第16話 対馬国① 衝突
文字数 4,482文字
それからしばらく進むと、草木が生い茂っているジャングルのような場所を抜けた。
目の前には、池というよりはむしろ大きな湖といったほうがふさわしい景色が広がっていた。
「あそこに島がありますよ」
金次郎が声を上げる。ボートが進む先には大きな島が見えた。
「『魏志倭人伝』によれば、狗邪韓国の次にたどり着く場所は対馬国だわ。これが対馬国かしら」
「『魏志倭人伝』では、対馬国について、山が険しくて深い林が多い、と書いてあります。この島もそれに合っている気がします」
弥生と伊代の言葉に信二と金次郎もうなずく。
「どうやらここが対馬国のようだな。よし、ここに上陸するか」
「信二さん、あそこにボートが停まってますよ」
金次郎が指さした場所には船着き場があり、そこには何台かのボートが停まっている。
「あそこから上陸しよう」
信二はボートを船着き場につけた。四人はボートから降りて島に上がる。
船着き場から少し歩いていくと、小さな集落跡のようなところがあり、そこに人が集まっていた。
四人もそこに行ってみると、イベント会場と同じように邪馬台国の衣装を着たスタッフの人たちがいた。料理を作っていて、それをツアーの参加者に振る舞っている。
先に島にたどり着いたチームの人も料理を食べたり、スタッフの人たちと話をしている。
「対馬国へようこそ。さあ、みなさんもどうぞ」
四人に気づいたスタッフの一人が声をかけてくる。
「今の人、対馬国って言ったわね。やっぱりここがそうなのよ」
弥生の声が弾んでいる。
「それよりおいしそうな匂いだな。俺たちもいただこうぜ」
「そうしましょう。お腹がすいてきました」
信二と金次郎が待ちきれないといった様子で、料理を出しているところへ走っていった。
「はい、どうぞ。たくさん食べてね」
「ありがとうございます。おいしそうだな」
二人は受け取った料理をじっと眺める。
「こちらは卑弥呼様が食べたと伝えられている料理です」
「卑弥呼の食べた料理!」
「玄米に鯛の塩焼き。蛤と飯蛸のわかめ汁。焼きアワビもあります」
スタッフの人が料理について説明してくれた。
「鯛にアワビ! 聞いたか金次郎」
「豪華ですねえ。卑弥呼はこんなに豪華なものを食べていたんですね。さすがは女王様」
目の前の料理を見て二人は興奮している。
「まあ、卑弥呼様が食べた料理というよりは、あくまで当時食べていたと考えられている食材を使った料理ということですけどね。これを食べて疲れを取ってがんばってください」
「はい。ありがとうございます!」
二人はお礼を言うと、さっそく料理を食べ始めた。二人ともよほどお腹がすいていたらしく、ひと言も口を利かずにひたすら食べ続けた。
あとからついてきた弥生と伊代もあきれている。
「全く。二人ともそんなにガツガツしないで、もっと落ち着いて食べればいいのに」
「でも、おいしそうですね」
「私たちもいただきましょうか、伊代ちゃん」
弥生と伊代もスタッフのところに行って料理を受け取った。
「ありがとうございます。ここは昔の集落跡のようですけど、みなさんはここの土地に関係のある方々なんですか?」
料理を出してくれたスタッフに弥生が尋ねる。
「私も詳しくは知らないのよ。今回初めてここに来たのよ。なんでも参加者と同じ気分を味わえるからミステリーバスで行こうって話だったから、私たちもここがどこなのかもわからないのよ」
弥生と伊代は顔を見合わせた。
「どこに行くかもわからないのに参加したんですか?」
弥生がさらに尋ねる。
「この話は親戚から聞いたものだからね。ご先祖様が昔住んでいた場所でイベントを開くから参加しないかって誘われたのよ。まあ、親戚が集まる機会なんて最近少なかったからいいかなと思って参加したのよ」
「私も同じよ。みんなが行くならいいかなって思って。そしたら、こんなにたくさんのスタッフがいてびっくりしたわ。知らない人もたくさんいるし」
隣にいたもう一人のスタッフも話に加わってくる。
「何でも今回参加しているスタッフ全員の先祖は、昔ここに住んでいた人たちって話よ。本当の話かどうかはわからないけど」
「でも、久しぶりにみんなに会えて楽しいわよね。あなたたちのような若い人とこうして話もできるし」
