第62話 私が私を殺す

文字数 1,564文字

「身寄りも後ろ盾もない。だけども才気が溢れる人族の祭司見習いなんて、感情も精神も醜く歪んだ奴らには格好の獲物よね。抑圧された醜く歪な魔族の感情と精神を癒すための。まだ十二歳の何もしらない少女を彼らは性的にも精神的にも犯すの。それも笑いながらね」

 胸糞の悪い話だった。だが、珍しい話でもないだろう。奴隷の魔族であれば、そのような話などいくらでもあるのだろう。胸糞の悪いそのような話は何もマルヴィナに限ったことではない。

「魔族だけじゃないわ。笑いながら犯した奴の中には人族もいたわね。マナ教の内部なんて一部の高位に位置する司祭を除けば、権威主義からこぼれ落ちてしまって感情も精神も醜く歪んだ人たちの集団なのよ。神に対する崇高な気持ちなんて欠片もない。そこにあるのは醜く歪んだ感情と精神だけなの」
「どうでもいい話だ。それを免罪符にでもするつもりか? だからと言ってセリアを無惨に殺していい理由にはならない」

 今の話だけを聞けば、マルヴィナには同情できる余地はあるかもしれない。だが、それでもマルヴィナが行ったことを肯定することなどできるはずもなかった。

 同情? 
 そこまで考えて、そんな自身の思いにファブリスは内心で苦笑する。ここにきて本当に人としての感情が自分に戻ってきたのだろうかとファブリスは思う。

「あら、そんなことは言っていないのよ。私は殺したいから殺すだけだもの。そこにたまたまセリアがいただけなのよ。私は魔族も人族も全てに復讐したいだけだから。皆、この手で殺したいだけなのだから。セリア個人になんて興味はなかったもの」

 マルヴィナはファブリスに向けて小首を傾げた。そして、その端正な顔に狂気に満ちた笑いを浮かべる。

「やれやれじゃのう。どこぞの誰かが言いそうな台詞じゃな。邪神もそうじゃが、お主も狂っておるのう」

 アイシスの呆れたような言葉にマルヴィナは、ふふふと笑う。それは狂気が多分に含まれた笑い声だ。

「皆、私が殺してあげるの。皆、殺してあげるの。だって、マナ教の最高指導者、教皇に殺されるのよ。信者としては、いえ信者ではなくても最高の幸せじゃないかしら?」

 そう言いながらマルヴィナは狂気の笑みを浮かべている。マルヴィナが持つ狂気。ファブリスは今、その深淵を少しだけ覗いた気がした。

 ではアズラルトが持つ狂気は何なのだろうかとの疑問がファブリスの脳裏を掠めた。

 だが、その疑問をファブリスは即座に打ち消した。そう。どうでもいいことなのだ。マルヴィナの狂気が、そしてアズラルトの狂気が何であろうと。その狂気が何に起因していようが、ファブリスには関係ない話なのだ。

「マルヴィナ、貴様が何であろうと俺は貴様を殺すだけだ」
「あら、随分と恐いのね。別に私は構わないわよ。殺せるのならば、殺してごらんなさい。知っているかしら? あなたが私を殺さなければ、いずれは私が私を殺すのよ」

 そう言ってマルヴィナは狂気以外が見当たらない笑い声を上げる。もはや論理も理性も破綻しているような言動だった。横にいるマーサも流石に黙したままで、そのようなマルヴィナの様子に顔を引き攣らせていた。

 邪神。それを中心として皆が輪になり、狂い踊っているかのようだとファブリスは思う。その狂気で満ちた輪の中にマルヴィナがいて、アズラルトやガルディスもいるのだ。そして、何よりファブリス自身もその中にいる。

 アイシスやマーサの姿もその輪の中にあった。アイシスも調停者とやらの使命においては手段を選ぶことはないだろう。マーサとて、獣人族の恨みを晴らすためであれば同じだろう。

 皆が狂い踊り続けているのだ。邪神を中心として。狂い踊り続けている者たちが持つ狂気と狂気が重なる時、ぶつかる時、何が起こるのだろうか。

 そんな疑問をファブリスは頭の隅に泳がせたのだった。
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