第12話 出発!

文字数 2,500文字

 邪馬台国ツアーの日がやって来た。
 東京都内の集合場所には、一台のバスが停まっている。
 その周りには、参加者と思われる人が数十名ほど集まっている。
 もちろん、その中には古代史研究会の四人もいる。集合時間が早朝だったせいか、信二や金次郎は眠そうな顔をしている。

 集合時間になり参加者全員がそろったのを確認したうえで、ツアーのガイドを務めるヒストリートラベルの美馬が参加者に声をかけた。
「みなさん、邪馬台国ツアーへようこそお越しくださいました。私がみなさんを現地までご案内いたします。ここ東京以外の地域から出発する参加者のみなさんも、現地に向かって移動しています。それでは、出発前に注意事項をいくつか説明させていただきます」
 美馬が参加者を見ながら話し続ける。
「今回のツアーはミステリーツアーのため、運転手以外はバスの中からは外が見えないようになっています。また、事前にお知らせしておいたとおり、みなさんの携帯電話はツアーが終了するまでこちらで預からせていただきます」
「今からツアーが終了するまで、携帯電話は全く使えないんですか?」
 参加者の一人が質問する。
「みなさんの携帯電話の代わりに、我々が用意した携帯電話を各チームにお渡しします。緊急の連絡のときはそれを使用してください」
 それを聞いて、みんなが少し安心したような顔をした。
「ただし、現地は電波の状況がよくないため、携帯電話はつながりにくくなっています。そのことはご了承ください。現地には医療スタッフが待機していますので、体調がすぐれないなど何かあった際は、そちらのほうへ連絡してください」
「現地にはどのくらいで着くんですか?」
 別の参加者が質問する。
「道路状況にもよりますが、出発してから三時間程度で到着する予定です。バスは途中では止まりません。トイレはバスの中にございます。また、バスにも医療スタッフがおりますので、体調が悪くなった方は遠慮せず申し出てください」
 美馬は参加者に他に質問はないかと尋ねる。
参加者からは特に質問は出なかった。
「それではみなさん、バスにお乗りください。みなさんがお乗り次第出発します」
 参加者が順番にバスに乗り込む。
「それでは出発します。到着までしばらくの間、バスの旅をお楽しみください。といっても外の景色は見えませんが……」
 美馬の合図でバスは出発した。
 いよいよ邪馬台国ツアーの始まりだ。

 バスが出発してからは、美馬は特に何も話さずに黙っている。
 それぞれの参加者は、自分のチームのメンバーと会話をしたり、仮眠を取ったりして思い思いに過ごしている。
古代史研究会のメンバーもツアーについて話をしている。
「現地はここから三時間程度って言ってたな。どこだと思う?」
 信二がみんなに訊いた。
「東京都内から三時間だから東京は出るわね。神奈川、埼玉、千葉……」
 考えながら弥生が答える。
「茨城や栃木、高速道路を使えば、関東地方を出ることもできるんじゃないですか」
 金次郎が付け加える。
「待てよ。俺の地元、山梨もありえるな」
 信二が思い出したように言う。
「伊代ちゃんはどう思う?」
「実は都内をぐるぐる回っているだけで、出発地点の近くだったなんてこともあるかもしれませんね」
 伊代は少し考えた後で笑いながら答えた。
 他の三人はそういうこともありえるなという顔をしてうなずく。
「チームごとに与えられたこの携帯電話はだれが持ってる? 俺でいいかい?」
「いいんじゃない、一応部長だし」
 信二は弥生のそっけない返事に不満そうだったが、眠くなってきたためそのまま寝てしまった。信二の脇にいた金次郎も、いつの間にかいびきをかきながら寝ている。

 二人が寝てしまったので、弥生は本を読み始めた。読んでいる本は『魏志倭人伝』だ。
「『魏志倭人伝』ですか? 私も何回も読んでいます」
「伊代ちゃんも? やっぱり何回読んでも興味深い内容よね」
「でも、この間の勉強会で先生は、『魏志倭人伝』に書かれている内容は、どこまでが本当の話かはわからないって言ってましたよね」
「そうね。でも、私は当時の日本に、『魏志倭人伝』に書いてあるような邪馬台国は絶対あったと思うわ。この文章を読むたびに、邪馬台国の人々の生活の様子が目に浮かぶもの」
 弥生が目を輝かせて答える。
「私も同じです。『魏志倭人伝』を読めば読むほど、邪馬台国のイメージが膨らみますよね。そういえば昨日……」
 伊代は、昨日見た夢のことを話した。
「私を復活させて……何のことかしら? ひょっとして卑弥呼が私を復活させてと言ってるとか?」
 弥生は笑いながら言った。
「そうかもしれません。なぜか、今も邪馬台国に関係のある人が近くにいるような気がするんです」
 伊予も冗談っぽく笑う。
「伊代ちゃんは、本当に不思議な子よね。今日は長くなりそうだから、私たちもすこし休んでおきましょう」
「そうですね」
 と言って、二人は目を閉じた。

 美馬は、寝ているふりをして、実は秘かに参加者の会話を聞いていた。
そして、今の弥生と伊代の会話にぴくっと反応した。
「東静大学の古代史研究会チームの伊予ちゃんか。不思議な子だな。一瞬ドキッとしたよ」
 美馬はかすかに汗をかいている。
「今も邪馬台国に関係のある人が近くにいる気がするときたか。それに、卑弥呼様が語りかける夢を見た?」
 美馬は寝ている弥生と伊代、そして信二と金次郎の四人をじっと見た。
「さすがは藤原大和の教え子たち。若いがこのチームは何かをやってくれそうだ」
 期待に胸を躍らせながら、美馬も目を閉じた。今度は本当に眠りについた。

「伊代、邪馬台国を、私を、復活させて。あなたなら必ずできるわ」
 伊代はその声を聞いて目を覚ました。
「またあの夢? しかも今回は私の名前を呼んでいた。さらに……邪馬台国って言ってた!」
 伊代の眠気は一気に吹っ飛んだ。夢の言葉が気になってもう眠れなかった。
 バスは、間もなく目的地に到着しようとしている。

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登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

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