第74話 魔族の血
文字数 2,109文字
飽きもせずに言い合っているマーサとマルヴィナ。
それを止めようとしているエル。
それを横目にしながら、ファブリスはアイシスに向かって疑問を口にした。
「アズラルトは邪神の力を欲して、セリアや俺の家族を殺したということか?」
「そうであろうな。邪神の力、その根源は悲哀じゃ。それを持ってお主に邪神の力を一度集めようとしたのであろう。そして、改めてその力を己のものとするために古代魔族を使って抽出する。おそらくは、そのような絵を描いていたのであろうな。先の邪神は既に精神をも邪神の力に侵されて、制御が不能な状態だったのでな。お主に力を集めて、大きな剣を振り回したい人に仕立て上げた方が、まだましだということじゃろうな」
「ふん、そんなものか」
ファブリスは面白くなさそうな返事をして、言葉を続けた。
「だが、邪神の力を欲したところで、人族ではその力を得られないのだろう? だが、アズラルトはその力を得ようとした。そして奴はあの時、間違いなく邪神の力を既に持っていた。どういうことだ?」
「さてのう。だが、確かに邪神の力は人族では得られぬ力じゃ。そこから導き出される答えは一つしかないであろうな。つまり、勇者には魔族の血が流れていたということじゃ」
アイシスは事もなげに言った。
俄には信じられない話だった。一国の王子に身分上は底辺の種である魔族の血が流れているなどとは。だが、邪神の力を得ていた以上は、それ以外に考えられないのかもしれなかった。
アズラルト自体に身分上は底辺である魔族の血が流れていた。だから、必要以上に魔族を嫌っていた。そう考えれば腑に落ちる点も多い。
「何、どうしてそうなったのかは分からぬよ。だが、間違いないであろうな。だからこそ、魔族を否定し、呪い、人族も自分をも呪い、あの勇者は全てを呪ったのであろうよ」
「ふん、ご苦労なことだ。まるで邪神そのものだな」
ファブリスは呟いたが、アズラルトの気持ちが分からなくもなかった。人族の王家に連なる者として、ましてや王位を継ぐ第一王子の立場としては魔族の血が流れているということは自己同一性に矛盾が生じるのだろう。
忌むべき魔族の血が自分にも流れている。アズラルトとしては到底、許せることではなかったのかもしれない。だから余計に権威に固執し、魔族を憎んだのかもしれなかった。
もっとも、全てはアズラルトに訊いてみなければ真実は分らない。それにファブリスにとっては、そんな真実はどうでもよいことでもあった。
「妾に言わせれば、お主も同じじゃよ。復讐で全てを滅ぼそうとするのじゃからな」
「ふん、どうなのだろうな」
「邪神、お主はどうするのじゃ、これから先は?」
アイシスが興味深そうな顔つきで黒色の瞳をファブリスに向けた。
「魔族も人族も等しく滅ぼす。そう言ったら、お前は俺を殺すのか?」
「さて、それこそ、どうなのじゃろうな。ただ、お主が均衡を破ろうとすれば、妾はお主を殺すかもしれぬ」
「調停者か? 何故、調停者などになった。罪の償いか?」
「そのような大層な物ではない。単に神と契約しただけじゃ」
「ふん、その契約とやらが償いなのだろう? お前もご苦労なことだ」
その言葉にアイシスは無言で少しだけ笑った。揺れる肩に合わせて、長く伸ばされた栗色の髪も宙で揺れている。そして、楽しげな顔で口を開いた。
「そうでもないようじゃ。こうして長く存在しておれば、たまにはお主らのような面白い者たちにも会えるでな」
今度はファブリスが少しだけ笑う番だった。
「ほう、お主が笑うとはな。珍しいこともあるようじゃ。人らしくなってきたということかのう」
アイシスがそんなファブリスを見て少しだけ驚いた声を出す。そして、言葉を続けた。
「それはそうと邪神、魔族の娘のことじゃ。気づいているのであろう?」
ファブリスは黙って頷いた。ファブリス自身にもどの程度なのかは分からないが、エルも邪神の力を得てしまっているようだった。あの時、エルの中に集められた邪神の力が一部、もしくはその全てが残ったということなのだろうとファブリスは思っていた。
もっとも、エル本人はその事実に気づいているのかどうかは分からないのだったが。
「だが、エルは古代魔族とやらなのだろう? それなのに邪神の力を得られるものなのか?」
「さあて、どうなのであろうな。ただ、邪神の力は元を辿れば古代魔族のための物。ならば、古代魔族がその力を得ることができても不思議ではない」
「ふん、いい加減なものだな」
「そう言うな。所詮は神が与えた力じゃ。残念ながら与えたことに壮大な理由があったわけではない。神の清廉さ。その過程で生まれ、結果として古代魔族に与えられただけの力なのじゃからな」
まあいいとファブリスは心の中で呟き、エルに視線を向けた。その赤毛の娘はまだ諍いを続けるマーサとマルヴィナを生真面目に必死で止めようとしているようだった。
そんなエルを見ていると、自然に笑みが溢れてきそうだった。改めて不思議な娘だと思う。この世の理を壊す者が邪神。そして、邪神の理を壊したのがエルということか。
