第63話 血の涙
文字数 1,854文字
何だ、お前の方から来たのか?
謁見の間で玉座に座っていたアズラルトは、ファブリスたちに気がついてそんな表情を浮かべていた。
マルヴィナは足を止めたファブリスたちから離れて、そのまま歩みを進めると玉座に座るアズラルトの横に立つ。
「アズラルト、エルはどこにいる?」
「アズラルト様だろう? 何度言えば分かる。低脳な魔族め。それにしても、魂喰らいの剣を二度も受けて生き伸びるとは、ごみ虫なみの生命力だな。魂喰らいの獣からどうやって逃れたのだ?」
アズラルトは人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。
「アズラルト、エルはどこにいる?」
ファブリスはアズラルトの問いには答えずに同じ言葉を繰り返した。その様子にアズラルトが苛立った表情を浮かべる。
「エル? あの古代種のことか。あの女ならそこだ」
アズラルトが顔を向けた先にエルはいた。四方に白い燭台のようなものがあり、その中心でエルは仰向けの状態で横たわっている。彼女の背中は僅かに床から離れており、宙を浮いている状態だった。
エルの瞳は固く閉じられている。ファブリスの位置からではエルの生死に関して判別するのが難しかった。
「心配するな。そいつは生きている」
ファブリスの思いを読み取ったかのようにアズラルトが言う。
ファブリスは邪神封じの大剣を抜くとその先端を玉座に座るアズラルトに向けた。
「エルは返してもらう。そして、お前は死ね」
その言葉にアズラルトは笑い声を返した。
「何だ、お前は俺をここまで笑わせにきてくれたのか? 邪神討伐の勇者に邪神のお前がどうやって勝つつもりだ。また前と同じ結果になるだけだぞ。それとも、前のことなど忘れるぐらいに魔族は低脳なのか?」
「貴様!」
マーサは最早、我慢ならないといった感じでアズラルトに飛びかかろうとするが、ファブリスがそれを制した。
「マーサ、邪魔をするな。お前の相手はマルヴィナとガルディスだ」
ファブリスの強い口調にマーサは、何かを飲み込むかのような顔で頷く。
「ガルディスはどこだ?」
「知らんな。なぜ俺が低脳魔族の質問に答える義務がある。さっきから質問ばかりで、うんざりだぞ」
アズラルトは鼻で笑った。
「邪神、あの魔導士は地下じゃな。下からとてつもない魔力の放出を感じる。あやつ、地下で地獄の蓋を開こうとしておる」
「あら、残念。あっさりと分かったみたいね」
マルヴィナが面白くなさそうな顔をした。それに合わせたかのようにマルヴィナの右手にある空間が揺れる。
転移魔法で姿を見せたのはガルディスだった。
「もう集まっているのか。導かれたと言うべきかな。こちらから出向く必要がなくなって、楽でいいのだが」
ガルディスはファブリスたちを見ながら飄々と言う。
「魔導士、何をしたのじゃ」
「西方の魔女か。お主に言われる筋合いはない。お主と同じことだ。既に準備は整った。もう誰にも止めることはできんぞ」
「妾と同じこと……」
アイシスの顔つきが厳しいものとなる。
「お主はかつて自身の国を神に捧げた。自分の子供たちを助けるためだけにな。それと同じことよ」
「言うな!」
アイシスは鋭く叫び、俯いた。アイシスの小さな肩が上下に大きく揺れていた。やがて荒い呼吸を繰り返していたアイシスはゆっくりと顔を上げて、黒色の瞳をガルディスに向けた。
「妾は調停する者じゃ。その名において、力の均衡を破ろうとする者は許さぬ」
「もう遅い。事は始まったのだ。もう止まらぬさ」
ガルディスの顔には喜悦のような表情が浮かんでいた。誰もが狂気に取り憑かれているのだとファブリスは改めて思う。
「お喋りはそこまでだ。貴様らの理屈も、思いも狂気も俺にはどうでもいい。貴様らは死ね。根絶やしだ」
ファブリスが大剣を手に走り出した。視界に薄笑いを浮かべるアズラルトの顔がある。脳裏に無惨に殺されたセリアの顔が浮かぶ。あの時の情景が浮かぶ。家族が殺された時の情景が浮かぶ。
怒りで脳が焼き切れそうになる。だが、怒りだけでは駄目だとも同時に思う。必要なのは狂気だ。怒りの先にある狂気。
ファブリスの視界が赤く染まっていく。頬を何かが伝っていく感触がある。
血か? 血の涙? 俺は泣いているのか?
