第21話 伊都国① 推理
文字数 2,803文字
迷路のような森を抜けた古代史研究会チームの四人の目の前に、周囲を柵で覆われた巨大な集落跡が現れた。
集落内にはいくつもの建物が建っている。
「すごいな」
巨大な集落跡を見て信二が驚いている。
「これ、本当に古代のものなんでしょうか。最近、作ったものじゃないんですか?」
金次郎もその規模に圧倒されている。
「こんなものが残っているなんて……」
伊代も目を見張っている。
「『魏志倭人伝』のルートだと、末盧国の次は伊都国だけど……」
弥生が伊都国について説明する。
「『魏志倭人伝』によれば、伊都国の戸数は千戸余りだから、邪馬台国の七万戸に比べたら人口は少ないわ。ただし、中国からの使者が行き来するときに駐留する場所になっていたり、邪馬台国の諸国を監察する役職の一大率 が駐在する場所になっていたりと、邪馬台国にとってはかなり重要な国だったと考えられているのよね」
四人が集落跡に近づいてみる。
先頭にいた信二と金次郎が、集落を囲う柵の手前まで来ると、
「うわっ!」
二人が穴のようなものに落ちてしまった。
「いててて」
「大丈夫?」
弥生が心配そうに二人に声をかける。
「誰だ、こんなところに落とし穴を作ったのは……」
信二は地面にぶつけた腰を押さえながら文句を言った。
「これ、落とし穴じゃありませんよ」
二人が落ちた場所を見ながら伊代が言う。
草木が生い茂っていてよく見えなかったが、信二が落とし穴だと思った場所は、柵に沿って深く掘られた空堀 だった。
「柵とその周囲にある掘…ここは環濠 集落だったのね。しかも大規模な」
「はい。しかも掘は二つあります」
よく見ると、信二と金次郎が落ちた堀と柵の間にはもうひとつの堀があった。
環濠集落は、外敵の侵入を防ぐために周りを柵で囲み堀を巡らせた弥生時代の代表的な集落で、佐賀県の吉野ヶ里遺跡が有名である。
信二と金次郎が堀から上がってきた。
「二重の環濠か。気づかなかったな」
「深さもそうとうありましたよ」
金次郎が自分の落ちた堀をじっと見ていた。
四人が柵の前に立って考える。
「柵は上って越えられないような高さではないな」
信二が柵に手をかけてみる。
「ちょっと向こうに行ってみるよ」
「大丈夫?」
「向こう側にまた落とし穴がなければな」
信二が笑いながら柵に上って、柵を越えようとした。その瞬間!
「危ない!」
伊代が声を上げた。
その声で、信二はすばやく柵から飛び下りて、地面にふせた。
同時に、柵の向こう側から一本の矢が飛んできた。
矢は地面にふせている信二のすぐ近くに突き刺さった。
四人は驚きと恐怖で、しばらくの間声が出なかった。
地面にふせていた信二が立ち上がる。
「危なかったな……」
弥生が刺さっている矢を地面から抜いた。
「『魏志倭人伝』には、倭人は武器として弓を使うとは書いてあるけど……」
「あの勢いで飛んできたこれが刺さったら、大怪我、いや下手すりゃ命も危ないぜ」
四人が矢の飛んで来た方向を見る。
何棟かある建物のどこからか飛んできたのは間違いないようだ。ただし、どの建物にも人の気配はない。
「誰かが狙って打ったわけではなさそうですね」
金次郎が恐る恐る柵の向こう側を見る。
「誰かが仕掛けた罠ってことかしら。でも誰が……」
弥生が考えていると、金次郎が口を開く。
「僕たちはまだ、今回のツアーの敷地の外には出ていないはずですよ。ということは、まさかこれもツアーのイベントのひとつということですか?」
「いや、こんな罠がイベントのわけないだろ。もし人に当たったら大事故だぜ」
「そうね。こんな危険なことをツアーの関係者が仕掛けるとは思わないわ」
弥生も信二の考えに同意する。
「ひょっとすると、さっきの迷路のような森も今の矢も、外部の人間が入ってくるのを拒むために仕掛けたものだと思うの」
「ヒストリートラベルの人は、なんでそんな場所をツアーの開催場所にしたんだ? 調べもしないで適当に選んだのか?」
信二の言葉に伊代が答える。
「実はヒストリートラベルの人も、ここの敷地に何かあるのは知っていたけど、具体的にどこに何があるかということは知らなかったんじゃないですか?」
「どういうことですか?」
金次郎は伊代の言っていることが理解できなかった。
「そうよ。そうなのよ!」
