第32話 いい気になって
文字数 1,594文字
マーサは女性の自分でさえも見惚れてしまうような美しく端正な顔立ちをしている。あの獰猛な魔獣の姿からは想像もつかない。
また、背も高くて身体の均整も取れている。いわゆる出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでといった感じだ。エルは自分の胸の膨らみに視線を移した。途端に自然と自分の口から溜息が漏れてくる。
そんなエルの様子に気がついてマーサが口を開いた。
「どうした? 急に自分の胸なんかを見て。あれだぞ。エルは、ちんちくりんなのだから、それぐらいが丁度いいんだ。そうだな。言うなれば逆に均整がとれているってやつだな」
マーサの言葉を聞いて、すぐさまエルの両頬が膨れる。
「ちんちくりんだから丁度いいとか、逆に均整がとれているとかって、慰めてもいないんだからね。そりゃあ、マーサはいいわよね。背も高くて、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいてさ」
エルの両頬が、ますます膨れていく。
「何だ、何を気にしているんだ?」
急に怒り出したエルを見て、マーサは訳が分からないといった顔をしている。
「もういい。さっさと大聖堂に行くんだから!」
そう言ってエルは大股で歩き始めるのだった。
「おい、待て、エル。何を怒ってる? 一人で行くな」
マーサがそう言って慌ててエルに合わせて足を速める。
「マーサなんて知らないんだから!」
そう背後を振り返ってエルが言った時だった。
「エル、前!」
マーサが叫んだ瞬間、エルは派手に人とぶつかって地面に尻餅をつく格好となる。
「痛えな!」
「ご、ごめんなさい!」
瞬間的に謝りながら地面で尻餅をついているエルの前で、仁王立ちとなった大柄な男がいる。歳は三十前後だろうか。
「あ? てめえ、魔族か。いい気になって道の真ん中なんか歩いてるんじゃねえぞ。魔族は道の脇を歩け、脇を。邪魔なんだよ!」
倒れたエルを助けるわけでもなく、男は吐き捨てるように言う。
……いい気になって。
その言葉がエルの心に重く伸しかかってくる。
そう。確かにそうだとエルは思う。今、この男が言った通りなのだ。
「大丈夫か、エル?」
マーサが片手を伸ばしてエルを立ち上がらせようとしてくれる。エルは無言で頷いてその手に掴まった。
「……おい、貴様、ちょっと待て」
エルを立ち上がらせるとマーサは緑色の瞳を男に向けた。男はマーサの得体が知れない眼光の鋭さに何か不穏な物を感じ取ったようだった。
「何だ、お前は? 魔族じゃないんだろう。なのに魔族の肩を持つのか?」
男は明らかな動揺を隠しきれないままで、辛うじてそんな強がりをマーサにみせた。
「私は魔族の話をしているんじゃない。この娘の話をしているんだがな」
マーサがそう言って不穏な空気を発したままで男に向かって一歩を踏み出した。エルはそれを見て慌ててマーサの片手を握った。
「マーサ、私は大丈夫だから。前を見てなかった私が悪いのだから……」
マーサはエルの言葉に小首を傾げた。
「言っていることがよく分からないな。こんな人族などは殺してしまえばいい」
マーサはそう言い放つと再び男に危険な色を帯びている緑色の瞳を向けた。
「マーサ、ごめん。お願いだから止めて。私が悪いのだから……」
エルが強くマーサの腕を引く。マーサはそんなエルに視線を移して納得していない顔をみせた後で、再び男に鋭い視線を向けた。
「失せろ、今すぐだ……」
マーサが低い声でそれだけを言う。男に向けたその瞳は未だに危険な色を帯びていた。
「ちっ、気をつけろよ!」
男はそんな捨て台詞を残したものの、不穏な物を発し続けているマーサに気圧されるようにこの場を立ち去っていった。それを見てマーサは少しだけ溜息を吐いたようだった。
「大丈夫か、エル?」
もう一度マーサが訊いてくる。そんなマーサにエルは無言で頷いた。