スタッフの二人が笑顔で話す。
「私たちもみなさんとお話しできて楽しいです。ところで、最初に今回の話をしてきた親戚の方というのは……」
弥生がちょっと遠慮がちに質問してみた。
「私はヒストリートラベルの社長の粋間さんよ」
「私の夫はヒストリートラベルの部長の美馬さんから聞いたって言ってたわよ」
二人は特に遠慮する様子も見せずにさらっと答えてくれた。
「みなさん、ヒストリートラベルの人から聞いたんですか?」
「そうじゃないかしら。社長の粋間さんは顔が広いし、面倒目がいいからね。実は私も粋間さんと親戚とはいっても、祖父母のさらに祖父母の頃につながりがあったらしいって話を聞いたことがあるだけだし」
「私の夫も美馬さんと直接親戚ってわけじゃないみたいよ。美馬さんも粋間さんと同じく社交的であちこちの方面に付き合いがあるからね」
「でも、粋間さんと美馬さん、あと今回のツアーで司会を務めている梨目さんだったかしら……この三人は、ここにいた人たちと先祖代々のつながりがあるって話を聞いたことはあるわよ」
「私もその話は聞いたことがあるわ」
弥生と伊代はスタッフの二人の話をじっと聞いていたが、後ろに料理を待っている人がいたので、話をそろそろ切り上げることにした。
「いろいろとありがとうございました」
「どういたしまして。ツアーを楽しんでね」
スタッフの二人は弥生と伊代を笑顔で見送ってくれた。
古代史研究会チームが食事を終えた頃に、文化財保存推進協会チームの四人が島の中の山林のほうから集落跡にやってきた。
「この島にはお宝らしきものは何もなかったな」
松永ががっかりした顔をしている。
「山の上には変なじじいがいたけどな。お宝については何も知らないって感じだったし、時間の無駄だったぜ」
斎藤が吐き捨てるように言う。
「何の手がかりもなしに山の中を歩いても見つからないんじゃない?」
富子も不満そうにしている。
「そう言うな。そんな簡単に見つかるわけないだろ」
石川が不満を言うメンバーをなだめる。
「腹減ったな。おっ、いい匂いがするな」
松永が料理を出している場所に気づいた。
そのままその場所までずかずかと歩いていくと、料理の順番を待って並んでいる列の先頭に割り込んだ。
「すみません。順番に並んでいますので……」
スタッフが並んでいる列を指さして、恐る恐る言う。
「ああ? こっちは腹ペコなんだよ」
松永は後ろを振り返り、列に並んでいる人を睨みつけて、
「何か文句あるのか」
と脅した。並んでいる人は、体が大きくて、しかも脅すような口調で話す松永が恐くて、何も言えなかった。
「誰も文句はないみたいだぜ。早く料理をよこせよ」
周りにいるスタッフや参加者も苦々しく思いながらも、恐くて何も言えない。
そのとき、
「おい! ちゃんと列に並べよ。みんな困っているだろ!」
近くにいた信二が声を上げた。
「そ、そうです。ルールはちゃんと守らないと……」
信二の隣にいた金次郎も、声を震わせながら松永に向かって言う。
「何だと? お前ら文句でもあんのか!」
松永がギロリと睨みつけて二人に向かってくる。
金次郎がびっくりして信二の後ろに隠れた。
「みんなが列に並んで順番を待っているのが見えないのか。後ろに並ぶのが当たり前だろう。そんなこともわからないのか」
信二が松永に向かって堂々と言う。後ろにいる金次郎も「そうです」とうなずいている。
「このやろう。言いたいことはそれだけか」
カッとなった松永が、信二の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとした。
そのとき、
「松永、やめろ」
後ろから石川が声をかける。
その声で信二を殴ろうとしていた松永の手が止まる。
「こんなガキにここまで言われて黙っていられると思うのか?」
松永が振り返って石川を見る。
「こんなとこで騒ぎを起こすなと言ってるんだ」
「あ?」
「お宝が見つかるまでは我慢しろ」
石川は松永の耳元に口を近づけて、
「お宝が見つかったら、後は好きにしていいってことだ」
とニヤリとしながらささやいた。
「ちっ!」
松永は信二の胸ぐらから手を離すと、
「この借りは後できっちり返すぜ。覚悟しとけ」
と言って、信二を突き飛ばしてその場を去っていった。