急に弥生が声を上げた。
「伊代ちゃんの言うとおりよ。ツアーの主催者であるヒストリートラベルは、ここに何か、つまり古代の遺跡のようなものがあるということは知っていたのよ。でも、それが敷地のどこに、どんな遺跡があるのかというのはわからなかったのよ」
弥生が頭の中を整理しながら話を続ける。
「つまり、自分たちでその遺跡を見つけることができないから、外部の人に頼もうとした。それで今回のツアーを企画したのよ」
「でも、それなら、どうして参加者に俺たち学生なんかを選んだんだ? 考古学の専門家とかに頼んだほうがいいんじゃないか?」
「それはそうだけど……」
弥生は言葉に詰まった。
「ひょっとして……」
じっと何かを考えていた伊代が口を開く。
「あまり遺跡のことを外部の人間に知られたくなかったからじゃないですか。専門家が本格的に調査すると大騒ぎになりますし、何よりここの場所もわかっちゃいますし」
伊代の考えに、またも弥生が声を上げる。
「そうよ。だから、本物の遺跡探しとは言わずに、ツアーのイベントという形にしたのよ。それなら、もし遺跡が見つかったとしても、参加者もツアーの主催者が用意しておいたイベント用のものだと思って大騒ぎすることもないわ」
「あの……」
金次郎が遠慮がちに口を挟む。
「今の話が本当だとすると、邪馬台国がここにあるって話も本当なんでしょうか?」
三人がはっとして、金次郎を見た。
「そうよ。そうかもしれないわ」
弥生が興奮気味に声を上げる。
「いや、いくらなんでもそれはないだろう」
信二が弥生の興奮を抑えるように言う。
「確かに、邪馬台国そのものがここにあったってことはないと思う。でも、邪馬台国に関係する何かがここにあったのは間違いないと思うわ。これだけ大昔のものが残ってるんだから」
信二はまだ信じられないといった表情をしている。
「対馬 国にいたスタッフの人が、今回のツアーのスタッフは全員遠い親戚関係って言っていたのも気になるわ。普通そんなことがある?」
「あれだけのスタッフが全員親戚関係ってのも変だなあ」
「そうでしょ。ツアー会社のヒストリートラベルとツアーの開催場所のここ、そして、邪馬台国は何か関係があるのよ」
信二はまだ釈然としなかったが、ひとまず話はここで終わった。
集落内にはいくつもの建物が建っている。
「すごいな」
巨大な集落跡を見て信二が驚いている。
「これ、本当に古代のものなんでしょうか。最近、作ったものじゃないんですか?」
金次郎もその規模に圧倒されている。
「こんなものが残っているなんて……」
伊代も目を見張っている。
「『魏志倭人伝』のルートだと、末盧国の次は伊都国だけど……」
弥生が伊都国について説明する。
「『魏志倭人伝』によれば、伊都国の戸数は千戸余りだから、邪馬台国の七万戸に比べたら人口は少ないわ。ただし、中国からの使者が行き来するときに駐留する場所になっていたり、邪馬台国の諸国を監察する役職の
四人が集落跡に近づいてみる。
先頭にいた信二と金次郎が、集落を囲う柵の手前まで来ると、
「うわっ!」
二人が穴のようなものに落ちてしまった。
「いててて」
「大丈夫?」
弥生が心配そうに二人に声をかける。
「誰だ、こんなところに落とし穴を作ったのは……」
信二は地面にぶつけた腰を押さえながら文句を言った。
「これ、落とし穴じゃありませんよ」
二人が落ちた場所を見ながら伊代が言う。
草木が生い茂っていてよく見えなかったが、信二が落とし穴だと思った場所は、柵に沿って深く掘られた
「柵とその周囲にある掘…ここは
「はい。しかも掘は二つあります」
よく見ると、信二と金次郎が落ちた堀と柵の間にはもうひとつの堀があった。
環濠集落は、外敵の侵入を防ぐために周りを柵で囲み堀を巡らせた弥生時代の代表的な集落で、佐賀県の吉野ヶ里遺跡が有名である。
信二と金次郎が堀から上がってきた。
「二重の環濠か。気づかなかったな」
「深さもそうとうありましたよ」
金次郎が自分の落ちた堀をじっと見ていた。
四人が柵の前に立って考える。
「柵は上って越えられないような高さではないな」
信二が柵に手をかけてみる。
「ちょっと向こうに行ってみるよ」
「大丈夫?」
「向こう側にまた落とし穴がなければな」
信二が笑いながら柵に上って、柵を越えようとした。その瞬間!
