第9話 ヒストリートラベル株式会社 ラストチャンス
文字数 3,377文字
東京にあるヒストリートラベルの社長室で、社長の粋間、部長の美馬、主任の梨目の三人が話をしていた。
「『魏志倭人伝』に書かれているのは、壱与様が女王になって邪馬台国は再び落ち着きを取り戻した、というところまでだったな」
粋間が話し出すと、梨目はまたその話かという顔をした。
「はい。それ以降、邪馬台国がどうなったのかについての公式な記録は残っていません」
美馬が淡々と答える。
「で、ここからが我々だけに伝わる伝説ですよね。壱与様が亡くなると、また邪馬台国を含めた周辺国の間で争いが起こった。同じような争いを繰り返すって、ご先祖様のことは悪く言いたくないけど、なんでそんな無益なことをやってしまうんでしょうね」
「当時はそういうものだったんだろう。しかし、今度の争いは深刻でなかなか治まらなかった。それに乗じて、狗奴 国などの邪馬台国に従っていなかった国も攻め込んできた。それに耐えられなくなり、邪馬台国は倭国の盟主の座を追われ、そのまま消滅してしまった……」
粋間がまるで当事者だったかのように説明する。
「しかし、そのときに邪馬台国の長官や副官だった人物らが、邪馬台国にあった貴重な道具を持ち出してそこを離れた。そして、山奥の誰にも知られていない場所に行き、そこで秘かに邪馬台国を再現した」
美馬も自分がその場にいたかのように話す。
「そのうちの一人が邪馬台国の長官を務めた伊支馬 、つまり私の先祖だ」
「副官を務めた弥馬升 、私の先祖もいました」
「卑弥呼様の使いとして魏に行った難升米 、俺の先祖もいましたよ。この方々があの場所に邪馬台国を再現したんだ」
「そして、現在に至るまで、私たちの一族は伝説を語り継いできた」
粋間が言うと、三人が目を合わせてうなずいた。
「しかし、再現した邪馬台国の具体的な場所を示した文献は何も残っていない。当時とは景色も全く変わっているため、今となっては、あの広大な敷地のどこに邪馬台国があったのかもわからない。邪馬台国から持ち出した道具が何で、それがどこにあるのかもわからない、ということですよね」
梨目がため息をついて美馬を見る。
美馬が話を引き継ぐ。
「当時のご先祖様が邪馬台国から持ち出したという道具を見つけ出し、そして、再現した邪馬台国でそれらの道具をかざすと卑弥呼様が復活する、というのが伝説の最後だ」
しばらくの間沈黙が流れる。
「もはやこの伝説を知っているのも、私と美馬、梨目、お前たちだけだ。他に知っている者はいない」
「いいんですか、それで。昔は一族全員が知っていたという話じゃないですか?」
美馬が粋間に向かって言う。
「私の曾祖父あたりから、この話をもう一族全員で共有するのはやめようということになったらしい。現代を生きている人に、場所もわからないような昔の伝説を語り継いでいき、しかもそれを決して口外してはいけないなどと強制するのは、もうやめたほうがいいとなったらしい。それで、その後は一族全員ではなくて、ごく一部の者だけで語り継いでいくことになった」
「昔は、口外した者は村八分や永久追放にする、なんて時代もあったらしいとは聞いています」
「わしも、そんなことをしてまで伝説を語り継いでいく必要はないと思う。伝説の話はこの三人までで終わりにしようと思う」
粋間は少し疲れたような表情を浮かべる。
「社長がそういう考えなら私はそれに従います」
「もちろん、俺も従います」
美馬と梨目が粋間を見る。
「そうか。そう言ってくれるとありがたい。ただ、わしはやっぱり、ご先祖様が再現し、語り継いできた邪馬台国を一度でいいから見てみたい」
粋間が天を仰ぐ。
「社長、今回のツアーで邪馬台国がきっと見つかりますよ」
「俺も絶対見つかる気がします」
誰も口にしなかったが、粋間はもちろん、美馬と梨目も、今回のツアーが邪馬台国を見つける最後のチャンスだと思っていた。
