第69話 因果関係
文字数 1,666文字
やれやれだなとアイシスは改めて思う。誰も彼もが狂っているのだ。そして、おそらくは自分もそうなのだろう。
「妾はここで地獄の蓋を閉じるのでな。それが妾の役目じゃ」
「あら、ガルディスが言っていたわよ。一度でも開いた蓋は、悲哀が終わるまで戻らないって」
マルヴィナの口調には皮肉めいた物はなかった。事実を淡々と述べているといった感じだ。
「それは正確ではない。蓋を閉じる方法はあるのじゃよ。内側から閉じればよいだけじゃ」
「内側って、地獄とやらの内側からか?」
マーサが驚いた顔でアイシスを見ていた。そんなマーサの顔を見ながら、やはり真っすぐな気持ちのよい娘なのじゃなとアイシスは改めて思う。
アイシスはそんなマーサの言葉には答えずに、片手を彼女に翳す。
「おい、ちんちくりん、答えろ! 内側から閉じた後はどうなる!」
「獣人族、邪神と魔族の娘のことは頼んだぞ。一緒にいると、あのような者たちでも愛着が湧くというものじゃ。何、もう決着がついている頃かもしれん。短い間であったが、お主らとの旅、面白かったぞ」
「ちんちくりん、何を言ってる。お前、何をするつもりだ!」
その言葉を最後にマーサはアイシスの魔法によって転移していった。
柄にもなく、少しだけ寂しいかのう。
長く生きすぎたのかもしれぬな。
やれやれじゃて。
アイシスは心の中で呟くと、マルヴィナに視線を向けた。マルヴィナは変わらず薄い笑いを浮かべていた。
その様子は例え自分が死ぬことになっても、さして興味はないといった感じだった。
「やれやれじゃのう。お主も心が壊れてるのう。あの邪神と同じじゃて」
「ファブリスと一緒? 魔族と同じなんて嫌ね」
心の底から嫌そうな顔をしてみせるマルヴィナにアイシスは苦笑を返した。
「あの邪神もそうじゃし、お主の心が壊れたのも、原因を辿っていくと妾に辿り着くのであろうな。全ては妾が古代魔族から邪神の力を取り上げたのが始まりじゃ」
「あら、何の話? 古い話を持ち出して、全部の責任が自分にあるって考えるなんて、随分と感傷的なのね。別に庇うわけでもなくて、あなたと私に因果関係なんてないわよ」
「ふん、お主は存外に優しいのう」
「あら、優しいわよ? だって、私はマナ教の教皇だもの」
アイシスはマルヴィナの言葉に少しだけ笑った。
「ねえ、本当に内側から地獄の蓋を閉じるつもりなの? 例え閉じられたとしても、もう遅いわよ。かなりの亡者どもが出てきているもの」
「そもそも、あれが地獄だとは分らぬのじゃ。便宜上、そう言っているだけじゃな。分かっているのは、あそこには亡者と呼ばれる異形のものどもがいるということ。何、地上に残った亡者どもは、邪神と獣人族が何とかするだろうて。亡者どもには威力を発揮するマナ教の司祭、それも最上位の教皇もおるしな」
その言葉にマルヴィナは面白くなさそうな顔をする。
「さらばじゃな。お主は、せいぜいあの邪神に殺されないようにすることじゃて」
マルヴィナはその言葉に、今度は鼻の頭に皺を寄せてみせたのだった。
駄目。来ては駄目。
あの赤毛の少女は自分に赤色の瞳を向けて、絞り出すかのような口調で必死にそう言っていた。
何かが起こっているようだった。だが、そもそも何が起ころうが自分には関係ないのだ。ただ自分はエルを救うだけだ。
ファブリスはそう結論づけながらエルに向かって足を進めた。
「エル……」
ファブリスは片手をエルに伸ばした。だが、エルは体を動かせないようだった。辛うじて動く首を回してファブリスに必死な顔を向けている。
「……逃げて、駄目……」
エルは先程と同じ言葉を繰り返している。ファブリスはエルの四方を囲むように立っている燭台のようなものに目を向けた。あの燭台のようなものがエルの身を封じているのだろうか。
あれを壊すか。
邪神封じの魔剣はアズラルトの体に刺さったままだ。なので武器らしい武器などは持っていなかったが、燭台のようなものはファブリスが拳で殴れば折れそうなぐらいに細い。
