第2話 東静大学古代史研究会① 新入生
文字数 3,319文字
数日前まで満開だった桜の花がそろそろ散り始めてきたこの日、東京都内にある東静 大学のキャンパスは、いつも以上に活気に満ち溢れていた。
今日は大学の新入生サークルオリエンテーションの日だ。この春入学したばかりの学生が、どのサークルに入ろうかとワクワクしながら学内を歩いている。新入生を勧誘する上級生の元気な声も聞こえ、キャンパス内は明るく華やかな雰囲気に包まれている。
「信二 、私たちのポスターはどこに貼ってあるの?」
古代史研究会二年生の弥生 が、不満そうな表情を浮かべている。
「確か掲示板のこの辺に……あった、ここだ」
同じく古代史研究会二年生の信二が、サークル紹介用の掲示板の一番下のほうを指さす。
「ここ? こんなとこじゃ誰も見ないんじゃないの? せっかく苦労して作ったのに……」
「仕方がないだろう。貼ろうとしたらもう他のサークルのでいっぱいになっていて、ここしか空いてなかったんだから。俺だってかなりがんばったんだぜ」
信二は口をとがらせて言い返した。
「一週間前には貼っておいてって言ったのに、貼ったのは昨日って言ってたわよね。しっかりしてよね、部長なんだから」
信二はひと言も反論できなかった。
古代史研究会は東静大学の文化系サークルで、その名のとおり、歴史、特に古代史について勉強しているサークルだ。
信二は二年生ながら古代史研究会の部長を務めている。そして、弥生が副部長をしている。他に四年生部員が一人いるのだが、いろいろと忙しい人なので、信二と弥生が部長と副部長を務めている。
といっても、その四年生を除くと部員はこの二人しかいない。
「仕方ないわね。とりあえず、部(ぶ)室(しつ)に戻って新入生が来るのを待ちましょう」
「そうだな」
二人は、文化系のサークルが入っている建物内にある古代史研究会の部室で待つことにした。
新入生サークルオリエンテーションは半日がかりで行われる。
その日の授業は午前中で終わり、午後からサークルオリエンテーションが始まる。新入生は自分が興味のあるサークルの部室に見学に行ったり、屋外で活動紹介をしているサークルの話を聞いたりして、自分が入るサークルを決める。
二人は古代史研究会の部室で新入生が来るのを待っていた。しかし、一時間以上待っても誰一人としてやってこなかった。
「やっぱり、外で新入生に声をかけてみる?」
「そうだな。このままじゃ一人も来ないかもしれない」
二人が立ち上がり、部室を出ようとしたそのとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
弥生が返事をして部室のドアを開けると、一人の女の子が立っていた。
「あの、古代史研究会の部屋はここでよろしかったでしょうか……」
女の子が遠慮がちに声をかけた。
「そうですよ。あっ、新入生の方ですか!」
弥生の顔が急に明るくなった。
「はい。いろいろとお話を聞きたいと思って」
「どうぞ、どうぞ。中に入って!」
女の子は、弥生の笑顔を見て少し安心したような顔を浮かべながら、部室に入る。
「私は古代史研究会二年生の出雲 弥生よ。で、こっちが同じく二年生で部長の信二よ」
「どうも。一応部長の武田 信二です」
「ここに座って、えっと……」
「桜井 伊代 といいます」
女の子が緊張しながら答えた。
「伊代ちゃんね。よろしくね。伊代ちゃんは他のサークルもいくつか見て回ってきたの?」
「いえ、最初からこのサークルに入ろうって決めていました。ただ、ここの場所がわからなくて……。掲示板も見たんですが、古代史研究会のポスターがなかった気がして……」
弥生が信二のほうを見てため息をつく。
「ポスターは一応、掲示板の一番下のほうにあったんだけど、あれじゃ気づかなかったわよね」
「あっ、そうなんですか。すいません。私、見落としちゃったみたいで……」
「いいのよ、伊代ちゃん。あのポスターを見つけられる人のほうが珍しいわよ」
弥生は再び信二のほうを見た。
「とにかく、ここに来られてよかったよ」
信二は笑ってごまかしている。
「二人ともお疲れさま。校内がやけに賑(にぎ)やかだと思ったら、今日はサークルオリエンテーションの日だったわね」
「小町 先輩!」
弥生がうれしそうに声を上げた。
やって来たのは、古代史研究会四年生の姫野 小町だ。整った顔立ちに、すらりとした長身。その姿はまるでモデルのようだ。
「弥生ちゃん、どうしたのそんなに興奮して。あら、その子は……」
小町が部室にいる伊代に気付く。
「小町先輩、新入生の伊代ちゃんです。古代史研究会に入ってるんです! こんなにかわいい子が来てくれて、私うれしくて、うれしくて。伊代ちゃん、四年生の小町先輩よ」
「こ、こんにちは。桜井伊代です」
「こんにちは、伊代ちゃん。四年生の姫野小町よ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
伊代は緊張して答えながら小町を見る。「この大学にこんなきれいな人がいるんだ」と思いながら見とれている。