「ところで、ツアーの準備のほうは順調に進んでいるのか?」
「はい、大丈夫です」
美馬は粋間にツアーの概要を説明した。
「今回のツアーはミステリーツアーとします。参加者を全国の主要都市から外が見えないミステリーバスに乗せて、現地まで案内します。私も東京から出発するバスに同乗して現地まで行きます」
「外が見えないといっても、今は携帯電話などを使うと、ルートや行き先がわかってしまうのではないのか?」
「参加者の携帯電話はこちらで預かるようにしています。そのことは事前に案内状で通知しています。といっても、それでは不安に思う参加者もいるかもしれませんので、念のためにこちらで用意した携帯電話を各チームに渡すようにしています」
美馬が手抜かりはありませんといった感じで答える。
「ただ、現地は携帯電話が圏外になってしまう区域なんで、現地にいる間は、我々にとっては幸いというか、外部と連絡が取れないんですよ」
梨目が付け加える。
「それは止むを得まい。万が一の場合の備えはきちんとしてあるんだろうな」
「もちろんです。現地に医療スタッフなどを待機させて、何か起こったときはすぐに対応が取れるようにしておきます」
「参加者に大怪我でもさせたら大変だからな。それだけは避けなくてはならない。任せたぞ」
粋間が念を押した。
「まあ、邪馬台国や卑弥呼様が復活したら、さすがに通常の対応ができるかどうかはわかりませんがね」
粋間は、梨目の言葉を笑い飛ばして話を続ける。
「実際のところ、邪馬台国が見つかる可能性はあるのか? やっぱり学生やアマチュアじゃ厳しいんじゃないのか?」
「確かに、彼らは素人ですから、プロの考古学者やトレジャーハンターのようにはいかないかもしれません」
粋間は今回が邪馬台国発見の最後のチャンスと考えていただけに、美馬の答えを聞いてため息をついた。
「学生のサークルじゃ無理か……」
粋間ががっかりした表情を見せた瞬間、
「ただし、期待ができるチームもいくつかあります」
美馬が答えた。
「それは本当か?」
粋間の表情が少し明るくなった。
「はい。少しお待ちください」
美馬が参加者名簿に目を通しながら答えた。
「例えば、この東静大学の古代史研究会。ここの顧問は、去年まで古代史研究会の部長をやっていた藤原大和という男で、現在は大学の講師になっています。彼は大学院生時代から学会でも知られていた人物で、その論文は国内いや世界でも高い評価を受けています」
「そんなにすごい人物が! その男もツアーに参加するのか?」
粋間が興奮気味に訊く。
「いえ、残念ながら彼は参加しません。おそらく、今回のツアーを単なる学生向けの宝探しのイベントくらいに思っているのでしょう」
「それじゃあダメか」
粋間が再び肩を落とした。
「ただ、私の知人の研究者の話では、彼はとても真面目で責任感の強い男のようです。そんな彼が自分のところの学生を送り出すからには、それなりの知識を身につけさせているはずですし、優秀な学生もいるはずです。このチームには期待できます」
「社長、頭でっかちの学者なんかより、柔軟な考えを持った若い学生のほうがきっとうまくいきますって」
「私も梨目の言うことにも一理あると思います。他にも古代史の分野で有名な教授が顧問をしている大学のサークルも多くありますし、期待できますよ」
「そうか、お前たちの話を聞いていたらうまくいく気がしてきたよ」
粋間に笑顔が戻った。
「ただ……」
と言って、美馬が声の調子を落とした。
「注意はしていたんですが、ちょっと胡散臭(う さんくさ)いチームもいくつかあるようです。例えば、この文化財保存推進協会という団体なんですが、案内状を出してから調べてみて気付いたんですが、どうも裏で遺跡の盗掘や転売をしているという噂もあります。今から断るわけにもいきませんし。ツアーではこうしたチームの動きにも注意したいと思います。梨目、頼んだぞ」
