第14話 邪馬台国ツアースタート!
文字数 3,324文字
ついに邪馬台国ツアーがスタートした。
スタートの合図とともに、イベント会場に全力で走って向かうチーム、ゆっくりと歩いて向かうチーム、まずは全員で打ち合わせをしているチームと、各チームがそれぞれ行動を開始した。
「よし、俺たちも行こう!」
信二の掛け声で、古代史研究会チームも会場に向かって歩き始めた。
間もなく全てのチームがイベント会場に入った。ツアーのルールを説明していた場所には、美馬と梨目だけが残っていた。
「なかなかすばらしい司会ぶりだったじゃないか」
美馬が笑いながら褒めると、
「邪馬台国ムードを作り上げるためにがんばりましたよ」
梨目は苦笑いを浮かべる。
「いよいよ始まったな。俺はいったん会社に戻って、社長にツアーがスタートしたことを報告してくる。あとは頼んだぞ。何かあったら知らせてくれ」
「何かあったら……邪馬台国に関する情報が入ったらってことですね」
美馬は何も答えずに梨目を見る。その目は「そのとおりだ」と告げている。
「わかりました。そのときはすぐにお知らせします」
梨目は返事をしてイベント会場に向かう。
それを見届けて美馬はその場を去った。
イベント会場は、売店や飲食店のスタッフやツアーの参加者たちで溢れていた。
スタッフの人たちは全員が古代人のような格好をしていた。
「やっぱりそうよ。さっきは遠かったからはっきりとはわからなかったけど、この人たちの衣装や髪形は、『魏志倭人伝』に書かれた倭国の人たちの姿と同じものよ」
弥生がスタッフの人たちの姿を見て言った。
倭国の人の見た目について、『魏志倭人伝』には、
「男子は、顔や体に入れ墨をしている。頭には冠を被らずに、髪を露わにしたままで結い、木綿 という麻の一種の植物繊維によって頭上に巻き上げている。衣服はひと続きの横に広い布を使い、ただ束ね結んでつなげているが、ほとんど縫っていない。
女子は、髪を振り乱しているか、曲げて頭の上に結い上げている。衣服は中国の単衣 の寝間着 のようで、その中央部に穴を開けて頭を通して着ている」
と書かれている。
「いいなあ。私もこの衣装を着てみたい」
伊代がつぶやくと、それを聞いた衣装を売っているスタッフが、伊代に声をかける
「私たちが着ているのは邪馬台国の人たちの衣装よ」
「邪馬台国の人たちの衣装?」
「そうよ。衣装ならここで売ってるわよ。あなた、かわいいからきっと似合うわよ」
口が上手で愛想がいいおばさんといった表現がぴったりの女性が、声をかけるなり、伊代のサイズに合う衣装を持ってきた。
「この衣装かわいい!」
伊代は女性が持ってきた衣装を自分の体に当ててみた。
「伊代ちゃん、すごくかわいいわよ」
弥生が言うと、
「伊代さん、とてもお似合いです」
伊代に見とれている金次郎も顔を真っ赤にして照れながら言う。
「私、これ気に入りました。これをください」
伊代は衣装を手にしてうれしそうにしている。
「それと、今この衣装を着たいんですが……」
「えっ、今着るの?」
信二が少し驚いた顔を見せる。
「はい。すごく気にいって、今すぐ着たくてしょうがないんです」
伊代が満面の笑みを浮かべて答える。
「はいどうぞ。お店の裏に更衣室があるから着替えてくるといいわ」
女性が伊代に衣装を渡して、更衣室に案内してくれた。
邪馬台国の衣装に着替えた伊代が更衣室から出てくると、古代史研究会のメンバーだけでなく、お店のスタッフたちも伊予のことを見て「おー」という声を上げている。
「あなた、お似合いよ。若い頃の卑弥呼様にそっくりよ」
「本当に。卑弥呼様の再来ね」
スタッフの人たちが口々に言うのを聞いて、金次郎が、
「えっ、みなさん卑弥呼を知っているんですか?」
と素朴に感じたことを質問した。
「そんなことはどうでもいいのよ。とにかく卑弥呼様に似てるのよ」