「小町先輩は東静大学のミスキャンパスなのよ」
「ミスキャンパス……」
「そう、モデルのアルバイトもしているのよ」
「それで忙しくて、ここにもめったに顔を出さないんですよね、先輩」
信二がからかうように言った。
「だから、今日は来たでしょ。それより信二君」
小町が腕組みして信二に詰め寄った。
「他の新入生はどうしたの?」
「それが、今のところは誰も……」
「頼りない部長ねえ。あなたも見た目は悪くないんだし、弥生ちゃんも美人でしっかり者なんだから、二人で勧誘すればもっと新入生が集まってくるんじゃないの?」
「それを言うなら、ミスキャンパスの先輩が声をかければ、男子の新入生がたくさん入ってくると思いますけど……」
信二がぼそっと言い返す。
「そんなことで入ってくる新入生なんていらないわよ。本当に古代史に興味がある人だけ入ってくれればいいのよ。ねっ、伊代ちゃん」
「は、はい。そう思います」
急に話を振られた伊代が、あわてて返事をした。
「でも、もう少しでサークルオリエンテーションも終わりね。伊代ちゃんが来てくれたのはすごくうれしいけど、あとはもう来ないのかな? 信二、少し外を回ってみる?」
弥生が信二のほうを見る。
「よし、ちょっと行ってみるか」
二人が部室を出ようとすると、
「失礼します!」
という大きな声が部室の外から聞こえた。
その直後、一人の男の子が一礼をして部室に入ってきた。
外に出ようとしていた信二と弥生はびっくりした。
「ここが古代史研究会の部室でよろしいでしょうか?」
男の子は、丸坊主でどこか愛敬のある顔をしていた。
「そうだけど……」
信二は男の子の声の大きさに驚きながら答える。
「わたくし、ぜひこの古代史研究会に入りたいと思いまして」
男の子が礼儀正しく言うと、
「金次郎 君?」
男の声を聞いた伊代が顔を出した。
「あっ、伊代さん!」
伊代の姿を見つけた男の子の顔が真っ赤になった。
「伊代ちゃんの知り合い?」
弥生が二人の顔を交互に見た。
「はい。入学式でたまたま隣の席になって知り合ったんです。偶然最初の授業でも隣の席になって……」
「そのときに、伊代さんがこの古代史研究会に入りたいという話をしていたのを聞いて、私も入りたいと……いや、もちろん、私も歴史が大好きで入学した時からここに入ろうと決めていました」
金次郎があわてて答える。
「ようは伊代ちゃんが入るって聞いたから来たってわけか。だそうですよ、小町先輩」
信二が笑いながら小町のほうを見る。
小町はため息をつきながら答えた。
「まあ、そういう目的でもいいんじゃないの。真面目で面白そうな子だし」
「あっ、申し遅れましたがわたくし、新入生の鹿島 金次郎と申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくね、金次郎君」
弥生は二人の新入生を見ながら満面の笑みを浮かべている。
今日は大学の新入生サークルオリエンテーションの日だ。この春入学したばかりの学生が、どのサークルに入ろうかとワクワクしながら学内を歩いている。新入生を勧誘する上級生の元気な声も聞こえ、キャンパス内は明るく華やかな雰囲気に包まれている。
「
古代史研究会二年生の
「確か掲示板のこの辺に……あった、ここだ」
同じく古代史研究会二年生の信二が、サークル紹介用の掲示板の一番下のほうを指さす。
「ここ? こんなとこじゃ誰も見ないんじゃないの? せっかく苦労して作ったのに……」
「仕方がないだろう。貼ろうとしたらもう他のサークルのでいっぱいになっていて、ここしか空いてなかったんだから。俺だってかなりがんばったんだぜ」
信二は口をとがらせて言い返した。
「一週間前には貼っておいてって言ったのに、貼ったのは昨日って言ってたわよね。しっかりしてよね、部長なんだから」
信二はひと言も反論できなかった。
古代史研究会は東静大学の文化系サークルで、その名のとおり、歴史、特に古代史について勉強しているサークルだ。
信二は二年生ながら古代史研究会の部長を務めている。そして、弥生が副部長をしている。他に四年生部員が一人いるのだが、いろいろと忙しい人なので、信二と弥生が部長と副部長を務めている。
といっても、その四年生を除くと部員はこの二人しかいない。
「仕方ないわね。とりあえず、部(ぶ)室(しつ)に戻って新入生が来るのを待ちましょう」
「そうだな」
二人は、文化系のサークルが入っている建物内にある古代史研究会の部室で待つことにした。
新入生サークルオリエンテーションは半日がかりで行われる。
その日の授業は午前中で終わり、午後からサークルオリエンテーションが始まる。新入生は自分が興味のあるサークルの部室に見学に行ったり、屋外で活動紹介をしているサークルの話を聞いたりして、自分が入るサークルを決める。
二人は古代史研究会の部室で新入生が来るのを待っていた。しかし、一時間以上待っても誰一人としてやってこなかった。
「やっぱり、外で新入生に声をかけてみる?」
「そうだな。このままじゃ一人も来ないかもしれない」
