第50話 星空
文字数 1,658文字
「何だ?」
言い淀むエルにファブリスが続きを促した。
「ファブリスさんは、これからどうするつもりなんですか?」
一瞬だけ逡巡するような素振りを見せたものの、エルは意を決したように一気に言葉を吐き出した。
言葉を吐き出した後は迷う様子を見せずに、エルは赤色の瞳をファブリスに向け続けている。
エルの言葉を聞いてファブリスは、同じことを自身に問いかけていた。自分はどうするのだろうかと。
アズラルトには代償を払ってもらう。それは間違いない。マルヴィナとガルディスも同様だ。
ならば、その後は?
ファブリスはそこで思考に行き詰まってエルに意識を戻した。エルは先程と変わらずに無言で赤い瞳をファブリスに向け続けている。
かつての邪神がそうだったように、全ての人族と魔族の死を願うのか?
以前は自分も漠然とそう思っていたはずなのでは?
ファブリスは自問したが答えが出ることはなかった。人族、そして魔族への怒りや恨み。そういった負の感情が以前は確かに自分の中にあった。
その怒りや恨みが今は綺麗に霧散してしまったなどと言うつもりはない。ただ、こうして自問して考えてみると、怒りや恨みといった負の感情が以前とは違って薄まっている気がしてくる。
いや、薄まったというのは正確ではないのだろう。それらが違う何かに変化しつつあるのかもしれなかった。
やはり、自分の中で何かが変わりつつあるのか。もしくは既に変わったということなのだろうか。
「……根絶やしだ」
ファブリスが呟くと、瞬時にエルの表情が強張った。そんなエルの顔を見て、何かと分かりやすい娘だとファブリスは思う。
「そう思っていたはずだったのだがな」
「……今は違うのですか?」
エルの探るような言葉にファブリスは無言で濃い灰色の頭を左右に振った。正直、自分でも分からなかった。全ての人族、全ての魔族を憎む気持ちは確かに今でもここにあるのだ。
「分からないな。アズラルトたちに罪を償わせる。それは間違いない。だが、その後に俺が何を思い、何をするのかはな……」
ファブリスはそこまで言って口を噤む。自分は何を言い出すつもりだったのだろうかとファブリスは思う。
そして、改めて不思議な娘だと思う。感化されたなどというつもりはない。だが、エルには他人を無防備にさせてしまうような何かがあるようだった。
自分が以前と変わりつつある一因も、やはりエルによるものなのだろうか。
「エル、俺が人族、そして魔族も憎んでいる気持ちに嘘はない。その気持ちはこれからもなくなりはしないだろう。だが……」
ファブリスはそこで一度、言葉を切った。エルが無言で頷く。それと同時にエルの顔に悲しげなものが浮かぶ。そんなエルの顔を見ていると、ファブリスは自分の心が僅かにざわついてくるのを感じてる。
そのざわつきを感じながら、ファブリスはそうなのかと気がつく。自分はこの顔が苦手なのだ。エルのこういった顔を見ていると妙な居心地の悪さを感じるのだ。
何故か……。
答えは明白だった。考えるまでもない。それに自分は今まで気づかないふりをしているだけなのだとファブリスは思う。
自分は変わりつつある。もしくは変わったと認めざるを得ないのかもしれなかった。正確に言えば元に戻りつつあるといったことなのだろうか。そう思いながらファブリスは赤毛の少女を見つめた。
やはり自分を変えた一因はこの赤毛の少女にあるのだろう。ファブリスは再び口を開いた。
「約束はできない。だけれども、努力はしよう」
そう言ってファブリスは後に続く言葉を飲み込んだのだった。
エルはファブリスの言葉を聞くと、少しだけ安堵した様子だった。そして、少しだけ微笑みながら赤い瞳を夜空に向けた。
「ファブリスさん、星がたくさん……とても綺麗ですよ」
エルの言葉に促されてファブリスも夜空に顔を向けた。空を見上げることなどはいつ以来だったろうか。エルの言う通り夜空には数え切れない星が瞬いている。それらを凝視していると星との距離感が分からなくなってくるのが不思議だった。
言い淀むエルにファブリスが続きを促した。
「ファブリスさんは、これからどうするつもりなんですか?」
一瞬だけ逡巡するような素振りを見せたものの、エルは意を決したように一気に言葉を吐き出した。
言葉を吐き出した後は迷う様子を見せずに、エルは赤色の瞳をファブリスに向け続けている。
エルの言葉を聞いてファブリスは、同じことを自身に問いかけていた。自分はどうするのだろうかと。
アズラルトには代償を払ってもらう。それは間違いない。マルヴィナとガルディスも同様だ。
ならば、その後は?
