第18話 末盧国

文字数 2,076文字

「けっこういろいろなことがあったな」
 信二がさっきまでいた対馬国を振り返ってつぶやく。
 ボートの漕ぎ手を金次郎に変わってもらったので、今はゆっくりと休んでいる。
「でも、今回のツアーって、本当に旅行会社が企画した単なる宝探しツアーなのかしら?」
「どういうことだ?」
「だって、あの銅矛だって本物っぽいし、スタッフの人たちやおじいさんの話を聞いていると、何か引っかかるのよね」
「私もそう思います」
 伊代も弥生の意見に同意する。
「ただのイベントではない気がします。何か本当のことというか……」
 伊代も今回のイベントに何か違和感を覚え始めていたが、具体的にどこがおかしいのかはわからなかった。
「ってことは、まさかここに本当に邪馬台国に関係する何かがあるってことか?」
「そこまではわかりませんけど、弥生先輩の言う通り何か引っかかるんですよね」
 三人が考え込んでいると、
「島が見えましたよ」
 ボートを漕いでいた金次郎が前方を指さす。
 進行方向にひとつの島が見える。
「さっきの島よりは少し小さいな」
「『魏志倭人伝』によれば、対馬国の次に到着するのは一支(いき)国だけど……面積も対馬国より一支国のほうが小さいから間違いないと思うわ」
 弥生が島を眺めながら説明する。
「どうします? 上陸しますか?」
 金次郎はボートを島に近づけた。しかし、島の周囲は切り立った崖になっていて、上陸できそうもなかった。
「これだと上陸するのは無理だな。ここから泳いで行くこともできなくはないけど……」
 信二が島の崖や池を見て考える。
「危険だしやめたほうがいいわ。他の参加者も上陸している様子もないし、他のところを回って、何も見つからなかったらまた来てみることでいいと思うわ」
「よし、そうしよう」
 この島に上陸することはあきらめて、そのまま先に進むことにした。

 しばらく進むと岸が見えてきた。
 どうやら、池はここで終わりのようだ。岸に何台かボートが停まっている。
「池はここまでのようだな。金次郎、あそこにボートを停めよう」
「わかりました」
 金次郎はボートが停まっている場所の脇にボートを停めた。
四人がボートから下りる。
「この池、けっこう大きかったな」
「手漕ぎボートで進むのは大変でしたよ」
 ボートを漕いだ信二と金次郎が、池を見ながらしみじみと話している。
「ここで海が、実際は池だけど、終わりということは、ここからが日本の九州地方ってことかしら」
 弥生がキョロキョロしながら辺りを見ている。
「いよいよ邪馬台国が近づいて来ましたね」
 伊代は目を輝かせている。
「そうだな。よし、行くか」
 信二を先頭に四人が歩き始めた。

 岸の近くは比較的平らな土地が広がっていた。
といっても、草は伸び放題で、先のほうはあまり見えない。
 草をかき分けながら進むと、
「あそこに何か建物がありますよ」
 金次郎が前方を指さす。その方向にはいくつか建物が見えた。
「さっきといい、お前本当に目がいいな」
 四人は建物のほうに歩いていった。
 そこには、木造の簡素な住居跡がいくつかあった。昔の集落跡のようだ。
「竪穴式住居みたいね」
 弥生が住居に近づいてじっと見つめる。
「こんなにボロボロなのによく崩れないな」
 信二が感心しながら住居に触れてみる。
「金次郎君、ひょっとしてここ田んぼなんじゃない?」
 伊代が住居の前に広がる平地をじっと見ている。
そこには草が生えているが、よく見てみると、土地が一定の区画ごとに分かれているように見える。
「確かにあぜ道で区切られた田んぼの跡のようにも見えますね」
 金次郎が草をかき分けて地面を見ている。
「田んぼ……金次郎君、こっちに来てみて」
 弥生と金次郎は住居に入って、中にある道具をいろいろと調べてみた。
「どう?」
 弥生がいくつの道具を持ってきて、金次郎に見せる。
「はい、間違いありません。鎌、鍬、これは収穫に使う石包丁だと思います。これらの道具はすべて農業用のものです」
 金次郎の答えに弥生がうなずく。
「ここは昔、田んぼだったのよ。ここで稲作が行われていたのよ」
 住居から出てきた弥生が興奮気味に話す。
「佐賀県に日本最古の水稲耕作跡といわれる菜畑(なばたけ)遺跡があるでしょ。それは末盧(まつら)国にあったといわれているのよ」
「ってことはここが?」
「末盧国と考えていいと思うわ」
 弥生がうなずく。
帯方郡(たいほうぐん)狗邪韓国(くやかんこく)対馬(つしま)国、一支(いき)国、末盧(まつら)国、伊都(いと)国、()国、不弥(ふみ)国、投馬(とうま)国、邪馬台国」
 金次郎が例の言葉を口ずさんだ。
「ここが末盧国……確実に邪馬台国に近づいてますね」
「ここには何か道具はありそうか?」
 信二が弥生に確認する。
「さっき、住居跡を見た感じは何もなさそうだったし……とりあえず場所はわかったし、先に進みましょう」
 四人はさらに先に進んでいく。

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登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

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