第31話 鏡

文字数 2,689文字

 森を抜けてから少し歩くと、二人の目の前に巨大な集落跡が現れた。
 集落は柵で覆われていた。小町が柵に向かって歩こうとしたとき、藤原が小町の腕を引いて、小町が先に進むのを止めた。
 藤原は慎重に地面に生えていた草木をどけた。なんとそこには、深い空堀があった。
「環濠だ。ここは環濠集落なんだ。『魏志倭人伝』の順番通りだとすると、ここが伊都国ということになるが……」

 二人は環濠に落ちないように気を付けながら進み、柵の前まで来る。
「ここの柵を越えるしかないわね」
 小町が柵に手をかけて上ろうとしたとき、またも藤原が小町を止めた。
「ここは集落内の高い建物からとても見やすい位置にある。例えばあそこにある物見櫓やあの主祭殿らしい建物……あの辺から何かが飛んでくるかもしれない。気を付けて進もう」
 と言って、柵に手をかけて、思いっきり柵を揺らした。
 すると、集落内の建物のひとつから矢が飛んできて、ちょうど柵のすぐ上を通り過ぎて地面に刺さった。
 小町はびっくりした。
「柵に上ろうとすると、矢が飛んでくるのね」
 藤原が柵に手をかけて上ろうとした。
「先生、矢が!」
 小町が驚いて声を上げた。しかし、矢は飛んでこなかった。
 藤原は小町にも急いで柵を越えるように言った。小町は周りを注意深く見ながら柵を越えた。
「どうして今回は矢が飛んでこなかったんですか?」
 小町が尋ねる。
「仕組みはよくわからないけど……一回矢が飛ぶと、しばらくは次の矢は飛んでこないようになっているらしい」
「どうしてわかるの?」
「地面に矢が一本だけ刺さっていた。複数飛んでくるならもっと刺さっていてもいいはずだと思ってね」
「なるほど……」
「と言ったものの、よく考えたら矢を抜いて持っていくこともあるから、矢が来るのは一回だけとは限らないかもしれない。私の推理は間違っているかもしれないなあ、はははは」
「先生、笑っている場合じゃないですよ。もし、矢が飛んで来たら……」
「もちろん、自分が柵を越えるときも、小町君のときもちゃんと周りは注意して見ていたよ」
 藤原は慌てて答える。

 環濠集落の中に入った二人は、まずは正面に見える主祭殿に行くことにした。
 二階に上がってみると、そこには何かを飾るための棚が置いてあった、というか倒れていた。棚は投げつけられたらしく、棚と壁には新しい傷がついていた。少し前に誰かがここに来て荒らしていったようだ。
「この棚以外は何もない空間ね」
「神に祈りをささげる空間だったとしたら、余計なものは置いてなかったはずだよ。ただ、ここには少し前に誰かが来たみたいだね。最近ついたばかりのような足跡もたくさんある」
 小町も床を見てみると、確かに複数の足跡がついていた。
「みんながここに来たのかな。でも、あの子たちが棚を投げたりはしないと思うけど」
 他に何もないようなので、二人は主祭殿を出た。

 二人が環濠集落にある建物を見ていると、主祭殿の隣にあった大きな建物で、何かが光るのが見えた。
 二人は急いでその建物に行った。その建物も二階建てだった。二階に上ると、そこの中も主祭殿と同じように何もない空間が広がっていた。
「さっきの主祭殿より広いわね。ここは何をするところだったのかしら?」
「ここの支配者の住まいだったんじゃないかな。大きさもそうだし、外観も他の建物より立派な気がする」
「支配者の住まいねえ……とすると、この辺が寝室だったのかしら」
 小町が奥のほうに行くと、
「あら?」
 部屋の奥に主祭殿にあったのと同じような棚を見つけた。その上には一枚の鏡が飾られている。
「先生見て!」
 藤原は鏡を手にしてじっくり眺める。
「これは三角縁神獣鏡みたいだね」
「さっき外から光って見えたのもこれかしら?」
「うん。太陽の光にこれが当たって反射したんだと思う」
「きれいな鏡ね。もちろん最近の物じゃないわよね」
「正確にはわからないけど、古代のもので間違いない気がする」
「もしかして、卑弥呼が中国の魏からもらった銅鏡?」
 小町が興奮しながら鏡を見た。
「そこまではわからないけど……」
 藤原が部屋を見渡す。
「確かに小町君の言うとおり、この辺が寝室だったのかもしれないね」
「寝室に鏡を置くって女性みたいね。まあ、この鏡は今の鏡とは使い方も違うだろうけど」
 