ファブリスはそこで思考に行き詰まってエルに意識を戻した。エルは先程と変わらずに無言で赤い瞳をファブリスに向け続けている。
かつての邪神がそうだったように、全ての人族と魔族の死を願うのか?
以前は自分も漠然とそう思っていたはずなのでは?
ファブリスは自問したが答えが出ることはなかった。人族、そして魔族への怒りや恨み。そういった負の感情が以前は確かに自分の中にあった。
その怒りや恨みが今は綺麗に霧散してしまったなどと言うつもりはない。ただ、こうして自問して考えてみると、怒りや恨みといった負の感情が以前とは違って薄まっている気がしてくる。
いや、薄まったというのは正確ではないのだろう。それらが違う何かに変化しつつあるのかもしれなかった。
やはり、自分の中で何かが変わりつつあるのか。もしくは既に変わったということなのだろうか。
「……根絶やしだ」
ファブリスが呟くと、瞬時にエルの表情が強張った。そんなエルの顔を見て、何かと分かりやすい娘だとファブリスは思う。
「そう思っていたはずだったのだがな」
「……今は違うのですか?」
エルの探るような言葉にファブリスは無言で濃い灰色の頭を左右に振った。正直、自分でも分からなかった。全ての人族、全ての魔族を憎む気持ちは確かに今でもここにあるのだ。
「分からないな。アズラルトたちに罪を償わせる。それは間違いない。だが、その後に俺が何を思い、何をするのかはな……」
ファブリスはそこまで言って口を噤む。自分は何を言い出すつもりだったのだろうかとファブリスは思う。
そして、改めて不思議な娘だと思う。感化されたなどというつもりはない。だが、エルには他人を無防備にさせてしまうような何かがあるようだった。
自分が以前と変わりつつある一因も、やはりエルによるものなのだろうか。
「エル、俺が人族、そして魔族も憎んでいる気持ちに嘘はない。その気持ちはこれからもなくなりはしないだろう。だが……」
ファブリスはそこで一度、言葉を切った。エルが無言で頷く。それと同時にエルの顔に悲しげなものが浮かぶ。そんなエルの顔を見ていると、ファブリスは自分の心が僅かにざわついてくるのを感じてる。
そのざわつきを感じながら、ファブリスはそうなのかと気がつく。自分はこの顔が苦手なのだ。エルのこういった顔を見ていると妙な居心地の悪さを感じるのだ。
何故か……。
答えは明白だった。考えるまでもない。それに自分は今まで気づかないふりをしているだけなのだとファブリスは思う。
自分は変わりつつある。もしくは変わったと認めざるを得ないのかもしれなかった。正確に言えば元に戻りつつあるといったことなのだろうか。そう思いながらファブリスは赤毛の少女を見つめた。
やはり自分を変えた一因はこの赤毛の少女にあるのだろう。ファブリスは再び口を開いた。
「約束はできない。だけれども、努力はしよう」
そう言ってファブリスは後に続く言葉を飲み込んだのだった。
エルはファブリスの言葉を聞くと、少しだけ安堵した様子だった。そして、少しだけ微笑みながら赤い瞳を夜空に向けた。
「ファブリスさん、星がたくさん……とても綺麗ですよ」
エルの言葉に促されてファブリスも夜空に顔を向けた。空を見上げることなどはいつ以来だったろうか。エルの言う通り夜空には数え切れない星が瞬いている。それらを凝視していると星との距離感が分からなくなってくるのが不思議だった。