「そうそう。あなたももっときちんとした服を着ないと女性にモテないわよ」
スタッフの人にそう言われ、金次郎は苦笑いを浮かべている。
「素敵な衣装をありがとうございました」
伊代はスタッフの人に丁寧にお礼を言う。四人は店を出た。
「何これ? 古代人のコスプレに食べ物の出店って、ただの地方の町おこしのイベントじゃないの。やっぱり来なきゃよかった」
文化財保存推進協会チームの富子がうんざりした表情をしている。
「まあそう言うな。本番の宝探しはこれからだ」
リーダーの石川が富子をなだめる。
「おっ、あの女性は確か……」
石川は前方を歩いている参加者たちの中から、古代史研究会チームの弥生を見つけた。
石川は古代史研究会のほうに近づいていくと、弥生に声をかけた。
「すみません。ひょっとして、あなたはあの藤原大和先生のところの学生さんじゃありませんか?」
急に声をかけられた弥生はとまどいの表情を見せる。
「そうですけど……」
「えーと、確か出雲弥生さんでしたよね。私、藤原先生と去年、遺跡の発掘現場でお会いしまして、そのとき確かあなたもいらっしゃいましたよね」
弥生は目の前にいる男をじっと見た。少し考えて、言葉遣いは一見丁寧だが、ちょっと怪しい雰囲気のする男の顔を思い出した。
「ああ、そういえばあのときにお会いしましたね、すみません、すぐに思い出せなくて」
「とんでもありません。あの時はあいさつをしただけですから、覚えてなくても無理はありません」
石川は古代史研究会チームのメンバーをちらっと見て尋ねる。
「なるほど、みなさんが東静大学の古代史研究会のメンバーですね。今日は藤原先生はいらっしゃらないのですか?」
「先生は今回のツアーには参加していません」
「そうですか。それは残念ですね。いや、我々にとってはラッキーですかね。藤原先生がいれば、どのチームよりも早く邪馬台国の場所も道具も簡単に見つけてしまうでしょうから」
石川がにこやかな表情を浮かべながら話をしていると、
「東静大学? というと、あなたたち、姫野小町って女のことを知ってる?」
後ろで話を聞いていた富子が、弥生に話しかけてきた。
「小町先輩をご存知なんですか?」
小町の名前を聞いた弥生が、逆に富子に尋ねる。
「あいつを知ってるのね。私とあいつは高校の同級生なのよ。あんな女でも、秋田の田舎では、美人で頭がいいってちやほやされていたのよ。私のほうが美人で頭がいいのに。成績もたまたまあいつのほうが少しよかっただけなのに……」
富子は苦々しい表情をしながら答える。
「小町先輩は東静大学のミスキャンパスなんですよ。モデルの仕事もしていて、学校中の男性の憧れの的なんですよ」
「ミスキャンパス! あの女が……」
「女性から見てもカッコいいんですよ。美人でやさしくて、行動力もあって……」
「あの女が憧れの的? カッコいい? あいつが私と同レベルの美しさを備えているってことなの……」
「いや、あなたより小町先輩のほうがはるかに美人だと思いますよ」
脇にいた金次郎が思わず口を挟むと、富子が金次郎を睨みつける。
「すいません、つい本当のことを……あっ、すいません」
金次郎のそのひと言で、富子はさらにカチンときて金次郎を再び睨みつける。
「おいおい、そのくらいにしとけ。みなさん、どうもすみません」
石川が間に入って富子を後ろに下がらせた。
「みなさん、それではまた。邪馬台国を見つけるためにお互いがんばりましょう」
石川と富子はその場を去っていった。
「なんか変な奴らだな。弥生はあの男を知っているのか?」
「先生といっしょに発掘現場に行ったときに見た気がするけど……確か文化財保存推進協会とか何とか言っていた気がする。けど、どんな人なのかはわからないわ」
「私、なんとなくあの人たち嫌いです。何か悪いことをたくらんでいる気がします」