そんな思いがファブリスの中に浮かび上がってきたのだった。
それを止めようとしているエル。
それを横目にしながら、ファブリスはアイシスに向かって疑問を口にした。
「アズラルトは邪神の力を欲して、セリアや俺の家族を殺したということか?」
「そうであろうな。邪神の力、その根源は悲哀じゃ。それを持ってお主に邪神の力を一度集めようとしたのであろう。そして、改めてその力を己のものとするために古代魔族を使って抽出する。おそらくは、そのような絵を描いていたのであろうな。先の邪神は既に精神をも邪神の力に侵されて、制御が不能な状態だったのでな。お主に力を集めて、大きな剣を振り回したい人に仕立て上げた方が、まだましだということじゃろうな」
「ふん、そんなものか」
ファブリスは面白くなさそうな返事をして、言葉を続けた。
「だが、邪神の力を欲したところで、人族ではその力を得られないのだろう? だが、アズラルトはその力を得ようとした。そして奴はあの時、間違いなく邪神の力を既に持っていた。どういうことだ?」
「さてのう。だが、確かに邪神の力は人族では得られぬ力じゃ。そこから導き出される答えは一つしかないであろうな。つまり、勇者には魔族の血が流れていたということじゃ」
アイシスは事もなげに言った。
俄には信じられない話だった。一国の王子に身分上は底辺の種である魔族の血が流れているなどとは。だが、邪神の力を得ていた以上は、それ以外に考えられないのかもしれなかった。
アズラルト自体に身分上は底辺である魔族の血が流れていた。だから、必要以上に魔族を嫌っていた。そう考えれば腑に落ちる点も多い。
「何、どうしてそうなったのかは分からぬよ。だが、間違いないであろうな。だからこそ、魔族を否定し、呪い、人族も自分をも呪い、あの勇者は全てを呪ったのであろうよ」
「ふん、ご苦労なことだ。まるで邪神そのものだな」
ファブリスは呟いたが、アズラルトの気持ちが分からなくもなかった。人族の王家に連なる者として、ましてや王位を継ぐ第一王子の立場としては魔族の血が流れているということは自己同一性に矛盾が生じるのだろう。
忌むべき魔族の血が自分にも流れている。アズラルトとしては到底、許せることではなかったのかもしれない。だから余計に権威に固執し、魔族を憎んだのかもしれなかった。
もっとも、全てはアズラルトに訊いてみなければ真実は分らない。それにファブリスにとっては、そんな真実はどうでもよいことでもあった。
「妾に言わせれば、お主も同じじゃよ。復讐で全てを滅ぼそうとするのじゃからな」
「ふん、どうなのだろうな」
「邪神、お主はどうするのじゃ、これから先は?」
アイシスが興味深そうな顔つきで黒色の瞳をファブリスに向けた。
「魔族も人族も等しく滅ぼす。そう言ったら、お前は俺を殺すのか?」
「さて、それこそ、どうなのじゃろうな。ただ、お主が均衡を破ろうとすれば、妾はお主を殺すかもしれぬ」
「調停者か? 何故、調停者などになった。罪の償いか?」
「そのような大層な物ではない。単に神と契約しただけじゃ」
「ふん、その契約とやらが償いなのだろう? お前もご苦労なことだ」
その言葉にアイシスは無言で少しだけ笑った。揺れる肩に合わせて、長く伸ばされた栗色の髪も宙で揺れている。そして、楽しげな顔で口を開いた。
「そうでもないようじゃ。こうして長く存在しておれば、たまにはお主らのような面白い者たちにも会えるでな」
今度はファブリスが少しだけ笑う番だった。
「ほう、お主が笑うとはな。珍しいこともあるようじゃ。人らしくなってきたということかのう」
アイシスがそんなファブリスを見て少しだけ驚いた声を出す。そして、言葉を続けた。
「それはそうと邪神、魔族の娘のことじゃ。気づいているのであろう?」
ファブリスは黙って頷いた。ファブリス自身にもどの程度なのかは分からないが、エルも邪神の力を得てしまっているようだった。あの時、エルの中に集められた邪神の力が一部、もしくはその全てが残ったということなのだろうとファブリスは思っていた。
もっとも、エル本人はその事実に気づいているのかどうかは分からないのだったが。
「だが、エルは古代魔族とやらなのだろう? それなのに邪神の力を得られるものなのか?」
「さあて、どうなのであろうな。ただ、邪神の力は元を辿れば古代魔族のための物。ならば、古代魔族がその力を得ることができても不思議ではない」
「ふん、いい加減なものだな」
「そう言うな。所詮は神が与えた力じゃ。残念ながら与えたことに壮大な理由があったわけではない。神の清廉さ。その過程で生まれ、結果として古代魔族に与えられただけの力なのじゃからな」
まあいいとファブリスは心の中で呟き、エルに視線を向けた。その赤毛の娘はまだ諍いを続けるマーサとマルヴィナを生真面目に必死で止めようとしているようだった。
そんなエルを見ていると、自然に笑みが溢れてきそうだった。改めて不思議な娘だと思う。この世の理を壊す者が邪神。そして、邪神の理を壊したのがエルということか。
そんな思いがファブリスの中に浮かび上がってきたのだった。