第7話 勉強会② 邪馬台国所在地
文字数 3,496文字
「次は、古代史最大のミステリーともいわれている邪馬台国の所在地、いわゆる邪馬台国がどこにあったのかという所在地論争について考えてみよう」
「畿内説と九州説ですね」
金次郎が答える。
「そのとおり。でも、所在地の候補地はこの二つだけじゃないんだよ。邪馬台国の所在地について小町君、話してくれるかな」
「次は私の番って思ってたわ」
小町が笑いながらうなずく。
「邪馬台国の所在地については、近畿地方か九州地方のどちらか、つまり金次郎君が言った畿内説と九州説が有名ね。でも、ひと言で畿内説と九州説といっても、その中でもいろいろな候補地があるのよ。ね、弥生ちゃん」
説明者であるはずの小町が、逆に弥生に質問した。
急に話を振られて弥生は少し驚いたが、すぐに答えた。
「畿内説では、纒向 遺跡を中心とする奈良盆地あるいは琵琶湖畔などが候補地になっています。九州説では、福岡県の博多湾沿岸や太宰府、佐賀県の吉野ヶ里遺跡も発見当時は本命視されました。ほかにも長崎県の諫早 湾沿岸なども話題になりました。他にもたくさんあります」
「弥生ちゃん、ありがとう。この二つの地方以外にも邪馬台国の候補地があるんだけど……信二君、どこか言ってみて」
今度は信二に話を振る。
「確か福井県の鯖江もそのひとつでしたよね。『魏志倭人伝』における邪馬台国の表記「邪馬壱」は魏の時代には「サバイ」と読まれていて、鯖江がその場所だったとか」
「そうね、鯖江があったわね。あとは?」
「えっと……静岡県の焼津・登呂もそのひとつです。卑弥呼は「火御子」と書いて木花開耶姫 のことで、木花開耶姫を祀る富士宮市の富士山本宮浅間大社が卑弥呼のお墓だっていう説だったかな?」
「そうね。東日本にも候補地があったのよね」
「小町先輩、僕はここまでです」
「まだまだあるのに。じゃあ、弥生ちゃん、あとひとつだけお願い」
「はい。私の出身地の島根県のある山陰地方もそのひとつです。この地方にある妻木晩田 遺跡、荒神谷 遺跡、加茂岩倉 遺跡などがその有力な手掛かりだといわれています」
弥生がはきはきした口調で答える。
「他にも、南伊豆、諏訪、松山、沖縄…それこそ日本全国に何十カ所とあるのよ。まあ、あくまで候補地ってことで、その根拠が微妙なのもたくさんあるんんだけどね」
小町が机の上にある日本地図を指さしながら説明する。
「日本全国ですか……」
金次郎が日本地図を見ながら今話に出た場所を探している。
「あら、金次郎君。候補地は日本だけじゃないのよ」
「は? 日本だけじゃないってどういうことですか?」
金次郎が驚いて、地図から目を離して小町を見る。
「邪馬台国はエジプトという説もあるのよ」
「エジプトってそんな無茶な……」
「その説によれば、古代の東アジアの諸民族は、太古に西方から移住してきた人々なんだそうよ。で、『魏志倭人伝』には、その諸民族がまだ西方にいた頃に日本民族の祖先と交流した記録が混じっているものなんだそうよ。だから、邪馬台国はエジプトで、卑弥呼は古代エジプトの女王なんだって」
「卑弥呼が古代エジプトの女王って、話が飛躍しすぎかと」
金次郎は開いた口がふさがらない。
「あの……」
遠慮がちに伊代が口を挟んだ。
「邪馬台国はインドネシアにあったって話を聞いたことがあるんですけど」
「ジャワ島、スマトラ島説ね」
伊代の質問に弥生が答える。
「邪馬台国はインドネシアのジャワ島、スマトラ島にあったという説よ。その説によれば、『魏志倭人伝』に書いてある邪馬台国への行程は、朝鮮半島の帯方郡 から中国大陸経由でインドネシアに向かうルートを記したものだという話よ」
「そうなんですね。エジプトやインドネシアかあ」
伊代が楽しそうにつぶやく。
「伊代ちゃん、何かうれしそうね」