伊代が去っていく石川と富子の後ろ姿をじっと見つめている。
「ま、他のチームは気にせず、俺たちは俺たちで行こうぜ」
信二の言葉に全員がうなずいた。
スタートの合図とともに、イベント会場に全力で走って向かうチーム、ゆっくりと歩いて向かうチーム、まずは全員で打ち合わせをしているチームと、各チームがそれぞれ行動を開始した。
「よし、俺たちも行こう!」
信二の掛け声で、古代史研究会チームも会場に向かって歩き始めた。
間もなく全てのチームがイベント会場に入った。ツアーのルールを説明していた場所には、美馬と梨目だけが残っていた。
「なかなかすばらしい司会ぶりだったじゃないか」
美馬が笑いながら褒めると、
「邪馬台国ムードを作り上げるためにがんばりましたよ」
梨目は苦笑いを浮かべる。
「いよいよ始まったな。俺はいったん会社に戻って、社長にツアーがスタートしたことを報告してくる。あとは頼んだぞ。何かあったら知らせてくれ」
「何かあったら……邪馬台国に関する情報が入ったらってことですね」
美馬は何も答えずに梨目を見る。その目は「そのとおりだ」と告げている。
「わかりました。そのときはすぐにお知らせします」
梨目は返事をしてイベント会場に向かう。
それを見届けて美馬はその場を去った。
イベント会場は、売店や飲食店のスタッフやツアーの参加者たちで溢れていた。
スタッフの人たちは全員が古代人のような格好をしていた。
「やっぱりそうよ。さっきは遠かったからはっきりとはわからなかったけど、この人たちの衣装や髪形は、『魏志倭人伝』に書かれた倭国の人たちの姿と同じものよ」
弥生がスタッフの人たちの姿を見て言った。
倭国の人の見た目について、『魏志倭人伝』には、
「男子は、顔や体に入れ墨をしている。頭には冠を被らずに、髪を露わにしたままで結い、
女子は、髪を振り乱しているか、曲げて頭の上に結い上げている。衣服は中国の
と書かれている。
「いいなあ。私もこの衣装を着てみたい」
伊代がつぶやくと、それを聞いた衣装を売っているスタッフが、伊代に声をかける
「私たちが着ているのは邪馬台国の人たちの衣装よ」
「邪馬台国の人たちの衣装?」
「そうよ。衣装ならここで売ってるわよ。あなた、かわいいからきっと似合うわよ」
口が上手で愛想がいいおばさんといった表現がぴったりの女性が、声をかけるなり、伊代のサイズに合う衣装を持ってきた。
「この衣装かわいい!」
伊代は女性が持ってきた衣装を自分の体に当ててみた。
「伊代ちゃん、すごくかわいいわよ」
弥生が言うと、
「伊代さん、とてもお似合いです」
伊代に見とれている金次郎も顔を真っ赤にして照れながら言う。
「私、これ気に入りました。これをください」
伊代は衣装を手にしてうれしそうにしている。
「それと、今この衣装を着たいんですが……」
「えっ、今着るの?」
信二が少し驚いた顔を見せる。
「はい。すごく気にいって、今すぐ着たくてしょうがないんです」
伊代が満面の笑みを浮かべて答える。
「はいどうぞ。お店の裏に更衣室があるから着替えてくるといいわ」
女性が伊代に衣装を渡して、更衣室に案内してくれた。
邪馬台国の衣装に着替えた伊代が更衣室から出てくると、古代史研究会のメンバーだけでなく、お店のスタッフたちも伊予のことを見て「おー」という声を上げている。
「あなた、お似合いよ。若い頃の卑弥呼様にそっくりよ」
「本当に。卑弥呼様の再来ね」
スタッフの人たちが口々に言うのを聞いて、金次郎が、
「えっ、みなさん卑弥呼を知っているんですか?」
と素朴に感じたことを質問した。
「そんなことはどうでもいいのよ。とにかく卑弥呼様に似てるのよ」
「そうそう。あなたももっときちんとした服を着ないと女性にモテないわよ」
スタッフの人にそう言われ、金次郎は苦笑いを浮かべている。
