やその周りを見て回った。
「これは……水田の跡か。日本最古の水稲耕作跡の菜畑遺跡にそっくりだな。まさか、こんな遺跡が残っているとは。ここはいったい日本のどこにあるんだ?」
 藤原は興奮しながらあちこちの住居を見ている。
「この住居はすごい! 中にある道具は……何だこれは!」
 ここに来た目的をすっかり忘れているようである。
「せ・ん・せ・い!」
 小町に耳元で呼ばれて、藤原はびっくりして我に返る。
「先生、何しに来たんですか?」
「そうだ。いかん、いかん。小町君、先に進むぞ」
 小町は「しょうがないわね」とため息をつく。

 二人が足早に進んでいくと、目の前にジャングルのような森が見えてきた。
 その手前には、ツアーの参加者と思われるグループがいた。小町はそのグループに古代史研究会チームの四人のことを訊いてみた。偶然にもそのグループは、四人が森に入る前に話をしたグループだった。
「その四人はだいぶ前に森に入っていきましたよ。迷うのでやめたほうがいいと言ったんですが……」
「私たちは疲れたので、ここでしばらく休んでいました」
「あの四人はまだ戻ってきていないと思います」
 小町は「ありがとう」とお礼を言ってその場を離れると、森の前でじっと前を見つめている藤原のところに行って、今聞いた話をした。
「迷路のような森か」
「まさか、迷子になっちゃったとか。四人ともどんどん先に進んでいっちゃいそうなタイプだし……」
 小町が心配そうな顔を浮かべる。
「ここから先は僕が一人で行ってくるよ。小町君はここで待っていてくれ」
 と言って、藤原が一人で森に入っていこうとすると、慌てて小町もついてきた。
「先生一人じゃかえって危なっかしいわ」
 藤原は苦笑いを浮かべる。

 二人は森の中に入っていった。
 森の中はジャングルのようだった。草木が生い茂っていて、歩いても歩いても同じような景色が広がる。
「確かにこれじゃあ迷子になるわね。あら?」
 小町が方位磁石を見ながら声を上げた。
「先生、方位磁石がおかしいわ。針があっちこっちに動いてる」
「おそらく、この森の岩石のせいだろう。富士の樹海のように岩石が磁力を帯びているのかもしれない」
「迷うわけだわ……」
 藤原は生えている草木、地面の石や砂、岩盤などを見たり触れたりしながら、どんどん先に進んでいった。小町はついていくのがやっとだった。
「先生、大丈夫なの?」
「たぶん」
 藤原は足を止めることなく歩き続けながら答える。
「たぶんって……」
 小町もこれ以上は話しかけずに黙ってついていくことにした。

 しばらくすると、目の前が明るくなってきた。
 二人はあっという間に樹海のような森を抜けた。
「先生、よくこんな森を抜けられたわね」
「周りの状況を注意深く確認しながら進めば、けっこうわかるもんだよ」

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登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

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