「はい。邪馬台国が実は外国だったなんて想像すると楽しいですね」
「でも、エジプトやインドネシアってのは、さすがにただの空想じゃないの?」
信二があきれたような顔をする。
「あら、そんなことはないのよ。これらの説は素人の空想じゃなくて、研究者らがきちんと考えたうえで言っているのよ」
小町が信二の言葉に反論する。
「えっ、そうなんですか?」
「今出てきた場所は、どれも一応理由があって候補地になっているのよ。まあ、その理由が正しいかどうかはわからないけど」
小町は「私の話はここまでよ」と言って藤原を見る。
「先生、聞いてもいいですか?」
伊代が藤原を見る。
「何だい?」
「これだけ候補地があって、ずっと議論がされているんですけど、邪馬台国の所在地はどうすれば確定するのでしょうか?」
「いい質問……というか難しい質問だね」
藤原が苦笑いを浮かべる。
「まずは、邪馬台国の所在地について書かれた当時の文献が発見されることかな。そこに書かれた内容と、書かれた場所にある遺跡などが一致すれば、ほぼ確定させることはできると思うよ」
「でも、現実的にそうした文献や資料はないし、これからも発見される可能性は低いと思う。だからこそ、邪馬台国について詳しく書かれた唯一の文献といえる『魏志倭人伝』を手がかりにするしかないんだ」
「でも、『魏志倭人伝』をそのとおり素直に読んでいくと、邪馬台国は太平洋上にあることになってしまう。そもそも、その素直に読んでいくという読み方自体にも諸説あって統一されていない。さらにいうと、そもそも『魏志倭人伝』に書かれた内容が本当のことかどうかといった点についても多くの疑問がある」
「例えば、邪馬台国までの距離について、『魏志倭人伝』には「郡より女王国に至るには、万二千余里なり」(帯方郡より女王国に到着するまでには、全部で一万二千里余りになる)と書かれている。ただし、この距離は正確に測った数字ではなくて、あくまで倭国が遠く離れたところにあるというのを印象付けるために作者が書いた数字に過ぎない、という考え方もあるんだ」
「えっ、そんなことを言ったら、『魏志倭人伝』に書かれた行程の距離は全くのデタラメってことになってしまうんじゃ…」
信二が尋ねる。
「そうなんだ。そう考えてしまうと、『魏志倭人伝』に書かれた距離から邪馬台国の位置を探るという自体が無意味になってしまうんだ」
藤原の言葉に全員が黙り込んでしまう。
「ただし、これまでの研究で、『魏志倭人伝』に書かれた国の中で、所在地がほぼ確定されている場所も多い。具体的には対馬 国、一支 国、末盧 国、伊都 国、奴 国だ。そう考えると、『魏志倭人伝』の記載内容は、全て正確とは言えないかもしれないけど、やはりある程度は真実が書かれていると考えるべきだと私は考えている」
藤原は最後の言葉に特に力を込めて話した。
その言葉に全員がうなずいた。
「そこで、邪馬台国を確定させる証拠として考えられているのが金印なんだ」
「卑弥呼が魏の皇帝から贈られた金印ですね」
金次郎がうなずきながら答える。
「金印が発見されれば、そこの場所が邪馬台国ってことですね!」
信二が声を弾ませてそう言うと、
「でも、金印は持ち出して移動することもできるし、金印が発見されただけで邪馬台国の場所が確定ってわけにはいかないんじゃない?」
信二の言葉に弥生が反論した。
「まあ、そうかもしれないけど……」
信二が肩を落とした。
「でも、金印が発見された場所が、大規模な集落跡だったり、卑弥呼の墓と推定される巨大な墓の遺構だったりすると、そこが邪馬台国の所在地だったという有力な証拠にはなるだろうね」
「先生、俺はそう言いたかったんです!」
信二が勝ち誇ったように弥生を見た。弥生はすました顔をしている。
藤原の話はいったんここで終わった。
