第20話 再会
文字数 2,667文字
東静大学の講師で、古代史研究会の顧問でもある藤原大和は、古代史に関する学会の発表会に来ていた。
休憩時間になり、藤原は会場のロビーでひと息ついていた。
「藤原、お前も来ていたのか?」
一人の男性が藤原に声をかけてくる。背が高くがっちりした体格の男性だった。
「阿部! お前もいたのか」
いつも冷静な藤原が、男性を見たときはうれしそうに声を上げた。
「今は藤原先生だったな」
男性がからかうように言う。
「お前こそ阿部先生になったと聞いたぞ」
藤原が笑いながら言い返す。
男性の名は阿部 清明 。
現在は京都の大学で講師をしている。藤原とは学生時代からの知り合いだった。藤原と同じく、大学院生時代に発表した論文が高く評価され、古代史関係の学会から注目を集めていた。
藤原と阿部は、しばらくお互いの近況を報告し合った。
ふと、阿部が思い出したように言う。
「そういえば、お前のところにもヒストリートラベルからツアーの案内状が届いていなかったか?」
「ああ、来てたよ。うちの学生が参加しているよ。確かツアーは、ちょうど今日じゃなかったかな」
藤原が笑顔で返事をすると、
「そうか……」
阿部の表情が曇る。
「お前のところの学生は参加していないのか?」
「ああ。今回はやめさせたんだ。実は……」
それまで藤原より何倍も大きな声で話していた阿部の声が、急に小さくなった。
「どうしたんだ?」
阿部の様子が急に変わったので、藤原が不思議に思って尋ねる。
「まあ、大した話ではないんだが……」
阿部が周りを気にしながら小声で話し始める。
「あくまで噂の域を出ない話なんだが、ヒストリートラベルの人間は、その昔、邪馬台国にいた人間の子孫だって話があるんだ」
「邪馬台国の?」
藤原は、阿部の言っていることがすぐには理解できなかった。
「ああ。邪馬台国は『魏志倭人伝』での記述を最後に、歴史の舞台から消え去っている。しかし、実はそこにいた人間の血統はずっと受け継がれていて、現在にまで至っているという話がある」
「それは本当なのか? 何か証拠でもあるのか?」
研究者である藤原は、そんな根拠もない噂話は信じられるわけがないといった表情をしている。
「もちろん、証拠なんてない。最初に言ったとおり、単なる噂話に過ぎない。ただし……」
阿部が周りを気にしながら小声で話を続ける。
「こんな話があるんだ。あそこの社員の一人が、飲み会の席で自分たちが邪馬台国の子孫だということをうっかり外部の人間に話してしまったらしい。さらに先祖代々伝わる邪馬台国に関する伝説も話してしまったということだ」
「邪馬台国に関する伝説?」
「その伝説が何なのかはわからない。まあ、その話を聞いた相手も、酒が入っていて話の内容は覚えていなかったらしい。ただし、その社員は次の日に会社をクビになってしまったって話だ」
「クビに?」
「そして、クビを宣告された日に、その社員は遠くへ引っ越したって話だ」
驚いている藤原を見て、阿部が少し笑う。
「心配するな。その後その社員が殺されたとか、行方不明になったとかいった物騒な話はないってことだ」
藤原はじっと阿部の話を聞いている。
「邪馬台国の子孫云々の話も本当かどうかわからないし、その社員の話も、それ自体は別に大したことじゃないかもしれない。ただ、この話がいろいろな噂になったり、さらに、憶測を呼んで、宝探しをする胡散臭い連中やブラックなジャーナリストがヒストリートラベルのことを嗅ぎまわっているって話だ」
「そんな話があったのか……」
「俺もその話を聞いて、今回は学生を参加させることはやめたんだ。まあ、ヒストリートラベルにはうちの大学も何度か世話になっているし、特に問題はないと思うが」
じっと何かを考えていた藤原が口を開く。
「もし、ヒストリートラベルの社員が邪馬台国の子孫という話が本当だったら……今回のツアーの目的は何だと思う?」
阿部は少し考えてから答えた。
「おそらく、ツアーで行く場所、まあその場所は参加者には知らされていないが、そこに邪馬台国に関する遺跡か何かがあるということだろう。ま、信じ難い話ではあるがな」