「この棚は主祭殿と同じもの、ということは、主祭殿にも同じような鏡があったのかもしれない。鏡は二つでセットということなのかな?」
「主祭殿には鏡がなかったから、一枚は誰かが持っていったってこと? 古代史研究会のみんなかしら」
 小町の言葉に藤原からの返事はなかった。
 藤原は鏡を見ながらじっと何かを考えている。
「鏡は二枚ある。一枚は神に祈りをささげる主祭殿にある。いわば神が目覚めるために必要なもの。もう一枚は眠るための寝室にある。つまり神が眠りにつくために必要なもの……」
 藤原がつぶやく。
「やだ先生。詩人にでもなったつもり? 何かわかったの?」
 藤原は小町に声をかけられて我に返る。
「いや、何でもない。そろそろ行こう」
 藤原は鏡を持って建物を出た。小町も後に続く。

 そのまま環濠集落の中を進んでいくと、向こう側に門が見えた。
 門の前には二匹の大きな犬が倒れていた。犬には殴られたような跡があって血が流れている。
「大丈夫?」
 心配して小町が犬に触ろうとすると、二匹の犬は立ち上がって吠えた。
「びっくりした! 何この犬?」
 犬は辛そうな表情をしながらも、門の前に立ちふさがっている。まるで、絶対に門は通さないぞと言っているかのようだった。
「ちょっと、こっちは急いでいるのよ。先生、このまま強引に走っていく?」
「ちょっと待ってくれ」
 藤原はさっき見つけた鏡を取り出して、二匹の犬に見せた。すると、二匹の犬は道をあけてくれた。犬はそのまま横になって寝てしまった。
「先生、いつから猛獣扱いになったの?」
「ファンタジー小説とかに、よくこんな場面があったと思ってね。手に入れたアイテムを見せると怪物が倒れたり、動物がなついたり」
 藤原が頭をかいて照れながら説明する。
「先生ってけっこう思いつきで行動するのね……」

 二人が門をくぐって道を進むと、そこには洞窟があった。
「ここに来るまでには、結局みんなには会えなかったわね。ということは、みんなはこの洞窟の中にいる?」
「その可能性が高いね。行こう」
 二人は洞窟の中に入っていった。

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登場人物紹介

出雲 弥生(いずも やよい)


東静大学古代史研究会 副部長 2年生 

武田 信二(たけだ しんじ)


東静大学古代史研究会 部長 2年生 

桜井 伊予(さくらい いよ)


東静大学古代史研究会 1年生 

鹿島 金次郎(かしま きんじろう)


東静大学古代史研究会 1年生

姫野 小町(ひめの こまち)


東静大学古代史研究会 4年生 

藤原 大和(ふじわら やまと)


東静大学古代史研究会 顧問 講師 

粋間(いきま)


ヒストリートラベル株式会社 社長

美馬(みま)


ヒストリートラベル株式会社 部長

梨目(なしめ)


ヒストリートラベル株式会社 主任

石川(いしかわ)


文化財保存推進協会 リーダー

富子(とみこ)


文化財保存推進協会 メンバー

松永(まつなが)


文化財保存推進協会 メンバー

斎藤(さいとう)


文化財保存推進協会 メンバー

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