……いい気になって。
そう。確かに自分はいい気になっていた。エルはそう思っていた。
また、背も高くて身体の均整も取れている。いわゆる出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでといった感じだ。エルは自分の胸の膨らみに視線を移した。途端に自然と自分の口から溜息が漏れてくる。
そんなエルの様子に気がついてマーサが口を開いた。
「どうした? 急に自分の胸なんかを見て。あれだぞ。エルは、ちんちくりんなのだから、それぐらいが丁度いいんだ。そうだな。言うなれば逆に均整がとれているってやつだな」
マーサの言葉を聞いて、すぐさまエルの両頬が膨れる。
「ちんちくりんだから丁度いいとか、逆に均整がとれているとかって、慰めてもいないんだからね。そりゃあ、マーサはいいわよね。背も高くて、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいてさ」
エルの両頬が、ますます膨れていく。
「何だ、何を気にしているんだ?」
急に怒り出したエルを見て、マーサは訳が分からないといった顔をしている。
「もういい。さっさと大聖堂に行くんだから!」
そう言ってエルは大股で歩き始めるのだった。
「おい、待て、エル。何を怒ってる? 一人で行くな」
マーサがそう言って慌ててエルに合わせて足を速める。
「マーサなんて知らないんだから!」
そう背後を振り返ってエルが言った時だった。
「エル、前!」
マーサが叫んだ瞬間、エルは派手に人とぶつかって地面に尻餅をつく格好となる。
「痛えな!」
「ご、ごめんなさい!」
瞬間的に謝りながら地面で尻餅をついているエルの前で、仁王立ちとなった大柄な男がいる。歳は三十前後だろうか。
「あ? てめえ、魔族か。いい気になって道の真ん中なんか歩いてるんじゃねえぞ。魔族は道の脇を歩け、脇を。邪魔なんだよ!」
倒れたエルを助けるわけでもなく、男は吐き捨てるように言う。
……いい気になって。
その言葉がエルの心に重く伸しかかってくる。
そう。確かにそうだとエルは思う。今、この男が言った通りなのだ。
「大丈夫か、エル?」
マーサが片手を伸ばしてエルを立ち上がらせようとしてくれる。エルは無言で頷いてその手に掴まった。
「……おい、貴様、ちょっと待て」
エルを立ち上がらせるとマーサは緑色の瞳を男に向けた。男はマーサの得体が知れない眼光の鋭さに何か不穏な物を感じ取ったようだった。
「何だ、お前は? 魔族じゃないんだろう。なのに魔族の肩を持つのか?」
男は明らかな動揺を隠しきれないままで、辛うじてそんな強がりをマーサにみせた。
「私は魔族の話をしているんじゃない。この娘の話をしているんだがな」
マーサがそう言って不穏な空気を発したままで男に向かって一歩を踏み出した。エルはそれを見て慌ててマーサの片手を握った。
「マーサ、私は大丈夫だから。前を見てなかった私が悪いのだから……」
マーサはエルの言葉に小首を傾げた。
「言っていることがよく分からないな。こんな人族などは殺してしまえばいい」
マーサはそう言い放つと再び男に危険な色を帯びている緑色の瞳を向けた。
「マーサ、ごめん。お願いだから止めて。私が悪いのだから……」
エルが強くマーサの腕を引く。マーサはそんなエルに視線を移して納得していない顔をみせた後で、再び男に鋭い視線を向けた。
「失せろ、今すぐだ……」
マーサが低い声でそれだけを言う。男に向けたその瞳は未だに危険な色を帯びていた。
「ちっ、気をつけろよ!」
男はそんな捨て台詞を残したものの、不穏な物を発し続けているマーサに気圧されるようにこの場を立ち去っていった。それを見てマーサは少しだけ溜息を吐いたようだった。
「大丈夫か、エル?」
もう一度マーサが訊いてくる。そんなマーサにエルは無言で頷いた。
……いい気になって。
そう。確かに自分はいい気になっていた。エルはそう思っていた。