「でも、遺跡の場所がわかっているなら、わざわざツアーなどやる必要はないはずだ」
「つまり、そこに遺跡か何かがあるのはわかっているが、どこにあるかはわからない。だから参加者に探させる、ということか?」
藤原は阿部の考えにうなずくと、心配そうに口を開く。
「つまり、そこの場所の詳しいことはヒストリートラベルの人間も知らないということだ。何か危険なことがあるかもしれないということを……」
藤原の言葉に阿部が付け加える。
「さらに、参加者には、噂話を聞きつけた胡散臭い連中や危険な人間も混じっているかもしれないということだな」
話をしているうちに、藤原は古代史研究会のメンバーのことが心配になってきた。
どうしたらよいかと考え始めた瞬間、藤原の携帯電話が鳴った。藤原はびっくりして、すぐに電話に出た。
「先生、今電話しても大丈夫?」
電話は小町からだった。
「なんだ、小町君か。びっくりさせないでくれよ」
「何よ、びっくりって?」
「いや、何でもない。それで話って?」
「えっと……」
藤原の反応に驚いて、小町は一瞬話す内容を忘れてしまったが、すぐに思い出して言った。
「そうそう。今、ヒストリートラベルに来ているの」
「ヒストリートラベル!」
藤原は思わず大声を上げてしまった。
「どうしたのよ、先生? そんな大声出して」
「いや、何でもない」
「前にヒストリートラベルのイメージモデルをやらないかって話があって、今日はその打ち合わせに来ているの。そこで、社長に先生の話をしたら、ぜひ先生に会いたいって言ってたわよ。先生、来週あたり時間空いてる?」
小町の言葉が終わらないうちに、藤原は早口ですぐに答える。
「僕も社長に会いたい。僕は今そこの近くに来ている。今すぐ会いに行くよ」
「は? 今すぐ?」
「そう。これからすぐにそっちに行く。社長には待っていてくれるよう頼んでくれ。それじゃあ」
と言って、藤原は電話を切った。
「先生、どうしたの?」
小町は携帯電話を眺めながら首を傾げた。
「阿部。僕は体調が悪いから残りの発表会は休むって先生方に言っておいてくれ」
そう言うや否や、藤原は大急ぎで会場を飛び出していった。
休憩時間になり、藤原は会場のロビーでひと息ついていた。
「藤原、お前も来ていたのか?」
一人の男性が藤原に声をかけてくる。背が高くがっちりした体格の男性だった。
「阿部! お前もいたのか」
いつも冷静な藤原が、男性を見たときはうれしそうに声を上げた。
「今は藤原先生だったな」
男性がからかうように言う。
「お前こそ阿部先生になったと聞いたぞ」
藤原が笑いながら言い返す。
男性の名は
現在は京都の大学で講師をしている。藤原とは学生時代からの知り合いだった。藤原と同じく、大学院生時代に発表した論文が高く評価され、古代史関係の学会から注目を集めていた。
藤原と阿部は、しばらくお互いの近況を報告し合った。
ふと、阿部が思い出したように言う。
「そういえば、お前のところにもヒストリートラベルからツアーの案内状が届いていなかったか?」
「ああ、来てたよ。うちの学生が参加しているよ。確かツアーは、ちょうど今日じゃなかったかな」
藤原が笑顔で返事をすると、
「そうか……」
阿部の表情が曇る。
「お前のところの学生は参加していないのか?」
「ああ。今回はやめさせたんだ。実は……」
それまで藤原より何倍も大きな声で話していた阿部の声が、急に小さくなった。
「どうしたんだ?」
阿部の様子が急に変わったので、藤原が不思議に思って尋ねる。
「まあ、大した話ではないんだが……」
阿部が周りを気にしながら小声で話し始める。
「あくまで噂の域を出ない話なんだが、ヒストリートラベルの人間は、その昔、邪馬台国にいた人間の子孫だって話があるんだ」
「邪馬台国の?」
藤原は、阿部の言っていることがすぐには理解できなかった。
「ああ。邪馬台国は『魏志倭人伝』での記述を最後に、歴史の舞台から消え去っている。しかし、実はそこにいた人間の血統はずっと受け継がれていて、現在にまで至っているという話がある」
「それは本当なのか? 何か証拠でもあるのか?」
