第59話 地獄の蓋
文字数 1,709文字
「いかん! 地獄の蓋を開くつもりじゃ。あやつら、帝都の民を犠牲にするつもりじゃ!」
不意にアイシスが叫んで立ち上がった。
珍しくアイシスが血相を変えている。
地獄の蓋を開く?
帝都の民を犠牲に?
細かい事情は分からないが血相を変えるアイシスに比して、ファブリス自身は帝都にいる魔族や人族がどうなろうと正直、興味はなかった。もっと言えば、地獄の蓋とやらが開いて何が起こるのか。それすらも大して興味はない。
アズラルト、マルヴィナ、ガルディスを殺す。奴らにはこれまでの代償を払って貰う。そして、エルを取り戻す。単純な話なのだ。ファブリスにとって、それ以外のことは瑣末なことと言えるのかもしれなかった。
ふと気がついてファブリスは、血相を変えて焦りの色をみせるアイシスに赤色の瞳を向けた。
「邪神の力。その根源は悲哀と言ったな。恨みではないのか?」
「恨みは悲哀によって生み出される二次的なものじゃよ。邪神の力。その本質はあくまで悲哀なのじゃ。邪神の力を古代魔族に与えた神は悲哀を望んでいる」
「何だか随分と性格が悪い神様のように聞こえるね」
マーサが鼻に皺を寄せて嫌そうな顔をしてみせた。
「神が慈悲深いと思っているのは、神に作られた者たちの妄想じゃよ。神とはどこまでも清廉なだけの存在じゃ。神に慈悲があるとすれば、その清廉さで結果として生まれただけ。偶然の産物でしかないのじゃよ」
アイシスは溜息を吐きながら言うと、更に言葉を続けた。
「では、行くぞ、邪神。妾としては地獄の蓋を開けさせるわけにいかぬのでな」
「興味ないな。好きにしろ。俺はアズラルトたちを殺すだけだ」
「エル、待ってな。私が必ず助けるからね」
三者三様だったものの、決意に満ちた声が周囲に響いたのだった。
アイシスの転移魔法で再びファブリスたちは帝都サイゼスピアに足を踏み入れた。帝都内は奇妙なほどに静まり返っていて、人の気配はどこにも感じられない。住民どころか兵たちの姿も見えなかった。
「どういうことだ?」
ファブリスの言葉にアイシスは、幼女の顔には似つかわしくない難しい顔を返してくる。
「帝都の住人。その全てが昏倒させられておるようじゃ。勇者どもは地獄の蓋を開こうとしておるのでな。そこから溢れ出てくる亡者どもに帝都の住人全てを捧げるつもりなのじゃろう。人は同じことを考えつくものなのじゃな。恐ろしいことじゃ」
「同じこと? でも、それって帝都の住人全員を殺すってことかい?」
マーサが嫌悪感を露わにする。血生臭いことに慣れているマーサとはいえ、帝都の住人全てを大量虐殺するとなれば、思うところもあるのだろう。
マーサの言葉をアイシスは無言で肯定した。ただ先程も思ったことだったが、ファブリスはさしてこのことに興味はなかった。簡単に言えば帝都の住人全てが死のうがどうしようが、知ったことではないのだ。それこそ、アズラルトたちの好きにすればいいとさえ思う。
「アズラルトの性格を考えれば、奴らは王宮の中か? ご丁寧に城門は開いているしな」
ファブリスは堀に囲まれて聳え立つ王宮に視線を向けた。静まり返った帝都の中で、まるでファブリスたちを誘うかのように堀を渡す橋も兼ねている城門は開かれていた。
「アイシス、お前はどうする。ついてくるのか?」
ファブリスはアイシスに赤色の瞳を向けた。
「勇者どもがどのように地獄の蓋を開こうとしているのかが分からぬ。それが分からぬと対処のしようがないのでな。お主らと一緒に行くとしようかのう」
「やはりそれを阻止するつもりか? ご苦労なことだ」
揶揄するつもりはなかったが、ファブリスにとっては理解し難いアイシスの行動だった。
「邪神には分からぬよ。それが妾の役目であり、罪なのでな。あるいは、妾の存在意義なのかもしれぬ。悲劇も過ちも一度で十分なのじゃよ」
「ふん、まあいい。好きにしろ。それを俺がお前を止める理由はないからな。邪魔になればお前を殺すだけだ」
その言葉と共にファブリスは大剣、邪神封じを抜き払う。アイシスは無言で両肩を竦めてみせた。
再びファブリスが口を開いた。
「行くぞ」
その言葉にマーサとアイシスは無言で頷いたのだった。
不意にアイシスが叫んで立ち上がった。
珍しくアイシスが血相を変えている。
地獄の蓋を開く?