「素敵な衣装をありがとうございました」
伊代はスタッフの人に丁寧にお礼を言う。四人は店を出た。
「何これ? 古代人のコスプレに食べ物の出店って、ただの地方の町おこしのイベントじゃないの。やっぱり来なきゃよかった」
文化財保存推進協会チームの富子がうんざりした表情をしている。
「まあそう言うな。本番の宝探しはこれからだ」
リーダーの石川が富子をなだめる。
「おっ、あの女性は確か……」
石川は前方を歩いている参加者たちの中から、古代史研究会チームの弥生を見つけた。
石川は古代史研究会のほうに近づいていくと、弥生に声をかけた。
「すみません。ひょっとして、あなたはあの藤原大和先生のところの学生さんじゃありませんか?」
急に声をかけられた弥生はとまどいの表情を見せる。
「そうですけど……」
「えーと、確か出雲弥生さんでしたよね。私、藤原先生と去年、遺跡の発掘現場でお会いしまして、そのとき確かあなたもいらっしゃいましたよね」
弥生は目の前にいる男をじっと見た。少し考えて、言葉遣いは一見丁寧だが、ちょっと怪しい雰囲気のする男の顔を思い出した。
「ああ、そういえばあのときにお会いしましたね、すみません、すぐに思い出せなくて」
「とんでもありません。あの時はあいさつをしただけですから、覚えてなくても無理はありません」
石川は古代史研究会チームのメンバーをちらっと見て尋ねる。
「なるほど、みなさんが東静大学の古代史研究会のメンバーですね。今日は藤原先生はいらっしゃらないのですか?」
「先生は今回のツアーには参加していません」
「そうですか。それは残念ですね。いや、我々にとってはラッキーですかね。藤原先生がいれば、どのチームよりも早く邪馬台国の場所も道具も簡単に見つけてしまうでしょうから」
石川がにこやかな表情を浮かべながら話をしていると、
「東静大学? というと、あなたたち、姫野小町って女のことを知ってる?」
後ろで話を聞いていた富子が、弥生に話しかけてきた。
「小町先輩をご存知なんですか?」
小町の名前を聞いた弥生が、逆に富子に尋ねる。
「あいつを知ってるのね。私とあいつは高校の同級生なのよ。あんな女でも、秋田の田舎では、美人で頭がいいってちやほやされていたのよ。私のほうが美人で頭がいいのに。成績もたまたまあいつのほうが少しよかっただけなのに……」
富子は苦々しい表情をしながら答える。
「小町先輩は東静大学のミスキャンパスなんですよ。モデルの仕事もしていて、学校中の男性の憧れの的なんですよ」
「ミスキャンパス! あの女が……」
「女性から見てもカッコいいんですよ。美人でやさしくて、行動力もあって……」
「あの女が憧れの的? カッコいい? あいつが私と同レベルの美しさを備えているってことなの……」
「いや、あなたより小町先輩のほうがはるかに美人だと思いますよ」
脇にいた金次郎が思わず口を挟むと、富子が金次郎を睨みつける。
「すいません、つい本当のことを……あっ、すいません」
金次郎のそのひと言で、富子はさらにカチンときて金次郎を再び睨みつける。
「おいおい、そのくらいにしとけ。みなさん、どうもすみません」
石川が間に入って富子を後ろに下がらせた。
「みなさん、それではまた。邪馬台国を見つけるためにお互いがんばりましょう」
石川と富子はその場を去っていった。
「なんか変な奴らだな。弥生はあの男を知っているのか?」
「先生といっしょに発掘現場に行ったときに見た気がするけど……確か文化財保存推進協会とか何とか言っていた気がする。けど、どんな人なのかはわからないわ」
「私、なんとなくあの人たち嫌いです。何か悪いことをたくらんでいる気がします」
伊代が去っていく石川と富子の後ろ姿をじっと見つめている。
「ま、他のチームは気にせず、俺たちは俺たちで行こうぜ」
信二の言葉に全員がうなずいた。