「やっぱり邪馬台国の所在地を確定させるのは難しいんですね」
伊代がつぶやく。
「いつまでも所在地が確定しないからこそ、私たちのような古代史好きがずっと楽しめていいのかもね」
小町の言葉にみんなが笑ってうなずく。
「金次郎君、どうしたの? ため息なんかついて」
「今まで聞いたことがない話が聞けて、すごく勉強になって楽しいけど、あまりに多くのことを詰め込んだら少し疲れてきました」
「実は俺もそうだよ。先生、少し休憩しましょう」
信二の意見に全員がみんなが賛成した。
「畿内説と九州説ですね」
金次郎が答える。
「そのとおり。でも、所在地の候補地はこの二つだけじゃないんだよ。邪馬台国の所在地について小町君、話してくれるかな」
「次は私の番って思ってたわ」
小町が笑いながらうなずく。
「邪馬台国の所在地については、近畿地方か九州地方のどちらか、つまり金次郎君が言った畿内説と九州説が有名ね。でも、ひと言で畿内説と九州説といっても、その中でもいろいろな候補地があるのよ。ね、弥生ちゃん」
説明者であるはずの小町が、逆に弥生に質問した。
急に話を振られて弥生は少し驚いたが、すぐに答えた。
「畿内説では、
「弥生ちゃん、ありがとう。この二つの地方以外にも邪馬台国の候補地があるんだけど……信二君、どこか言ってみて」
今度は信二に話を振る。
「確か福井県の鯖江もそのひとつでしたよね。『魏志倭人伝』における邪馬台国の表記「邪馬壱」は魏の時代には「サバイ」と読まれていて、鯖江がその場所だったとか」
「そうね、鯖江があったわね。あとは?」
「えっと……静岡県の焼津・登呂もそのひとつです。卑弥呼は「火御子」と書いて
「そうね。東日本にも候補地があったのよね」
「小町先輩、僕はここまでです」
「まだまだあるのに。じゃあ、弥生ちゃん、あとひとつだけお願い」
「はい。私の出身地の島根県のある山陰地方もそのひとつです。この地方にある
弥生がはきはきした口調で答える。
「他にも、南伊豆、諏訪、松山、沖縄…それこそ日本全国に何十カ所とあるのよ。まあ、あくまで候補地ってことで、その根拠が微妙なのもたくさんあるんんだけどね」
小町が机の上にある日本地図を指さしながら説明する。
「日本全国ですか……」
金次郎が日本地図を見ながら今話に出た場所を探している。
「あら、金次郎君。候補地は日本だけじゃないのよ」
「は? 日本だけじゃないってどういうことですか?」
金次郎が驚いて、地図から目を離して小町を見る。
「邪馬台国はエジプトという説もあるのよ」
「エジプトってそんな無茶な……」
「その説によれば、古代の東アジアの諸民族は、太古に西方から移住してきた人々なんだそうよ。で、『魏志倭人伝』には、その諸民族がまだ西方にいた頃に日本民族の祖先と交流した記録が混じっているものなんだそうよ。だから、邪馬台国はエジプトで、卑弥呼は古代エジプトの女王なんだって」
「卑弥呼が古代エジプトの女王って、話が飛躍しすぎかと」
金次郎は開いた口がふさがらない。
「あの……」
遠慮がちに伊代が口を挟んだ。
「邪馬台国はインドネシアにあったって話を聞いたことがあるんですけど」
「ジャワ島、スマトラ島説ね」
伊代の質問に弥生が答える。
「邪馬台国はインドネシアのジャワ島、スマトラ島にあったという説よ。その説によれば、『魏志倭人伝』に書いてある邪馬台国への行程は、朝鮮半島の
「そうなんですね。エジプトやインドネシアかあ」
伊代が楽しそうにつぶやく。
「伊代ちゃん、何かうれしそうね」
「はい。邪馬台国が実は外国だったなんて想像すると楽しいですね」
「でも、エジプトやインドネシアってのは、さすがにただの空想じゃないの?」
信二があきれたような顔をする。
「あら、そんなことはないのよ。これらの説は素人の空想じゃなくて、研究者らがきちんと考えたうえで言っているのよ」