「任せてください」
梨目がうなずく。
「今回のツアーできっと邪馬台国は発見される、わしはそう思っている。二人とも頼んだぞ」
「はい」
粋間の言葉に二人が力強く返事をする。
「『魏志倭人伝』に書かれているのは、壱与様が女王になって邪馬台国は再び落ち着きを取り戻した、というところまでだったな」
粋間が話し出すと、梨目はまたその話かという顔をした。
「はい。それ以降、邪馬台国がどうなったのかについての公式な記録は残っていません」
美馬が淡々と答える。
「で、ここからが我々だけに伝わる伝説ですよね。壱与様が亡くなると、また邪馬台国を含めた周辺国の間で争いが起こった。同じような争いを繰り返すって、ご先祖様のことは悪く言いたくないけど、なんでそんな無益なことをやってしまうんでしょうね」
「当時はそういうものだったんだろう。しかし、今度の争いは深刻でなかなか治まらなかった。それに乗じて、
粋間がまるで当事者だったかのように説明する。
「しかし、そのときに邪馬台国の長官や副官だった人物らが、邪馬台国にあった貴重な道具を持ち出してそこを離れた。そして、山奥の誰にも知られていない場所に行き、そこで秘かに邪馬台国を再現した」
美馬も自分がその場にいたかのように話す。
「そのうちの一人が邪馬台国の長官を務めた
「副官を務めた
「卑弥呼様の使いとして魏に行った
「そして、現在に至るまで、私たちの一族は伝説を語り継いできた」
粋間が言うと、三人が目を合わせてうなずいた。
「しかし、再現した邪馬台国の具体的な場所を示した文献は何も残っていない。当時とは景色も全く変わっているため、今となっては、あの広大な敷地のどこに邪馬台国があったのかもわからない。邪馬台国から持ち出した道具が何で、それがどこにあるのかもわからない、ということですよね」
梨目がため息をついて美馬を見る。
美馬が話を引き継ぐ。
「当時のご先祖様が邪馬台国から持ち出したという道具を見つけ出し、そして、再現した邪馬台国でそれらの道具をかざすと卑弥呼様が復活する、というのが伝説の最後だ」
しばらくの間沈黙が流れる。
「もはやこの伝説を知っているのも、私と美馬、梨目、お前たちだけだ。他に知っている者はいない」
「いいんですか、それで。昔は一族全員が知っていたという話じゃないですか?」
美馬が粋間に向かって言う。
「私の曾祖父あたりから、この話をもう一族全員で共有するのはやめようということになったらしい。現代を生きている人に、場所もわからないような昔の伝説を語り継いでいき、しかもそれを決して口外してはいけないなどと強制するのは、もうやめたほうがいいとなったらしい。それで、その後は一族全員ではなくて、ごく一部の者だけで語り継いでいくことになった」
「昔は、口外した者は村八分や永久追放にする、なんて時代もあったらしいとは聞いています」
「わしも、そんなことをしてまで伝説を語り継いでいく必要はないと思う。伝説の話はこの三人までで終わりにしようと思う」
粋間は少し疲れたような表情を浮かべる。
「社長がそういう考えなら私はそれに従います」
「もちろん、俺も従います」
美馬と梨目が粋間を見る。
「そうか。そう言ってくれるとありがたい。ただ、わしはやっぱり、ご先祖様が再現し、語り継いできた邪馬台国を一度でいいから見てみたい」
粋間が天を仰ぐ。
「社長、今回のツアーで邪馬台国がきっと見つかりますよ」
「俺も絶対見つかる気がします」
誰も口にしなかったが、粋間はもちろん、美馬と梨目も、今回のツアーが邪馬台国を見つける最後のチャンスだと思っていた。
「ところで、ツアーの準備のほうは順調に進んでいるのか?」
「はい、大丈夫です」
美馬は粋間にツアーの概要を説明した。
