第33話 大きな建物
文字数 1,561文字
奴隷。
その言葉がエルの中で膨れ上がる。
自分は何を調子に乗っていたのだろうかとエルは思う。
この間まで自分は奴隷であり、奴隷となる前でさえ自分はこの国で最下層の民に位置する魔族でしかなかったのだ。
元々はそれ以上でもそれ以下でもないはずの自分だった。それなのに少しファブリスやマーサと旅をしただけで、そんな自分の立ち位置をすっかり忘れていたのだとエルは思っていた。
こうして人族が多い街を歩いているだけで蔑まれてしまう種族なのだ。決して自分を卑下しているのではなくて。現実がそうなのだとエルは思う。
その現実をすっかり忘れていたのだとエルは改めて思った。ファブリスやマーサと一緒にいることがあまりに自然で、そしてきっと、楽しかったのだ……。
黙りこくってしまったエルにマーサが訝しげな顔をしていた。
「ごめん、大丈夫だよ、マーサ。ちょっとびっくりしただけだから……」
「……理由もなくエルを馬鹿にするようなあんな奴は、殺してしまえばいいんだ」
呟くように聞こえてきたマーサの言葉にエルは少しだけ苦笑した。
あの男を殺したところで何も解決しないことはエルにも、それを言ったマーサにもきっと分かっていた。
魔族や獣人族が蔑まれる現実。これがもしもなくなれば、ファブリスもマーサもこんな復讐や憎悪でまみれた当てのない旅をしなくても済むのだろうか。
エルはふと、そんなことを思うのだった。
宗教都市アルガンドのほぼ中央に位置している大聖堂。その名の通り、城と見紛うほどの大きな建造物だった。
周囲は信者らしき人々や聖職者で溢れかえっていた。特に目を引くのはやはりマナ教騎士団の存在だった。完全装備をした騎士の姿をいたるところで目にすることができた。
「何か物々しい雰囲気だよね。いつもこうなのかな?」
それがエルの率直な感想だった。
「さあ、どうだろうな。案外、ファブリス様のせいかもしれないな」
「どういうこと?」
「あのジャガルとかいう戦士が殺されたことは、もう奴らに知られているだろうからね」
「ファブリスさんが襲撃してくるかもしれないから、その警備でってこと?」
マーサは頷くとその端正な顔に不敵な笑みを浮かべてみせた。
「そのつもりならそれでいいさ。皆殺しにするだけなのだからね」
物騒なことを普通に言い出すマーサのことをエルは放っておくことにする。
でも、一方で不思議だなとエルは心の片隅で考えていた。さっきまでは自分の立場を改めて認識させられて落ち込んでいたはずだった。なのにこうしてマーサと普通に話しているだけで、冷たく固まった心がほぐれてくるようだった。
「この中にいるのかな、マルヴィナ教皇が」
「そうだろうね」
マーサの返答を聞きながらエルは考えていた。またたくさんの人たちが死ぬのだと。それを止める術も資格も自分にないことはエルにも分かっていた。
それでも、それでもエルは、でも……と思ってしまうのだった。
大聖堂を見てくると言って宿を出て行ったエルとマーサだったが、宿に戻るなり二人はファブリスの部屋に押しかけてきていた。
「で、どうだった、大聖堂は?」
ファブリスがそう切り出すと、エルが口を開いた。
「凄く立派で大きな建物でしたよ。まるでお城みたいでした」
エルが赤色の瞳を丸くしながら答えている。
……大きさに驚いたことは分かるが、話の本筋とは関係ないなとファブリスは思う。
やはりこの娘は少し頭が……と思ったりもする。
そんなエルを見兼ねてなのかマーサが口を開いた。
「思っていた以上に警備が厳重でした。大聖堂だけではなくて、通りのいたる所にマナ教騎士団と思われる騎士もいましたしね」
「すでに俺を探しているのかもしれんな。片腕で大剣を持つ特徴の男などは分かりやすいからな」