そう考えながらファブリスが一歩を踏み出した時だった。
「妾はここで地獄の蓋を閉じるのでな。それが妾の役目じゃ」
「あら、ガルディスが言っていたわよ。一度でも開いた蓋は、悲哀が終わるまで戻らないって」
マルヴィナの口調には皮肉めいた物はなかった。事実を淡々と述べているといった感じだ。
「それは正確ではない。蓋を閉じる方法はあるのじゃよ。内側から閉じればよいだけじゃ」
「内側って、地獄とやらの内側からか?」
マーサが驚いた顔でアイシスを見ていた。そんなマーサの顔を見ながら、やはり真っすぐな気持ちのよい娘なのじゃなとアイシスは改めて思う。
アイシスはそんなマーサの言葉には答えずに、片手を彼女に翳す。
「おい、ちんちくりん、答えろ! 内側から閉じた後はどうなる!」
「獣人族、邪神と魔族の娘のことは頼んだぞ。一緒にいると、あのような者たちでも愛着が湧くというものじゃ。何、もう決着がついている頃かもしれん。短い間であったが、お主らとの旅、面白かったぞ」
「ちんちくりん、何を言ってる。お前、何をするつもりだ!」
その言葉を最後にマーサはアイシスの魔法によって転移していった。
柄にもなく、少しだけ寂しいかのう。
長く生きすぎたのかもしれぬな。
やれやれじゃて。
アイシスは心の中で呟くと、マルヴィナに視線を向けた。マルヴィナは変わらず薄い笑いを浮かべていた。
その様子は例え自分が死ぬことになっても、さして興味はないといった感じだった。
「やれやれじゃのう。お主も心が壊れてるのう。あの邪神と同じじゃて」
「ファブリスと一緒? 魔族と同じなんて嫌ね」
心の底から嫌そうな顔をしてみせるマルヴィナにアイシスは苦笑を返した。
「あの邪神もそうじゃし、お主の心が壊れたのも、原因を辿っていくと妾に辿り着くのであろうな。全ては妾が古代魔族から邪神の力を取り上げたのが始まりじゃ」
「あら、何の話? 古い話を持ち出して、全部の責任が自分にあるって考えるなんて、随分と感傷的なのね。別に庇うわけでもなくて、あなたと私に因果関係なんてないわよ」
「ふん、お主は存外に優しいのう」
「あら、優しいわよ? だって、私はマナ教の教皇だもの」
アイシスはマルヴィナの言葉に少しだけ笑った。
「ねえ、本当に内側から地獄の蓋を閉じるつもりなの? 例え閉じられたとしても、もう遅いわよ。かなりの亡者どもが出てきているもの」
「そもそも、あれが地獄だとは分らぬのじゃ。便宜上、そう言っているだけじゃな。分かっているのは、あそこには亡者と呼ばれる異形のものどもがいるということ。何、地上に残った亡者どもは、邪神と獣人族が何とかするだろうて。亡者どもには威力を発揮するマナ教の司祭、それも最上位の教皇もおるしな」
その言葉にマルヴィナは面白くなさそうな顔をする。
「さらばじゃな。お主は、せいぜいあの邪神に殺されないようにすることじゃて」
マルヴィナはその言葉に、今度は鼻の頭に皺を寄せてみせたのだった。
駄目。来ては駄目。
あの赤毛の少女は自分に赤色の瞳を向けて、絞り出すかのような口調で必死にそう言っていた。
何かが起こっているようだった。だが、そもそも何が起ころうが自分には関係ないのだ。ただ自分はエルを救うだけだ。
ファブリスはそう結論づけながらエルに向かって足を進めた。
「エル……」
ファブリスは片手をエルに伸ばした。だが、エルは体を動かせないようだった。辛うじて動く首を回してファブリスに必死な顔を向けている。
「……逃げて、駄目……」
エルは先程と同じ言葉を繰り返している。ファブリスはエルの四方を囲むように立っている燭台のようなものに目を向けた。あの燭台のようなものがエルの身を封じているのだろうか。
あれを壊すか。
邪神封じの魔剣はアズラルトの体に刺さったままだ。なので武器らしい武器などは持っていなかったが、燭台のようなものはファブリスが拳で殴れば折れそうなぐらいに細い。
そう考えながらファブリスが一歩を踏み出した時だった。