第18話 人族と魔族の違い
文字数 1,586文字
「……ファブリス様、買い物にエルを一人で行かせてよかったので?」
エルが部屋を出た後、マーサがそう訊いてきた。ファブリスは言われた意味が分からず、不思議そうな顔でマーサを凝視した。そんな様子のファブリスにマーサは苦笑する。
「どういうことだ。金でも持ち逃げされるのか?」
金の持ち逃げをするような者には見えないが。ファブリスはそう思いつつ、マーサに向かって口を開いた。
そんなファブリスの言葉にマーサはもう一度、苦笑を浮かべた。
「違いますよ。一人では危険だと言ってるのです。魔族への差別は都市部ほど酷くなると聞いているので」
そんなものかとファブリスは思う。心配ならばマーサがエルについていけばいいのではないかと思ったファブリスだったが、それを言い出したマーサにはどうやらそのつもりがないらしかった。
上手いことマーサに乗せられた気がしないでもなかったが、ファブリスはエルを追いかけて部屋を後にしたのだった。
宿を出たファブリスは程なくしてエルに追いつくことができた。しかし、エルに何と声をかけていいのかが分からず、ファブリスは何となくその後をついていくことにする。
人の往来は多く、ファブリスとすれ違う人々は片腕で長剣を背負っているファブリスを時に興味深げな視線を送ってくる。行き交う人々の中にはファブリスの赤い瞳に気がつくと露骨に眉を顰める人族もいた。
それらを黙殺しながら、ファブリスはエルの後を追いかけて歩いていた。
そのように行き交う人々は多かったが、エルの赤い頭はその中でも目立っていて後をついていくのは比較的容易だった。
別に自分がエルの身を案じてついていく必要はないとの思いが頭の片隅にあった。その思いを頭の片隅に泳がせたままで、ファブリスはエルに少しだけ遅れる格好で歩みを進めていた。
エルは赤い頭を忙しく左右に振りながら、行き交う人々や街並みを興味深げに見ているようだった。
奴隷として売られた娘だ。エルが魔族だけの貧しい辺境にあるような村で生まれ育ったことは、言われなくても容易に想像できた。このように大きな都市だと見るもの全てが刺激的で珍しいのだろう。
そういえば自分もそうだったなとファブリスは思う。アズラルトたちと一緒に初めて大きな都市に来た時は、見るもの全てが新鮮で驚いたものだった。
……目が丸くなっているわよ。
驚くファブリスを見て、セリアに笑われたことをファブリスは思い出す。
セリア……。
ファブリスは口の中で苦い味を覚える。頭の奥が怒りでぷすぶすと泡立つ感覚がある。魂喰らいの獣によって食いちぎられた筈の左腕に、鈍い痛みを感じるのは気のせいなのだろうか。
だが、とファブリスは思った。セリアが死ぬ以前のことを思い出したのはいつ以来だったろうか。思い出すことなど久しくなかった気がする。
やはり……。
ファブリスはそう思いエルの赤い頭に再び視線を向けた。
気がつくとエルは何やら奴隷と思しき二人の子供と話し込んでいた。エルが近くにある屋台の焼き菓子を指差していることから、どうやら二人の子供に焼き菓子を買い与えようとしているのだとファブリスは思う。
焼き菓子の金額などは別に大した金額ではない。だから人の金を勝手に使ってなどとは流石に思わないが、エルの行為が意味のあるものだとは思えなかった。可哀想だからという感情だけでその場しのぎでしかない施しを与えたところで、彼らの今や今後の境遇が変わるわけではないのだ。
だが……セリアもそうだったなとファブリスは思う。民として認められていない獣人族を除けば、この国、ダナイ皇国では最下層の身分でしかない魔族。
彼女はそんな魔族の待遇にいつも心を痛めていた。
……ねえ、ファブリス、知ってる? 人族と魔族の違いって何なのかな?
いつの日だったかセリアはそんな質問をファブリスにしたのだった。
エルが部屋を出た後、マーサがそう訊いてきた。ファブリスは言われた意味が分からず、不思議そうな顔でマーサを凝視した。そんな様子のファブリスにマーサは苦笑する。
「どういうことだ。金でも持ち逃げされるのか?」
金の持ち逃げをするような者には見えないが。ファブリスはそう思いつつ、マーサに向かって口を開いた。
そんなファブリスの言葉にマーサはもう一度、苦笑を浮かべた。
「違いますよ。一人では危険だと言ってるのです。魔族への差別は都市部ほど酷くなると聞いているので」
そんなものかとファブリスは思う。心配ならばマーサがエルについていけばいいのではないかと思ったファブリスだったが、それを言い出したマーサにはどうやらそのつもりがないらしかった。
上手いことマーサに乗せられた気がしないでもなかったが、ファブリスはエルを追いかけて部屋を後にしたのだった。
宿を出たファブリスは程なくしてエルに追いつくことができた。しかし、エルに何と声をかけていいのかが分からず、ファブリスは何となくその後をついていくことにする。
人の往来は多く、ファブリスとすれ違う人々は片腕で長剣を背負っているファブリスを時に興味深げな視線を送ってくる。行き交う人々の中にはファブリスの赤い瞳に気がつくと露骨に眉を顰める人族もいた。
それらを黙殺しながら、ファブリスはエルの後を追いかけて歩いていた。
そのように行き交う人々は多かったが、エルの赤い頭はその中でも目立っていて後をついていくのは比較的容易だった。
別に自分がエルの身を案じてついていく必要はないとの思いが頭の片隅にあった。その思いを頭の片隅に泳がせたままで、ファブリスはエルに少しだけ遅れる格好で歩みを進めていた。
エルは赤い頭を忙しく左右に振りながら、行き交う人々や街並みを興味深げに見ているようだった。
奴隷として売られた娘だ。エルが魔族だけの貧しい辺境にあるような村で生まれ育ったことは、言われなくても容易に想像できた。このように大きな都市だと見るもの全てが刺激的で珍しいのだろう。
そういえば自分もそうだったなとファブリスは思う。アズラルトたちと一緒に初めて大きな都市に来た時は、見るもの全てが新鮮で驚いたものだった。
……目が丸くなっているわよ。
驚くファブリスを見て、セリアに笑われたことをファブリスは思い出す。
セリア……。
ファブリスは口の中で苦い味を覚える。頭の奥が怒りでぷすぶすと泡立つ感覚がある。魂喰らいの獣によって食いちぎられた筈の左腕に、鈍い痛みを感じるのは気のせいなのだろうか。
だが、とファブリスは思った。セリアが死ぬ以前のことを思い出したのはいつ以来だったろうか。思い出すことなど久しくなかった気がする。
やはり……。
ファブリスはそう思いエルの赤い頭に再び視線を向けた。
気がつくとエルは何やら奴隷と思しき二人の子供と話し込んでいた。エルが近くにある屋台の焼き菓子を指差していることから、どうやら二人の子供に焼き菓子を買い与えようとしているのだとファブリスは思う。
焼き菓子の金額などは別に大した金額ではない。だから人の金を勝手に使ってなどとは流石に思わないが、エルの行為が意味のあるものだとは思えなかった。可哀想だからという感情だけでその場しのぎでしかない施しを与えたところで、彼らの今や今後の境遇が変わるわけではないのだ。
だが……セリアもそうだったなとファブリスは思う。民として認められていない獣人族を除けば、この国、ダナイ皇国では最下層の身分でしかない魔族。
彼女はそんな魔族の待遇にいつも心を痛めていた。
……ねえ、ファブリス、知ってる? 人族と魔族の違いって何なのかな?
いつの日だったかセリアはそんな質問をファブリスにしたのだった。