「ガキじゃないんだから、こんなとこで喧嘩するなんて馬鹿じゃないの」
富子がため息をついた。
「食い意地が張ってるからそうなるんだよ」
斎藤が笑いながら松永を見る。
「あ?」
松永が富子と斎藤を睨みつけた。二人は目をそらして知らないふりをする。
「あのガキ、ただじゃ済まさねえぞ」
松永が集落跡にいる信二をじっと睨みつけている。
「お前らいい加減にしろ。もう行くぞ」
石川が声をかけてボートに乗り込んだ。
他の三人もボートに乗り込み、文化財保存推進協会チームは島を後にした。
「何なのあいつら!」
弥生が腕組みをして怒っている。
「本当に嫌な人たちですね」
伊代も文化財保存推進協会チームが去っていった方向を睨んでいる。
「信二、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「ああ、何ともないよ」
「信二すごいじゃない。あんな大男に食ってかかるなんて」
「別にすごくなんてないよ。ただ、自分勝手なあいつらが許せなかっただけだよ」
と言いながらも、信二は弥生に褒められて少し照れている。
「金次郎君もよく言ったわ」
「そうですか? まあ、僕は信二さんの後ろに隠れていただけですけど」
伊代に言われて金次郎はうれしそうな顔をしている。
「いや、あなたたち本当によくやったよ」
「あなたが言わなきゃ私が言ってやったわよ」
さっき、弥生と伊代と話をしていたスタッフの人たちも信二と金次郎を褒めている。
「本当は我々スタッフが注意しないといけないのにすみません」
そこの場所の責任者と思われるスタッフの人も信二らに頭を下げた。
「僕たちもあいつが割り込んできたときに注意しなければいけなかったのに」
「カッコよかったです。どこの大学の方ですか?」
ツアーの参加者たちも口々に二人に賞賛の声をかける。
みんなから褒められて二人はニヤニヤしている。
「いや当然のことをしたまでです」
信二が表情をキリっとさせる。
「カッコいい!」
「今時こんな若者がいるなんてねえ」
信二のひと言を聞いて、またみんなが称賛した。
信二は顔を崩してニヤニヤしている。
弥生はそれを見て呆れた表情をしている。
「信二、もうそろそろ行くわよ」
目の前には、池というよりはむしろ大きな湖といったほうがふさわしい景色が広がっていた。
「あそこに島がありますよ」
金次郎が声を上げる。ボートが進む先には大きな島が見えた。
「『魏志倭人伝』によれば、狗邪韓国の次にたどり着く場所は対馬国だわ。これが対馬国かしら」
「『魏志倭人伝』では、対馬国について、山が険しくて深い林が多い、と書いてあります。この島もそれに合っている気がします」
弥生と伊代の言葉に信二と金次郎もうなずく。
「どうやらここが対馬国のようだな。よし、ここに上陸するか」
「信二さん、あそこにボートが停まってますよ」
金次郎が指さした場所には船着き場があり、そこには何台かのボートが停まっている。
「あそこから上陸しよう」
信二はボートを船着き場につけた。四人はボートから降りて島に上がる。
船着き場から少し歩いていくと、小さな集落跡のようなところがあり、そこに人が集まっていた。
四人もそこに行ってみると、イベント会場と同じように邪馬台国の衣装を着たスタッフの人たちがいた。料理を作っていて、それをツアーの参加者に振る舞っている。
先に島にたどり着いたチームの人も料理を食べたり、スタッフの人たちと話をしている。
「対馬国へようこそ。さあ、みなさんもどうぞ」
四人に気づいたスタッフの一人が声をかけてくる。
「今の人、対馬国って言ったわね。やっぱりここがそうなのよ」
弥生の声が弾んでいる。
「それよりおいしそうな匂いだな。俺たちもいただこうぜ」
「そうしましょう。お腹がすいてきました」
信二と金次郎が待ちきれないといった様子で、料理を出しているところへ走っていった。
「はい、どうぞ。たくさん食べてね」
「ありがとうございます。おいしそうだな」
二人は受け取った料理をじっと眺める。
「こちらは卑弥呼様が食べたと伝えられている料理です」
「卑弥呼の食べた料理!」
「玄米に鯛の塩焼き。蛤と飯蛸のわかめ汁。焼きアワビもあります」
スタッフの人が料理について説明してくれた。
「鯛にアワビ! 聞いたか金次郎」