帝都の民を犠牲に?
細かい事情は分からないが血相を変えるアイシスに比して、ファブリス自身は帝都にいる魔族や人族がどうなろうと正直、興味はなかった。もっと言えば、地獄の蓋とやらが開いて何が起こるのか。それすらも大して興味はない。
アズラルト、マルヴィナ、ガルディスを殺す。奴らにはこれまでの代償を払って貰う。そして、エルを取り戻す。単純な話なのだ。ファブリスにとって、それ以外のことは瑣末なことと言えるのかもしれなかった。
ふと気がついてファブリスは、血相を変えて焦りの色をみせるアイシスに赤色の瞳を向けた。
「邪神の力。その根源は悲哀と言ったな。恨みではないのか?」
「恨みは悲哀によって生み出される二次的なものじゃよ。邪神の力。その本質はあくまで悲哀なのじゃ。邪神の力を古代魔族に与えた神は悲哀を望んでいる」
「何だか随分と性格が悪い神様のように聞こえるね」
マーサが鼻に皺を寄せて嫌そうな顔をしてみせた。
「神が慈悲深いと思っているのは、神に作られた者たちの妄想じゃよ。神とはどこまでも清廉なだけの存在じゃ。神に慈悲があるとすれば、その清廉さで結果として生まれただけ。偶然の産物でしかないのじゃよ」
アイシスは溜息を吐きながら言うと、更に言葉を続けた。
「では、行くぞ、邪神。妾としては地獄の蓋を開けさせるわけにいかぬのでな」
「興味ないな。好きにしろ。俺はアズラルトたちを殺すだけだ」
「エル、待ってな。私が必ず助けるからね」
三者三様だったものの、決意に満ちた声が周囲に響いたのだった。
アイシスの転移魔法で再びファブリスたちは帝都サイゼスピアに足を踏み入れた。帝都内は奇妙なほどに静まり返っていて、人の気配はどこにも感じられない。住民どころか兵たちの姿も見えなかった。
「どういうことだ?」
ファブリスの言葉にアイシスは、幼女の顔には似つかわしくない難しい顔を返してくる。
「帝都の住人。その全てが昏倒させられておるようじゃ。勇者どもは地獄の蓋を開こうとしておるのでな。そこから溢れ出てくる亡者どもに帝都の住人全てを捧げるつもりなのじゃろう。人は同じことを考えつくものなのじゃな。恐ろしいことじゃ」
「同じこと? でも、それって帝都の住人全員を殺すってことかい?」
マーサが嫌悪感を露わにする。血生臭いことに慣れているマーサとはいえ、帝都の住人全てを大量虐殺するとなれば、思うところもあるのだろう。
マーサの言葉をアイシスは無言で肯定した。ただ先程も思ったことだったが、ファブリスはさしてこのことに興味はなかった。簡単に言えば帝都の住人全てが死のうがどうしようが、知ったことではないのだ。それこそ、アズラルトたちの好きにすればいいとさえ思う。
「アズラルトの性格を考えれば、奴らは王宮の中か? ご丁寧に城門は開いているしな」
ファブリスは堀に囲まれて聳え立つ王宮に視線を向けた。静まり返った帝都の中で、まるでファブリスたちを誘うかのように堀を渡す橋も兼ねている城門は開かれていた。
「アイシス、お前はどうする。ついてくるのか?」
ファブリスはアイシスに赤色の瞳を向けた。
「勇者どもがどのように地獄の蓋を開こうとしているのかが分からぬ。それが分からぬと対処のしようがないのでな。お主らと一緒に行くとしようかのう」
「やはりそれを阻止するつもりか? ご苦労なことだ」
揶揄するつもりはなかったが、ファブリスにとっては理解し難いアイシスの行動だった。
「邪神には分からぬよ。それが妾の役目であり、罪なのでな。あるいは、妾の存在意義なのかもしれぬ。悲劇も過ちも一度で十分なのじゃよ」
「ふん、まあいい。好きにしろ。それを俺がお前を止める理由はないからな。邪魔になればお前を殺すだけだ」
その言葉と共にファブリスは大剣、邪神封じを抜き払う。アイシスは無言で両肩を竦めてみせた。
再びファブリスが口を開いた。
「行くぞ」
その言葉にマーサとアイシスは無言で頷いたのだった。