第15話 池と古代魚

文字数 4,580文字

 四人がイベント会場を歩いていると、ある店の前でスタッフの男性に声をかけられた。
「やあ、学生さんたち。ボートで移動中に魚釣りをしてみないかい?」
 男性は釣り竿を手に持ってニコニコしている。
 四人は「これから邪馬台国を探しに行くのに魚釣り?」という表情をしている。
「まあ、そんな顔をしないで。実は一般の人がほとんど入ってこないここの池には、巨大な古代魚が住んでいるという伝説があるんだよ」
 お店には「邪馬台国の伝説の巨大魚を釣ろう!」の看板が掲げられている。
「古代魚ってどんな魚なんですか?」
 信二が男性に訊いてみる。
「どんな魚といわれても、実は私も見たことがないしなあ……」
 男性は頭をかきながら答える。
「えっ。見たこともないの?」
「あくまで伝説だから。古代魚は邪馬台国の頃の時代からここにいて、伝説によれば、その魚を釣った人は邪馬台国にたどり着く資格がある、っていう話なんだよ」
「はあ……」
 信二は気のない返事をした。
「『魏志倭人伝』には、倭国の人たちは巧みに魚を捕っていたという記述もあるわ。魚釣りもしていたのかもしれないわ」
 弥生は男性の話に少し興味を持ったようだった。
「僕、小さい頃よく魚釣りをやってました。楽しいですよ」
 なぜか、金次郎も興味を持ったらしくニコニコしている。
「私、魚釣りをやったことがないからやってみたい」
 伊代も魚釣りに乗り気になっている。
 他の三人の話を聞いて、あまり乗り気でなかった信二も考えが変わったのか、
「せっかくだし、みんなで魚釣りをやるか。すいません、四人分の道具をください」
 と店の男性に言った。
「やった! 信二先輩ありがとうございます」
 金次郎と伊代が喜んでいる。
「まいどあり。釣り竿、仕掛け、餌。必要な道具はすべてそろってるよ」
 四人は男性から魚釣りの道具を受け取った。

 弥生が池のほうを見る。
「すでにボートに乗って出発したチームもいるようね」
「遅れるとまずい。俺たちもそろそろ行こう」
 四人も足早にボートのほうに向かう。
「いよいよ出発ね」
 ボートの前に来ると、少し緊張した声で弥生が言う。
「伊代ちゃん、金次郎君、絶対無茶はしちゃダメだからね」
 弥生の言葉に、二人は「わかりました」と返事をしてうなずく。
「お前もだぞ、弥生。お前もたまに向こう見ずで行動することがあるからな。何かあったら、俺たちにちゃんと言えよ」
「わかってるわよ」
 弥生は信二の言葉に「失礼ね」という感じで答えた。でも、表情はうれしそうだった。
「よし、乗るぞ!」
 信二の掛け声で四人は手漕ぎボートに乗り込んだ。
 信二がボートを漕ぎ始めると、ボートが前に進み始めた。いよいよ、邪馬台国探しの冒険がスタートした。