「危ない!」
伊代が声を上げた。
その声で、信二はすばやく柵から飛び下りて、地面にふせた。
同時に、柵の向こう側から一本の矢が飛んできた。
矢は地面にふせている信二のすぐ近くに突き刺さった。
四人は驚きと恐怖で、しばらくの間声が出なかった。
地面にふせていた信二が立ち上がる。
「危なかったな……」
弥生が刺さっている矢を地面から抜いた。
「『魏志倭人伝』には、倭人は武器として弓を使うとは書いてあるけど……」
「あの勢いで飛んできたこれが刺さったら、大怪我、いや下手すりゃ命も危ないぜ」
四人が矢の飛んで来た方向を見る。
何棟かある建物のどこからか飛んできたのは間違いないようだ。ただし、どの建物にも人の気配はない。
「誰かが狙って打ったわけではなさそうですね」
金次郎が恐る恐る柵の向こう側を見る。
「誰かが仕掛けた罠ってことかしら。でも誰が……」
弥生が考えていると、金次郎が口を開く。
「僕たちはまだ、今回のツアーの敷地の外には出ていないはずですよ。ということは、まさかこれもツアーのイベントのひとつということですか?」
「いや、こんな罠がイベントのわけないだろ。もし人に当たったら大事故だぜ」
「そうね。こんな危険なことをツアーの関係者が仕掛けるとは思わないわ」
弥生も信二の考えに同意する。
「ひょっとすると、さっきの迷路のような森も今の矢も、外部の人間が入ってくるのを拒むために仕掛けたものだと思うの」
「ヒストリートラベルの人は、なんでそんな場所をツアーの開催場所にしたんだ? 調べもしないで適当に選んだのか?」
信二の言葉に伊代が答える。
「実はヒストリートラベルの人も、ここの敷地に何かあるのは知っていたけど、具体的にどこに何があるかということは知らなかったんじゃないですか?」
「どういうことですか?」
金次郎は伊代の言っていることが理解できなかった。
「そうよ。そうなのよ!」
急に弥生が声を上げた。
「伊代ちゃんの言うとおりよ。ツアーの主催者であるヒストリートラベルは、ここに何か、つまり古代の遺跡のようなものがあるということは知っていたのよ。でも、それが敷地のどこに、どんな遺跡があるのかというのはわからなかったのよ」
弥生が頭の中を整理しながら話を続ける。
「つまり、自分たちでその遺跡を見つけることができないから、外部の人に頼もうとした。それで今回のツアーを企画したのよ」
「でも、それなら、どうして参加者に俺たち学生なんかを選んだんだ? 考古学の専門家とかに頼んだほうがいいんじゃないか?」
「それはそうだけど……」
弥生は言葉に詰まった。
「ひょっとして……」
じっと何かを考えていた伊代が口を開く。
「あまり遺跡のことを外部の人間に知られたくなかったからじゃないですか。専門家が本格的に調査すると大騒ぎになりますし、何よりここの場所もわかっちゃいますし」
伊代の考えに、またも弥生が声を上げる。
「そうよ。だから、本物の遺跡探しとは言わずに、ツアーのイベントという形にしたのよ。それなら、もし遺跡が見つかったとしても、参加者もツアーの主催者が用意しておいたイベント用のものだと思って大騒ぎすることもないわ」
「あの……」
金次郎が遠慮がちに口を挟む。
「今の話が本当だとすると、邪馬台国がここにあるって話も本当なんでしょうか?」
三人がはっとして、金次郎を見た。
「そうよ。そうかもしれないわ」
弥生が興奮気味に声を上げる。
「いや、いくらなんでもそれはないだろう」
信二が弥生の興奮を抑えるように言う。
「確かに、邪馬台国そのものがここにあったってことはないと思う。でも、邪馬台国に関係する何かがここにあったのは間違いないと思うわ。これだけ大昔のものが残ってるんだから」
信二はまだ信じられないといった表情をしている。
「
「あれだけのスタッフが全員親戚関係ってのも変だなあ」
「そうでしょ。ツアー会社のヒストリートラベルとツアーの開催場所のここ、そして、邪馬台国は何か関係があるのよ」
信二はまだ釈然としなかったが、ひとまず話はここで終わった。