二人が立ち上がり、部室を出ようとしたそのとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
弥生が返事をして部室のドアを開けると、一人の女の子が立っていた。
「あの、古代史研究会の部屋はここでよろしかったでしょうか……」
女の子が遠慮がちに声をかけた。
「そうですよ。あっ、新入生の方ですか!」
弥生の顔が急に明るくなった。
「はい。いろいろとお話を聞きたいと思って」
「どうぞ、どうぞ。中に入って!」
女の子は、弥生の笑顔を見て少し安心したような顔を浮かべながら、部室に入る。
「私は古代史研究会二年生の
「どうも。一応部長の
「ここに座って、えっと……」
「
女の子が緊張しながら答えた。
「伊代ちゃんね。よろしくね。伊代ちゃんは他のサークルもいくつか見て回ってきたの?」
「いえ、最初からこのサークルに入ろうって決めていました。ただ、ここの場所がわからなくて……。掲示板も見たんですが、古代史研究会のポスターがなかった気がして……」
弥生が信二のほうを見てため息をつく。
「ポスターは一応、掲示板の一番下のほうにあったんだけど、あれじゃ気づかなかったわよね」
「あっ、そうなんですか。すいません。私、見落としちゃったみたいで……」
「いいのよ、伊代ちゃん。あのポスターを見つけられる人のほうが珍しいわよ」
弥生は再び信二のほうを見た。
「とにかく、ここに来られてよかったよ」
信二は笑ってごまかしている。
「二人ともお疲れさま。校内がやけに賑(にぎ)やかだと思ったら、今日はサークルオリエンテーションの日だったわね」
「
弥生がうれしそうに声を上げた。
やって来たのは、古代史研究会四年生の
「弥生ちゃん、どうしたのそんなに興奮して。あら、その子は……」
小町が部室にいる伊代に気付く。
「小町先輩、新入生の伊代ちゃんです。古代史研究会に入ってるんです! こんなにかわいい子が来てくれて、私うれしくて、うれしくて。伊代ちゃん、四年生の小町先輩よ」
「こ、こんにちは。桜井伊代です」
「こんにちは、伊代ちゃん。四年生の姫野小町よ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
伊代は緊張して答えながら小町を見る。「この大学にこんなきれいな人がいるんだ」と思いながら見とれている。
「小町先輩は東静大学のミスキャンパスなのよ」
「ミスキャンパス……」
「そう、モデルのアルバイトもしているのよ」
「それで忙しくて、ここにもめったに顔を出さないんですよね、先輩」
信二がからかうように言った。
「だから、今日は来たでしょ。それより信二君」
小町が腕組みして信二に詰め寄った。
「他の新入生はどうしたの?」
「それが、今のところは誰も……」
「頼りない部長ねえ。あなたも見た目は悪くないんだし、弥生ちゃんも美人でしっかり者なんだから、二人で勧誘すればもっと新入生が集まってくるんじゃないの?」
「それを言うなら、ミスキャンパスの先輩が声をかければ、男子の新入生がたくさん入ってくると思いますけど……」
信二がぼそっと言い返す。
「そんなことで入ってくる新入生なんていらないわよ。本当に古代史に興味がある人だけ入ってくれればいいのよ。ねっ、伊代ちゃん」
「は、はい。そう思います」
急に話を振られた伊代が、あわてて返事をした。
「でも、もう少しでサークルオリエンテーションも終わりね。伊代ちゃんが来てくれたのはすごくうれしいけど、あとはもう来ないのかな? 信二、少し外を回ってみる?」
弥生が信二のほうを見る。
「よし、ちょっと行ってみるか」
二人が部室を出ようとすると、
「失礼します!」
という大きな声が部室の外から聞こえた。
その直後、一人の男の子が一礼をして部室に入ってきた。
外に出ようとしていた信二と弥生はびっくりした。
「ここが古代史研究会の部室でよろしいでしょうか?」
男の子は、丸坊主でどこか愛敬のある顔をしていた。
「そうだけど……」
信二は男の子の声の大きさに驚きながら答える。
「わたくし、ぜひこの古代史研究会に入りたいと思いまして」
男の子が礼儀正しく言うと、
「
男の声を聞いた伊代が顔を出した。
「あっ、伊代さん!」
伊代の姿を見つけた男の子の顔が真っ赤になった。
「伊代ちゃんの知り合い?」
弥生が二人の顔を交互に見た。
「はい。入学式でたまたま隣の席になって知り合ったんです。偶然最初の授業でも隣の席になって……」
「そのときに、伊代さんがこの古代史研究会に入りたいという話をしていたのを聞いて、私も入りたいと……いや、もちろん、私も歴史が大好きで入学した時からここに入ろうと決めていました」
金次郎があわてて答える。
「ようは伊代ちゃんが入るって聞いたから来たってわけか。だそうですよ、小町先輩」
信二が笑いながら小町のほうを見る。
小町はため息をつきながら答えた。
「まあ、そういう目的でもいいんじゃないの。真面目で面白そうな子だし」
「あっ、申し遅れましたがわたくし、新入生の
「よろしくね、金次郎君」
弥生は二人の新入生を見ながら満面の笑みを浮かべている。