研究者である藤原は、そんな根拠もない噂話は信じられるわけがないといった表情をしている。
「もちろん、証拠なんてない。最初に言ったとおり、単なる噂話に過ぎない。ただし……」
阿部が周りを気にしながら小声で話を続ける。
「こんな話があるんだ。あそこの社員の一人が、飲み会の席で自分たちが邪馬台国の子孫だということをうっかり外部の人間に話してしまったらしい。さらに先祖代々伝わる邪馬台国に関する伝説も話してしまったということだ」
「邪馬台国に関する伝説?」
「その伝説が何なのかはわからない。まあ、その話を聞いた相手も、酒が入っていて話の内容は覚えていなかったらしい。ただし、その社員は次の日に会社をクビになってしまったって話だ」
「クビに?」
「そして、クビを宣告された日に、その社員は遠くへ引っ越したって話だ」
驚いている藤原を見て、阿部が少し笑う。
「心配するな。その後その社員が殺されたとか、行方不明になったとかいった物騒な話はないってことだ」
藤原はじっと阿部の話を聞いている。
「邪馬台国の子孫云々の話も本当かどうかわからないし、その社員の話も、それ自体は別に大したことじゃないかもしれない。ただ、この話がいろいろな噂になったり、さらに、憶測を呼んで、宝探しをする胡散臭い連中やブラックなジャーナリストがヒストリートラベルのことを嗅ぎまわっているって話だ」
「そんな話があったのか……」
「俺もその話を聞いて、今回は学生を参加させることはやめたんだ。まあ、ヒストリートラベルにはうちの大学も何度か世話になっているし、特に問題はないと思うが」
じっと何かを考えていた藤原が口を開く。
「もし、ヒストリートラベルの社員が邪馬台国の子孫という話が本当だったら……今回のツアーの目的は何だと思う?」
阿部は少し考えてから答えた。
「おそらく、ツアーで行く場所、まあその場所は参加者には知らされていないが、そこに邪馬台国に関する遺跡か何かがあるということだろう。ま、信じ難い話ではあるがな」
「でも、遺跡の場所がわかっているなら、わざわざツアーなどやる必要はないはずだ」
「つまり、そこに遺跡か何かがあるのはわかっているが、どこにあるかはわからない。だから参加者に探させる、ということか?」
藤原は阿部の考えにうなずくと、心配そうに口を開く。
「つまり、そこの場所の詳しいことはヒストリートラベルの人間も知らないということだ。何か危険なことがあるかもしれないということを……」
藤原の言葉に阿部が付け加える。
「さらに、参加者には、噂話を聞きつけた胡散臭い連中や危険な人間も混じっているかもしれないということだな」
話をしているうちに、藤原は古代史研究会のメンバーのことが心配になってきた。
どうしたらよいかと考え始めた瞬間、藤原の携帯電話が鳴った。藤原はびっくりして、すぐに電話に出た。
「先生、今電話しても大丈夫?」
電話は小町からだった。
「なんだ、小町君か。びっくりさせないでくれよ」
「何よ、びっくりって?」
「いや、何でもない。それで話って?」
「えっと……」
藤原の反応に驚いて、小町は一瞬話す内容を忘れてしまったが、すぐに思い出して言った。
「そうそう。今、ヒストリートラベルに来ているの」
「ヒストリートラベル!」
藤原は思わず大声を上げてしまった。
「どうしたのよ、先生? そんな大声出して」
「いや、何でもない」
「前にヒストリートラベルのイメージモデルをやらないかって話があって、今日はその打ち合わせに来ているの。そこで、社長に先生の話をしたら、ぜひ先生に会いたいって言ってたわよ。先生、来週あたり時間空いてる?」
小町の言葉が終わらないうちに、藤原は早口ですぐに答える。
「僕も社長に会いたい。僕は今そこの近くに来ている。今すぐ会いに行くよ」
「は? 今すぐ?」
「そう。これからすぐにそっちに行く。社長には待っていてくれるよう頼んでくれ。それじゃあ」
と言って、藤原は電話を切った。
「先生、どうしたの?」
小町は携帯電話を眺めながら首を傾げた。
「阿部。僕は体調が悪いから残りの発表会は休むって先生方に言っておいてくれ」
そう言うや否や、藤原は大急ぎで会場を飛び出していった。