「豪華ですねえ。卑弥呼はこんなに豪華なものを食べていたんですね。さすがは女王様」
目の前の料理を見て二人は興奮している。
「まあ、卑弥呼様が食べた料理というよりは、あくまで当時食べていたと考えられている食材を使った料理ということですけどね。これを食べて疲れを取ってがんばってください」
「はい。ありがとうございます!」
二人はお礼を言うと、さっそく料理を食べ始めた。二人ともよほどお腹がすいていたらしく、ひと言も口を利かずにひたすら食べ続けた。
あとからついてきた弥生と伊代もあきれている。
「全く。二人ともそんなにガツガツしないで、もっと落ち着いて食べればいいのに」
「でも、おいしそうですね」
「私たちもいただきましょうか、伊代ちゃん」
弥生と伊代もスタッフのところに行って料理を受け取った。
「ありがとうございます。ここは昔の集落跡のようですけど、みなさんはここの土地に関係のある方々なんですか?」
料理を出してくれたスタッフに弥生が尋ねる。
「私も詳しくは知らないのよ。今回初めてここに来たのよ。なんでも参加者と同じ気分を味わえるからミステリーバスで行こうって話だったから、私たちもここがどこなのかもわからないのよ」
弥生と伊代は顔を見合わせた。
「どこに行くかもわからないのに参加したんですか?」
弥生がさらに尋ねる。
「この話は親戚から聞いたものだからね。ご先祖様が昔住んでいた場所でイベントを開くから参加しないかって誘われたのよ。まあ、親戚が集まる機会なんて最近少なかったからいいかなと思って参加したのよ」
「私も同じよ。みんなが行くならいいかなって思って。そしたら、こんなにたくさんのスタッフがいてびっくりしたわ。知らない人もたくさんいるし」
隣にいたもう一人のスタッフも話に加わってくる。
「何でも今回参加しているスタッフ全員の先祖は、昔ここに住んでいた人たちって話よ。本当の話かどうかはわからないけど」
「でも、久しぶりにみんなに会えて楽しいわよね。あなたたちのような若い人とこうして話もできるし」
スタッフの二人が笑顔で話す。
「私たちもみなさんとお話しできて楽しいです。ところで、最初に今回の話をしてきた親戚の方というのは……」
弥生がちょっと遠慮がちに質問してみた。
「私はヒストリートラベルの社長の粋間さんよ」
「私の夫はヒストリートラベルの部長の美馬さんから聞いたって言ってたわよ」
二人は特に遠慮する様子も見せずにさらっと答えてくれた。
「みなさん、ヒストリートラベルの人から聞いたんですか?」
「そうじゃないかしら。社長の粋間さんは顔が広いし、面倒目がいいからね。実は私も粋間さんと親戚とはいっても、祖父母のさらに祖父母の頃につながりがあったらしいって話を聞いたことがあるだけだし」
「私の夫も美馬さんと直接親戚ってわけじゃないみたいよ。美馬さんも粋間さんと同じく社交的であちこちの方面に付き合いがあるからね」
「でも、粋間さんと美馬さん、あと今回のツアーで司会を務めている梨目さんだったかしら……この三人は、ここにいた人たちと先祖代々のつながりがあるって話を聞いたことはあるわよ」
「私もその話は聞いたことがあるわ」
弥生と伊代はスタッフの二人の話をじっと聞いていたが、後ろに料理を待っている人がいたので、話をそろそろ切り上げることにした。
「いろいろとありがとうございました」
「どういたしまして。ツアーを楽しんでね」
スタッフの二人は弥生と伊代を笑顔で見送ってくれた。
古代史研究会チームが食事を終えた頃に、文化財保存推進協会チームの四人が島の中の山林のほうから集落跡にやってきた。
「この島にはお宝らしきものは何もなかったな」
松永ががっかりした顔をしている。
「山の上には変なじじいがいたけどな。お宝については何も知らないって感じだったし、時間の無駄だったぜ」
斎藤が吐き捨てるように言う。
「何の手がかりもなしに山の中を歩いても見つからないんじゃない?」
富子も不満そうにしている。
「そう言うな。そんな簡単に見つかるわけないだろ」
石川が不満を言うメンバーをなだめる。
「腹減ったな。おっ、いい匂いがするな」
松永が料理を出している場所に気づいた。
そのままその場所までずかずかと歩いていくと、料理の順番を待って並んでいる列の先頭に割り込んだ。
