第22話 伊都国② 環濠集落

文字数 1,883文字

「どうする?」
 信二が弥生のほうを見る。
「今の矢のような仕掛けがあるとなると、さすがに、今すぐにこの中に入るわけにはいかないわね。慎重に行動しないと……そうだ。とりあえず、先生に連絡してみたらどう?」
「そうだな。そうしてみるよ」
 信二がバスの中で各チームに渡された携帯電話を使って藤原に電話をかけてみる。
「だめだ。ここは圏外になっている」
 携帯電話の表示は圏外になっていた。
「そうでしょうね。こんなどこにあるのかもわからない山奥だし」
 信二と弥生がどうするか考えていると、柵の前から声がした。
「伊代さん、何も飛んでくる気配はありません」
「ありがとう。えいっ!」
 いきなり、伊代が柵に上って向こう側に飛び下りた。
 信二と弥生がびっくりして駆け寄ってくる。
「二人とも何やってるんだ!」
「伊予さんが、もう一回柵を越えてみようって言うので……僕は矢が飛んでこないかを見張っていたんです」
「もし、何かあったら……」
 信二が金次郎を怒ろうとすると、向こうから伊代の明るい声がした。
「信二さん、大丈夫ですよ。何もありませんでした」
 伊代がニコニコしている。
 信二と弥生は、顔を見合わせてため息をついた。
「仕方ない。行くか」
「ええ」
 三人を柵を越えることにし、金次郎、弥生の順番で柵を上った。その間、信二は何かが飛んでこないか見張っていた。次は信二の番だったが、なかなか柵を越えてこなかった。
「信二、どうしたの? 何かあったの?」
 弥生が心配になって、柵の向こう側にいる信二に声をかける。
 返事をするより先に信二が柵を越えてきた。
「悪い悪い。これを持ってきたんだ」
 信二の手にはさっき飛んできた矢が握られている。
「古代の貴重なものかもしれないし、何かの役に立つかもしれないと思って」

 四人は改めて環濠集落を見回した。
「こうして見ると、やっぱり広いな」
物見櫓(ものみやぐら)、偉い人の住まいのような巨大な建物、それに、祭祀を行っていた主祭殿(しゅさいでん)らしきものもあるわね。これだけのものが残っているなんて………」
「向こうに倉庫みたいなものも見えますよ」
「すごい……」
 四人はしばらく環濠集落を眺めていた。
「さて、どこから調べる?」
 信二がみんなのほうを見る。
「矢はあの建物、主祭殿から飛んできた気がします……」
 伊代が主祭殿を指さした。
 その瞬間、主祭殿のほうで何かがキラッと光るのが見えた。
「今の見たか?」
 信二の声に全員がうなずく。
「行ってみましょう」
 弥生の言葉で方針が決まった。

 四人は主祭殿に行き、改めて建物を見上げた。
 建物は二階建てで、かなり頑丈にできているようだった。
「確か光ったのは二階だったよな」
 信二を先頭に四人は周りに注意しながら、階段を上って二階へ上がる。
「ここだな。中には……特に何もないな」
 二階には何も置いてなかった。広い空間があるだけだった。
「でも、あそこに何かあるわよ」
 弥生は部屋の隅のほうに小さな棚があり、その上に何かが飾られているのを見つけた。
 四人はその棚に慎重にゆっくりと近づいていく。
そのとき、太陽の光が建物の隙間に入ってきて、棚の上に飾られていたものが太陽の光を反射してキラッと光った。
 四人は光ったものを見た。
そこには一枚の鏡が飾られていた。
「鏡みたいね。手で持って確認してみたいけど……」
「さっきの矢もあるしな」
 信二と弥生が鏡に触れてみるかどうか慎重に考えていると、
「鏡さん、失礼します」
 伊代が鏡に向かって手を合わせたと思ったら、鏡をひょいっと取り上げた。
「弥生さん、見てください。この鏡に模様がありますよ」
 伊代が平然とした顔で弥生に鏡を見せる。
「伊代ちゃんって、ほんとすごい子ね」
 弥生は伊代の行動力に改めて驚いて、鏡を受け取る。
「周縁部が高く突出していて、その断面が三角形。鏡の表面には神仙と霊獣の絵。三角縁(さんかくぶち)神獣鏡(しんじゅうきょう)みたいね」
「おおー」
 その言葉を聞いた三人が歓声を上げた。
「これが三角縁神獣鏡ですか。僕、自分の手で持ったのは初めてです」
 鏡を受け取った金次郎が感動している。
「けっこう重いな」
 信二は鏡を持ってその重量を確かめてみた。
「これは邪馬台国に関係する重要な道具のひとつで間違いないな」

「ここの環濠集落をもっとゆっくり調べてみたい気もするけど、時間もないから先に進みましょう」
 弥生の言葉にみんながうなずく。


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登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

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