「今回のツアーはミステリーツアーとします。参加者を全国の主要都市から外が見えないミステリーバスに乗せて、現地まで案内します。私も東京から出発するバスに同乗して現地まで行きます」
「外が見えないといっても、今は携帯電話などを使うと、ルートや行き先がわかってしまうのではないのか?」
「参加者の携帯電話はこちらで預かるようにしています。そのことは事前に案内状で通知しています。といっても、それでは不安に思う参加者もいるかもしれませんので、念のためにこちらで用意した携帯電話を各チームに渡すようにしています」
美馬が手抜かりはありませんといった感じで答える。
「ただ、現地は携帯電話が圏外になってしまう区域なんで、現地にいる間は、我々にとっては幸いというか、外部と連絡が取れないんですよ」
梨目が付け加える。
「それは止むを得まい。万が一の場合の備えはきちんとしてあるんだろうな」
「もちろんです。現地に医療スタッフなどを待機させて、何か起こったときはすぐに対応が取れるようにしておきます」
「参加者に大怪我でもさせたら大変だからな。それだけは避けなくてはならない。任せたぞ」
粋間が念を押した。
「まあ、邪馬台国や卑弥呼様が復活したら、さすがに通常の対応ができるかどうかはわかりませんがね」
粋間は、梨目の言葉を笑い飛ばして話を続ける。
「実際のところ、邪馬台国が見つかる可能性はあるのか? やっぱり学生やアマチュアじゃ厳しいんじゃないのか?」
「確かに、彼らは素人ですから、プロの考古学者やトレジャーハンターのようにはいかないかもしれません」
粋間は今回が邪馬台国発見の最後のチャンスと考えていただけに、美馬の答えを聞いてため息をついた。
「学生のサークルじゃ無理か……」
粋間ががっかりした表情を見せた瞬間、
「ただし、期待ができるチームもいくつかあります」
美馬が答えた。
「それは本当か?」
粋間の表情が少し明るくなった。
「はい。少しお待ちください」
美馬が参加者名簿に目を通しながら答えた。
「例えば、この東静大学の古代史研究会。ここの顧問は、去年まで古代史研究会の部長をやっていた藤原大和という男で、現在は大学の講師になっています。彼は大学院生時代から学会でも知られていた人物で、その論文は国内いや世界でも高い評価を受けています」
「そんなにすごい人物が! その男もツアーに参加するのか?」
粋間が興奮気味に訊く。
「いえ、残念ながら彼は参加しません。おそらく、今回のツアーを単なる学生向けの宝探しのイベントくらいに思っているのでしょう」
「それじゃあダメか」
粋間が再び肩を落とした。
「ただ、私の知人の研究者の話では、彼はとても真面目で責任感の強い男のようです。そんな彼が自分のところの学生を送り出すからには、それなりの知識を身につけさせているはずですし、優秀な学生もいるはずです。このチームには期待できます」
「社長、頭でっかちの学者なんかより、柔軟な考えを持った若い学生のほうがきっとうまくいきますって」
「私も梨目の言うことにも一理あると思います。他にも古代史の分野で有名な教授が顧問をしている大学のサークルも多くありますし、期待できますよ」
「そうか、お前たちの話を聞いていたらうまくいく気がしてきたよ」
粋間に笑顔が戻った。
「ただ……」
と言って、美馬が声の調子を落とした。
「注意はしていたんですが、ちょっと胡散臭(う さんくさ)いチームもいくつかあるようです。例えば、この文化財保存推進協会という団体なんですが、案内状を出してから調べてみて気付いたんですが、どうも裏で遺跡の盗掘や転売をしているという噂もあります。今から断るわけにもいきませんし。ツアーではこうしたチームの動きにも注意したいと思います。梨目、頼んだぞ」
「任せてください」
梨目がうなずく。
「今回のツアーできっと邪馬台国は発見される、わしはそう思っている。二人とも頼んだぞ」
「はい」
粋間の言葉に二人が力強く返事をする。