 池の中は草木がかなり生い茂っていて、先のほうはよく見えなかった。
「『魏志倭人伝』によれば、狗邪韓国からは『一海を渡ること千余里にして対馬国に至る』とあるわ」
 弥生が前を見ながら説明する。
「ってことは、次に見える島が対馬国ってことか?」
「そうだと思うわ。でも、このジャングルのような池の中でじゃ、どこが島かなんてわかるかしら」
 出発して少し進んだところで、あちこちで魚釣りをしているボートが見えた。
「けっこう魚釣りをしている人が多いな。この辺が釣れる場所なのかな?」
 信二はいったんボートを漕ぐのをやめて、そこでボートを停めた。
「私、魚釣りがしたい!」
 魚釣りをしている人を見た伊代が、ワクワクしながら声を上げる。
「俺も漕ぐのに少し疲れたし、俺たちもここで魚釣りをしよう」
 古代史研究会のメンバーもここで魚釣りをすることにした。
 魚釣りは得意だという金次郎が、弥生や伊代に仕掛けのつけ方や魚釣りのやり方を教えてくれた。
「古代魚さんが釣れるかな、えいっ!」
 伊代が仕掛けを池の中に入れようはりきって竿を振った。その瞬間、
「わっ」
 伊予の後ろにいた金次郎が声を上げた。
 伊代の竿が大きくしなっている。
「伊代ちゃん、釣れたんじゃない?」
 伊予の竿を見た弥生が興奮している。
「えっ、そうなんですか。どうしよう、金次郎君どうしたらいい?」
 伊代が慌てて金次郎のほうを振り向いた。
「あの……」
 金次郎が顔を引きつらせて笑っている。よく見ると、金次郎の上着に伊代の仕掛けが引っかかっていた。
 伊代の投げた仕掛けは池に落ちたのではなくて、近くにいた金次郎の上着に引っかかってしまったのだった。
「仕掛けを投げる前に、周りをよく見るようにって言いましたよね……」
「ごめんなさい。私、古代魚が釣れたのかと思って」
 伊代はちょっと照れながら笑っている
「竿を投げた瞬間に魚が釣れるはずがないですよ……」
 金次郎の顔を見て、信二と弥生も大声で笑った。
「笑っている場合じゃないですよ。みなさん、本当に気を付けてくださいよ」

 四人は魚釣りを開始した。
 三十分ほど経過したが、何も釣れなかった。周りのボートを見ても釣れている様子はなかった。
「釣れそうもないな。時間もないし、そろそろ行くか」
と信二が言った瞬間、伊代の竿が大きく曲がった。
「わっ! すごい力で水の中に引っ張られます!」
 伊代はあたふたしている。
「伊代さん、あわてないで。我慢してそのまま竿を持っていてください」
 金次郎の指示に従って、弥生はがんばって竿を持ち続けた。しばらくすると、疲れてきたのか、魚の引っ張る力が弱くなってきた。
「伊予さん、竿を上げてください。そうです、そのままそのまま……」
 伊代が力を入れて竿を上げると、五十センチメートル以上はある大きな魚がボートの上に入ってきてバタバタ暴れている。
「すごい大物が釣れたな!」
「あまり見たことない魚ですね。コイやフナとも違うし」
 金次郎が首をかしげている。
「シーラカンスに似てない? 実物は見たことないけど……」
 弥生が魚をまじまじと見ながら言った。
「確かに似てますね。これがお店の人が言ってた古代魚でしょうか?」
「このお魚さん、痛がってるみたいですよ」
 伊代が魚の顔をじーっと見ている。
「伊代さん、魚の気持ちがわかるんですか? まあ、釣り針が刺さっているから痛いとは思いますけど」
「魚の気持ちはわかんないけど、なんとなく痛そうな顔に見えたの。お魚さん、待っててね。よいしょっと」
 伊代は金次郎にやり方を教わりながら、魚の口から釣り針を外してあげた。
 釣り針を外してもらってホッとした(ように見える)魚は、伊代のほうを見ながら大きく口を開けた。
 伊代は何かなと思って魚の口をのぞいてみると、魚の奥歯に何か光るものが引っかかっていた。魚がそれを取ってほしいと伊代に言っている(ように見える)ので、伊代は魚の歯に引っかかっていた光るものを取ってあげた。
「きれい! これ、何かしら?」
 伊代は取ったものをみんなに見せた。それは、青色の宝石のようなものがついたネックレスだった。
「この形、勾玉じゃない? ガラスでできている気がするけど……」
 弥生が宝石のようなものを手にしながら考えている。
「福岡県糸島市の平原遺跡から出土したガラス製の勾玉に似ているわ!」
 弥生は勾玉を見て興奮している。
「平原遺跡っていうと、『魏志倭人伝』に書かれた伊都国の王の墓とも考えられている……」
 信二の言葉に弥生がうなずく。
「そうよ。これもそのひとつ、とはさすがに思わないけど。でも、最近作ったものには見えないし、池の中から出てきたものだから、かなり昔のものかもしれないわ」
「ひょっとしてこれが、ツアーのルール説明のときに言っていた邪馬台国に関係する重要な道具のひとつってことですか?」
 金次郎が尋ねた。
「それはちょっとわからないけど、かなり貴重なものだと思うわ」
 弥生は勾玉のネックレスを伊代に返した。
「あの、このネックレスどうしましょうか?」
「伊代ちゃんが釣ったんだから、伊代ちゃんが持ってるのがいいんじゃない?」
 弥生が答えた瞬間、魚がバタバタと動いた。
 魚もそれがいいと言っている(ように見える)。
 それを見た伊代がネックレスを首にかけた。
「ありがとう、古代魚さん」
「この魚、どうします? 珍しい魚なので、持ち帰って剥製にでもしますか?」
 金次郎が言うと、伊代が金次郎を睨んだ。
「冗談ですよ、冗談」
「池に戻してあげましょう。伊代ちゃん、それがいいわよね?」
「はい!」
 伊代はうれしそうに返事をする。
 伊代と金次郎は、ボートから大きな魚を持ち上げて、静かに池に戻してあげた。
「ありがとう、お魚さん。元気でね」
 伊代は魚が見えなくなるまでじっと見ていた。伊代の胸には青色の勾玉が光り輝いている。

