第43話 卑弥呼

文字数 1,358文字

 古代史研究会のメンバーが乗ったボートは、池を渡り終えてイベント会場に到着した。
 弥生と金次郎はボートを降りた。
 金次郎は気を失っている伊代を背負っている。

 イベント会場には誰もいなかった。スタート時点での活気が嘘のようにひっそりとしている。
「誰もいないわね。スタッフの人は邪馬台国に行ったとして、他の参加者たちはどこにいるのかしら?」
「確かに変ですね」
 二人は辺りを見渡したが、参加者の姿はどこにもなかった。

 実はツアーの参加者はこのとき、イベント会場の近くに駐車してあったミステリーバスにいた。正確に言えば、バスの中で眠っていた。
 卑弥呼が復活したのを知った梨目が、緊急事態が発生したと言って、参加者をそれぞれが乗ってきたバスの中に避難させていたのだ。梨目はそのとき、参加者全員に飲み物を渡していた。その飲み物の中に睡眠薬が入っていた。

「どうしましょう? 護衛が間もなく追いついてきます」
 金次郎はボートを下りて自分たちのほうに向かってくる護衛の姿を見た。
「とにかく、この敷地の外に出ましょう」
 二人が敷地の外に向かって進み出したその瞬間、二人の足が止まった。
 敷地の境界には、すでに邪馬台国の格好をした何十人もの人たちが、刀や弓矢を手にして並んで立っていた。先回りしてどこからかやって来ていたようだ。

 彼らは「今度は絶対に逃がさないぞ」という目つきをしながら、二人に向かってゆっくりと歩いてきた。
 二人はその場で立ち止まって息を呑む。
 さらに、今度はボートで追ってきた護衛が、ぞくぞくと上陸してきた。彼らも二人に向かってゆっくりと歩いてきた。
 護衛は、二人の周りを取り囲み、その範囲を徐々に狭めていった。二人はじりじりと追い詰められていく。
 護衛が囲む輪はさらに狭まり、とうとう二人の逃げ場は全くなくなった。二人はその場に座り込んでしまった。
 目の前に二人の護衛がやって来る。
 そして、それぞれが二人に刀をつきつけると、一斉に刀を振り下ろそうとした。
 弥生と金次郎は目をつむった。

 その瞬間、気を失っていた伊代が、突然目を開けて立ち上がった。
「卑弥呼様!」
 それを見た護衛が、あわてて振り下ろそうとしていた刀を止めた。
 そして、伊代、いや卑弥呼に向かって跪いた。他の護衛も次々に跪く。
「伊代ちゃん!」
「伊代さん!」
 その場に張り詰めた空気が流れた。

「皆の者、今回はここまでじゃ」
 突然、卑弥呼が口を開いた。
「他の国を攻撃することなどはもう止めよう。そんなことで、邪馬台国の住人と現代の人たちで争いをするなど愚かなことだ。そんなことを言い出した私が悪かった。みんな本当にすまない」
 卑弥呼がその場にいる全員に向かって深々と頭を下げた。

 全員が真剣な表情で卑弥呼の話を黙って聞いている。
「こんなことはもう止めよう。それより、こうして邪馬台国が復活して、再びみんなに会えたことが何よりうれしい。これ以上の幸せはない。邪馬台国は決して消滅してはいない。邪馬台国はみんなの心に永遠にある!」

 卑弥呼がそう宣言すると、護衛らが次々とその場に倒れていった。そして、そのまま寝息を立てて眠っている。
 全員がとても穏やかな顔をしていた。

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登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

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