それに構うことなく、ファブリスは大剣を無造作に振り下ろした。振り下ろした大剣が見えない何かにあたる感覚と、その見えない何かが砕け散った感触がある。
「あら、とんでもない馬鹿力ね」
それを見てマルヴィナが呆れたような声を出す。マルヴィナが作り出した障壁をファブリスが大剣で叩き壊したのだった。
謁見の間で玉座に座っていたアズラルトは、ファブリスたちに気がついてそんな表情を浮かべていた。
マルヴィナは足を止めたファブリスたちから離れて、そのまま歩みを進めると玉座に座るアズラルトの横に立つ。
「アズラルト、エルはどこにいる?」
「アズラルト様だろう? 何度言えば分かる。低脳な魔族め。それにしても、魂喰らいの剣を二度も受けて生き伸びるとは、ごみ虫なみの生命力だな。魂喰らいの獣からどうやって逃れたのだ?」
アズラルトは人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。
「アズラルト、エルはどこにいる?」
ファブリスはアズラルトの問いには答えずに同じ言葉を繰り返した。その様子にアズラルトが苛立った表情を浮かべる。
「エル? あの古代種のことか。あの女ならそこだ」
アズラルトが顔を向けた先にエルはいた。四方に白い燭台のようなものがあり、その中心でエルは仰向けの状態で横たわっている。彼女の背中は僅かに床から離れており、宙を浮いている状態だった。
エルの瞳は固く閉じられている。ファブリスの位置からではエルの生死に関して判別するのが難しかった。
「心配するな。そいつは生きている」
ファブリスの思いを読み取ったかのようにアズラルトが言う。
ファブリスは邪神封じの大剣を抜くとその先端を玉座に座るアズラルトに向けた。
「エルは返してもらう。そして、お前は死ね」
その言葉にアズラルトは笑い声を返した。
「何だ、お前は俺をここまで笑わせにきてくれたのか? 邪神討伐の勇者に邪神のお前がどうやって勝つつもりだ。また前と同じ結果になるだけだぞ。それとも、前のことなど忘れるぐらいに魔族は低脳なのか?」
「貴様!」
マーサは最早、我慢ならないといった感じでアズラルトに飛びかかろうとするが、ファブリスがそれを制した。
「マーサ、邪魔をするな。お前の相手はマルヴィナとガルディスだ」
ファブリスの強い口調にマーサは、何かを飲み込むかのような顔で頷く。
「ガルディスはどこだ?」
「知らんな。なぜ俺が低脳魔族の質問に答える義務がある。さっきから質問ばかりで、うんざりだぞ」
アズラルトは鼻で笑った。
「邪神、あの魔導士は地下じゃな。下からとてつもない魔力の放出を感じる。あやつ、地下で地獄の蓋を開こうとしておる」
「あら、残念。あっさりと分かったみたいね」
マルヴィナが面白くなさそうな顔をした。それに合わせたかのようにマルヴィナの右手にある空間が揺れる。
転移魔法で姿を見せたのはガルディスだった。
「もう集まっているのか。導かれたと言うべきかな。こちらから出向く必要がなくなって、楽でいいのだが」
ガルディスはファブリスたちを見ながら飄々と言う。
「魔導士、何をしたのじゃ」
「西方の魔女か。お主に言われる筋合いはない。お主と同じことだ。既に準備は整った。もう誰にも止めることはできんぞ」
「妾と同じこと……」
アイシスの顔つきが厳しいものとなる。
「お主はかつて自身の国を神に捧げた。自分の子供たちを助けるためだけにな。それと同じことよ」
「言うな!」
アイシスは鋭く叫び、俯いた。アイシスの小さな肩が上下に大きく揺れていた。やがて荒い呼吸を繰り返していたアイシスはゆっくりと顔を上げて、黒色の瞳をガルディスに向けた。
「妾は調停する者じゃ。その名において、力の均衡を破ろうとする者は許さぬ」
「もう遅い。事は始まったのだ。もう止まらぬさ」
ガルディスの顔には喜悦のような表情が浮かんでいた。誰もが狂気に取り憑かれているのだとファブリスは改めて思う。
「お喋りはそこまでだ。貴様らの理屈も、思いも狂気も俺にはどうでもいい。貴様らは死ね。根絶やしだ」
ファブリスが大剣を手に走り出した。視界に薄笑いを浮かべるアズラルトの顔がある。脳裏に無惨に殺されたセリアの顔が浮かぶ。あの時の情景が浮かぶ。家族が殺された時の情景が浮かぶ。
怒りで脳が焼き切れそうになる。だが、怒りだけでは駄目だとも同時に思う。必要なのは狂気だ。怒りの先にある狂気。
ファブリスの視界が赤く染まっていく。頬を何かが伝っていく感触がある。
血か? 血の涙? 俺は泣いているのか?
それに構うことなく、ファブリスは大剣を無造作に振り下ろした。振り下ろした大剣が見えない何かにあたる感覚と、その見えない何かが砕け散った感触がある。
「あら、とんでもない馬鹿力ね」
それを見てマルヴィナが呆れたような声を出す。マルヴィナが作り出した障壁をファブリスが大剣で叩き壊したのだった。