 そのとき、古代史研究会チームのいる場所にに、文化財保存推進協会チームのボートが近づいてきた。
「これはこれは古代史研究会チームのみなさん、偶然ですね」
 石川が声をかけた。
「魚釣りですか。何か釣れましたか?」
 石川は古代史研究会チームのボートに魚が一匹もいないのを確認してから、わざと訊いてきた。
「おや、何も釣れませんでしたか。これは失礼しました」
「男を釣るのが得意な小町先輩でも連れてくればよかったんじゃないの?」
 富子もにやにやしながら嫌味を言う。
 頭にきた金次郎が、古代魚が釣れて勾玉を手に入れたことと言おうとしたが、信二が止めた。
「いやー、全然釣れなくて。そちらはどうですか?」
 信二が笑いながら答える。
 メンバーのうち、最も体が大きな松永が十匹ほどの魚を見せてニヤリとした。
「シーラカンスのような珍しい魚を釣ったぜ。全部三十センチメートルほどの小物だが、剥製にでもしたら高く売れるぜ」
 松永が見せた魚は、伊代が釣ったのと同じような魚だった。伊代は松永を睨んでいる。
「一匹も釣れないなんてねえ。まあ、学生さんはイベント会場に戻ってのんびり過ごすほうがいいんじゃないかい?」
 メンバーの一人で、小柄な斎藤が馬鹿にした様子で話しかけてきる。
「おいおい、あんまり言うなよ。かわいそうじゃないか。まあ、せいぜいがんばってください」
 石川の言葉に三人は、「はいはい」と言いながらニヤニヤして笑っている。
「おっと、こんなことで時間をつぶすわけにはいかない。行くぞ」
 文化財保存推進協会チームのボートは古代史研究会チームのボートを通り過ぎて先に向かっていった。

「なんだ、あいつら。最初に会った時はあんな態度じゃなかったのに、本性を現しやがったな」
「本当に嫌な感じの奴らですよね」
 金次郎も頭にきた様子で文化財保存推進協会のボートを見ている。
 伊代もボートをじっと睨んでいる。
「伊代ちゃん。それに金次郎君と信二も。あんな奴らを気にするのはやめましょう」
 弥生が三人に声をかける。
「それはわかっているけど、なんでいちいち嫌味を言いに来るんだよ」
「邪馬台国を探すことに集中しましょう。信二、ボートを漕いで」
「わかったよ」
 信二がボートを漕ぎ始めた。ボートがゆっくりと前に進んでいく。

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登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

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