小町が信二の言葉に反論する。
「えっ、そうなんですか?」
「今出てきた場所は、どれも一応理由があって候補地になっているのよ。まあ、その理由が正しいかどうかはわからないけど」
小町は「私の話はここまでよ」と言って藤原を見る。
「先生、聞いてもいいですか?」
伊代が藤原を見る。
「何だい?」
「これだけ候補地があって、ずっと議論がされているんですけど、邪馬台国の所在地はどうすれば確定するのでしょうか?」
「いい質問……というか難しい質問だね」
藤原が苦笑いを浮かべる。
「まずは、邪馬台国の所在地について書かれた当時の文献が発見されることかな。そこに書かれた内容と、書かれた場所にある遺跡などが一致すれば、ほぼ確定させることはできると思うよ」
「でも、現実的にそうした文献や資料はないし、これからも発見される可能性は低いと思う。だからこそ、邪馬台国について詳しく書かれた唯一の文献といえる『魏志倭人伝』を手がかりにするしかないんだ」
「でも、『魏志倭人伝』をそのとおり素直に読んでいくと、邪馬台国は太平洋上にあることになってしまう。そもそも、その素直に読んでいくという読み方自体にも諸説あって統一されていない。さらにいうと、そもそも『魏志倭人伝』に書かれた内容が本当のことかどうかといった点についても多くの疑問がある」
「例えば、邪馬台国までの距離について、『魏志倭人伝』には「郡より女王国に至るには、万二千余里なり」(帯方郡より女王国に到着するまでには、全部で一万二千里余りになる)と書かれている。ただし、この距離は正確に測った数字ではなくて、あくまで倭国が遠く離れたところにあるというのを印象付けるために作者が書いた数字に過ぎない、という考え方もあるんだ」
「えっ、そんなことを言ったら、『魏志倭人伝』に書かれた行程の距離は全くのデタラメってことになってしまうんじゃ…」
信二が尋ねる。
「そうなんだ。そう考えてしまうと、『魏志倭人伝』に書かれた距離から邪馬台国の位置を探るという自体が無意味になってしまうんだ」
藤原の言葉に全員が黙り込んでしまう。
「ただし、これまでの研究で、『魏志倭人伝』に書かれた国の中で、所在地がほぼ確定されている場所も多い。具体的には
藤原は最後の言葉に特に力を込めて話した。
その言葉に全員がうなずいた。
「そこで、邪馬台国を確定させる証拠として考えられているのが金印なんだ」
「卑弥呼が魏の皇帝から贈られた金印ですね」
金次郎がうなずきながら答える。
「金印が発見されれば、そこの場所が邪馬台国ってことですね!」
信二が声を弾ませてそう言うと、
「でも、金印は持ち出して移動することもできるし、金印が発見されただけで邪馬台国の場所が確定ってわけにはいかないんじゃない?」
信二の言葉に弥生が反論した。
「まあ、そうかもしれないけど……」
信二が肩を落とした。
「でも、金印が発見された場所が、大規模な集落跡だったり、卑弥呼の墓と推定される巨大な墓の遺構だったりすると、そこが邪馬台国の所在地だったという有力な証拠にはなるだろうね」
「先生、俺はそう言いたかったんです!」
信二が勝ち誇ったように弥生を見た。弥生はすました顔をしている。
藤原の話はいったんここで終わった。
「やっぱり邪馬台国の所在地を確定させるのは難しいんですね」
伊代がつぶやく。
「いつまでも所在地が確定しないからこそ、私たちのような古代史好きがずっと楽しめていいのかもね」
小町の言葉にみんなが笑ってうなずく。
「金次郎君、どうしたの? ため息なんかついて」
「今まで聞いたことがない話が聞けて、すごく勉強になって楽しいけど、あまりに多くのことを詰め込んだら少し疲れてきました」
「実は俺もそうだよ。先生、少し休憩しましょう」
信二の意見に全員がみんなが賛成した。