ファブリスの言葉にマーサが無言で頷いている。
その言葉がエルの中で膨れ上がる。
自分は何を調子に乗っていたのだろうかとエルは思う。
この間まで自分は奴隷であり、奴隷となる前でさえ自分はこの国で最下層の民に位置する魔族でしかなかったのだ。
元々はそれ以上でもそれ以下でもないはずの自分だった。それなのに少しファブリスやマーサと旅をしただけで、そんな自分の立ち位置をすっかり忘れていたのだとエルは思っていた。
こうして人族が多い街を歩いているだけで蔑まれてしまう種族なのだ。決して自分を卑下しているのではなくて。現実がそうなのだとエルは思う。
その現実をすっかり忘れていたのだとエルは改めて思った。ファブリスやマーサと一緒にいることがあまりに自然で、そしてきっと、楽しかったのだ……。
黙りこくってしまったエルにマーサが訝しげな顔をしていた。
「ごめん、大丈夫だよ、マーサ。ちょっとびっくりしただけだから……」
「……理由もなくエルを馬鹿にするようなあんな奴は、殺してしまえばいいんだ」
呟くように聞こえてきたマーサの言葉にエルは少しだけ苦笑した。
あの男を殺したところで何も解決しないことはエルにも、それを言ったマーサにもきっと分かっていた。
魔族や獣人族が蔑まれる現実。これがもしもなくなれば、ファブリスもマーサもこんな復讐や憎悪でまみれた当てのない旅をしなくても済むのだろうか。
エルはふと、そんなことを思うのだった。
宗教都市アルガンドのほぼ中央に位置している大聖堂。その名の通り、城と見紛うほどの大きな建造物だった。
周囲は信者らしき人々や聖職者で溢れかえっていた。特に目を引くのはやはりマナ教騎士団の存在だった。完全装備をした騎士の姿をいたるところで目にすることができた。
「何か物々しい雰囲気だよね。いつもこうなのかな?」
それがエルの率直な感想だった。
「さあ、どうだろうな。案外、ファブリス様のせいかもしれないな」
「どういうこと?」
「あのジャガルとかいう戦士が殺されたことは、もう奴らに知られているだろうからね」
「ファブリスさんが襲撃してくるかもしれないから、その警備でってこと?」
マーサは頷くとその端正な顔に不敵な笑みを浮かべてみせた。
「そのつもりならそれでいいさ。皆殺しにするだけなのだからね」
物騒なことを普通に言い出すマーサのことをエルは放っておくことにする。
でも、一方で不思議だなとエルは心の片隅で考えていた。さっきまでは自分の立場を改めて認識させられて落ち込んでいたはずだった。なのにこうしてマーサと普通に話しているだけで、冷たく固まった心がほぐれてくるようだった。
「この中にいるのかな、マルヴィナ教皇が」
「そうだろうね」
マーサの返答を聞きながらエルは考えていた。またたくさんの人たちが死ぬのだと。それを止める術も資格も自分にないことはエルにも分かっていた。
それでも、それでもエルは、でも……と思ってしまうのだった。
大聖堂を見てくると言って宿を出て行ったエルとマーサだったが、宿に戻るなり二人はファブリスの部屋に押しかけてきていた。
「で、どうだった、大聖堂は?」
ファブリスがそう切り出すと、エルが口を開いた。
「凄く立派で大きな建物でしたよ。まるでお城みたいでした」
エルが赤色の瞳を丸くしながら答えている。
……大きさに驚いたことは分かるが、話の本筋とは関係ないなとファブリスは思う。
やはりこの娘は少し頭が……と思ったりもする。
そんなエルを見兼ねてなのかマーサが口を開いた。
「思っていた以上に警備が厳重でした。大聖堂だけではなくて、通りのいたる所にマナ教騎士団と思われる騎士もいましたしね」
「すでに俺を探しているのかもしれんな。片腕で大剣を持つ特徴の男などは分かりやすいからな」
ファブリスの言葉にマーサが無言で頷いている。