「すみません。順番に並んでいますので……」
スタッフが並んでいる列を指さして、恐る恐る言う。
「ああ? こっちは腹ペコなんだよ」
松永は後ろを振り返り、列に並んでいる人を睨みつけて、
「何か文句あるのか」
と脅した。並んでいる人は、体が大きくて、しかも脅すような口調で話す松永が恐くて、何も言えなかった。
「誰も文句はないみたいだぜ。早く料理をよこせよ」
周りにいるスタッフや参加者も苦々しく思いながらも、恐くて何も言えない。
そのとき、
「おい! ちゃんと列に並べよ。みんな困っているだろ!」
近くにいた信二が声を上げた。
「そ、そうです。ルールはちゃんと守らないと……」
信二の隣にいた金次郎も、声を震わせながら松永に向かって言う。
「何だと? お前ら文句でもあんのか!」
松永がギロリと睨みつけて二人に向かってくる。
金次郎がびっくりして信二の後ろに隠れた。
「みんなが列に並んで順番を待っているのが見えないのか。後ろに並ぶのが当たり前だろう。そんなこともわからないのか」
信二が松永に向かって堂々と言う。後ろにいる金次郎も「そうです」とうなずいている。
「このやろう。言いたいことはそれだけか」
カッとなった松永が、信二の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとした。
そのとき、
「松永、やめろ」
後ろから石川が声をかける。
その声で信二を殴ろうとしていた松永の手が止まる。
「こんなガキにここまで言われて黙っていられると思うのか?」
松永が振り返って石川を見る。
「こんなとこで騒ぎを起こすなと言ってるんだ」
「あ?」
「お宝が見つかるまでは我慢しろ」
石川は松永の耳元に口を近づけて、
「お宝が見つかったら、後は好きにしていいってことだ」
とニヤリとしながらささやいた。
「ちっ!」
松永は信二の胸ぐらから手を離すと、
「この借りは後できっちり返すぜ。覚悟しとけ」
と言って、信二を突き飛ばしてその場を去っていった。
「ガキじゃないんだから、こんなとこで喧嘩するなんて馬鹿じゃないの」
富子がため息をついた。
「食い意地が張ってるからそうなるんだよ」
斎藤が笑いながら松永を見る。
「あ?」
松永が富子と斎藤を睨みつけた。二人は目をそらして知らないふりをする。
「あのガキ、ただじゃ済まさねえぞ」
松永が集落跡にいる信二をじっと睨みつけている。
「お前らいい加減にしろ。もう行くぞ」
石川が声をかけてボートに乗り込んだ。
他の三人もボートに乗り込み、文化財保存推進協会チームは島を後にした。
「何なのあいつら!」
弥生が腕組みをして怒っている。
「本当に嫌な人たちですね」
伊代も文化財保存推進協会チームが去っていった方向を睨んでいる。
「信二、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「ああ、何ともないよ」
「信二すごいじゃない。あんな大男に食ってかかるなんて」
「別にすごくなんてないよ。ただ、自分勝手なあいつらが許せなかっただけだよ」
と言いながらも、信二は弥生に褒められて少し照れている。
「金次郎君もよく言ったわ」
「そうですか? まあ、僕は信二さんの後ろに隠れていただけですけど」
伊代に言われて金次郎はうれしそうな顔をしている。
「いや、あなたたち本当によくやったよ」
「あなたが言わなきゃ私が言ってやったわよ」
さっき、弥生と伊代と話をしていたスタッフの人たちも信二と金次郎を褒めている。
「本当は我々スタッフが注意しないといけないのにすみません」
そこの場所の責任者と思われるスタッフの人も信二らに頭を下げた。
「僕たちもあいつが割り込んできたときに注意しなければいけなかったのに」
「カッコよかったです。どこの大学の方ですか?」
ツアーの参加者たちも口々に二人に賞賛の声をかける。
みんなから褒められて二人はニヤニヤしている。
「いや当然のことをしたまでです」
信二が表情をキリっとさせる。
「カッコいい!」
「今時こんな若者がいるなんてねえ」
信二のひと言を聞いて、またみんなが称賛した。
信二は顔を崩してニヤニヤしている。
弥生はそれを見て呆れた表情をしている。
「信二、もうそろそろ行くわよ」