第67話 神の力

文字数 1,668文字

 生まれる?
 違うとエルはそれを即座に否定した。自分の中で生まれたのではなくて、これは外から入ってきているのだ。その禍々しく不吉な何かは、今も外側からエルの中に入り続けて膨張している。

 アズラルトを倒した血塗れのファブリスがエルを助けようというのだろう。ゆっくりと近づいてくる。
 エルは辛うじてファブリスに顔を向けた。ファブリスの赤い瞳とエルの赤い瞳が宙で交わる。

「駄目……」

 声が掠れる。それでもエルは必死で声を絞り出した。

「駄目……来ては駄目……」




 「強制転移か。なかなか高度なことをしてくれる」

 ガルディスが呟くように言う。それに応えるように魔獣と化したマーサが、ぶるっと銀色の体を震わせた。

 アイシスが強制転移させた場所は王宮の真下に位置していた。王宮の真下は洞窟となっており、その天井はかなりといってよい程の高さだった。

「王宮の真下に洞窟があるとはな。ここで地獄の蓋を開いたか。まあいい。魔導士、これ以上はお主の好きにはさせぬよ」
「もう遅いと言ったはずだが? 西方の魔女よ。既に亡者どもは王都内に溢れ始めている」
「ふん、開いた物は閉じればよいのじゃ。それが道理じゃ。残った亡者どもは、邪神とここの獣人族が何とかするだろうて」

 アイシスの意見に反論したのか、マーサが銀色の体を震わせた。

「そう簡単な話ではないことを一番よく知っているのは、お主ではないのか、西方の魔女よ。いや、違うな。始まりの魔女と呼ぶべきか」
「人の二つ名を勝手に作るでない。我々を創造した神々。その副産物でしかない神の力を人ごときが、ましてや己れの欲望で変えることはできぬのじゃ」
「これは笑わせてくれるな。私はお主がしたことを真似ているだけだぞ?」
「だからこそ言っておるのじゃ。神の力なんぞは人の身であるのならば、不幸を呼ぶだけじゃ」
「ちょっと、いつまでお喋りをしているのかしら?」

 声を上げたのはマルヴィナだった。その苛立ったような声と共にマルヴィナが片手を上げると、上空から人の頭ほどはある光の球体が数個、アイシスとマーサに向かってくる。

 しかし、光の球体はアイシスたちに届く前に宙で霧散する。それを見てマルヴィナは残念そうな表情を作った。

「ガルディス、光弾みたいな、ちんけな魔法じゃ駄目みたいよ」

 マルヴィナの言葉にガルディスは顔を顰めた。

「マルヴィナ、もう少し丁寧な言葉を使わないか。事実はともかく、お主は聖女と呼ばれているのだからな。その自覚を持て」

 ガルディスの言葉に今度はマルヴィナが、煩いとでも言うように顔を顰める。

「西方の魔女よ、戦いの場における魔法とは複合なのだよ。強力な上位魔法を使えればいいというものではない」

 ガルディスのその言葉と共にアイシスが立つ地面が融解を始めた。それを悟ってアイシスは即座に魔法で飛翔する。マーサのことが一瞬だけ気にかかったが、マーサもすぐに飛びすさったようだった。

 あまりマーサと離れてしまうと、ガルディスたちが発動する魔法からマーサを守ることが難しくなる。そう懸念しながら片手を上げて反撃しようとしたアイシスの正面から、複数の光弾が飛来してきた。

 アイシスは軽く舌打ちをして防御魔法を展開する。こうも交互に魔法を放たれると、こちらも防戦一方になる。アイシスがそう思った時だった。

 今度は下方から切り立った槍のような岩がアイシスを目掛けて伸びてくる。アイシスは更に強い舌打ちをして、障壁を作ってその岩を粉砕する。

 砕け散った岩の粉塵が周囲に舞い上がり、アイシスの視界が妨げられる。

 狙っていたのか。小癪な。
 アイシスがそう思った時だった。

 胸に僅かな衝撃を感じた。
 とん、といった感じの小さな衝撃だ。

 途端に体の力が入らなくなり、アイシスはそのまま宙から落下して地面に叩きつけられた。

 頭を打ちつけたのか、アイシスは立ち上がることができない。顔を上げることだけで精一杯だった。いや、違うとアイシスは思う。頭を打ったからではない。胸から鮮血が溢れ出ていた。気づかない間に、何らかの魔法で胸を抜かれたようだった。
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