第73話 お帰り

文字数 1,941文字

「そうじゃぞ。地獄の蓋は内側からでなければ、閉じられぬからのう」
「はあ? ちんちくりん、何を言ってる。それで何で、ちんちくりんがここにいる。それにその姿は!」
「はあ? 相変わらず獣人族は頭が沸いておるのう。妾がここにいるのが不思議なのか? 蓋を閉じた後に妾が閉じ込められると言った覚えはないぞ」
「はあ? あの流れではそう思うだろう。おい、私の涙を返せ。ちんちくりん!」
「そんなことは知らぬわ。それに先程から、ちんちくりん、ちんちくりんと煩いのう。ほれ、これを見てみろ。もう、ちんちくりんとは言わせぬぞ。昔のような、ぼん! きゅっ! ぼん! じゃぞ。どこぞのお化けおっぱいにも負けてはおらぬ」

 アイシスと称する女性は腰に手をあてて胸を強調する姿勢をとる。

「いや、ちょっと何を言っているのだか……」

 マーサはその様子に呆れて二の句が継げないようだった。

「ほれ、魔族の娘、凄いじゃろう」

 マーサから感想を引き出せないと思ったのか、彼女はエルに視線を向けてきた。

「え、えっと……す、凄いね、アイシス」
「なんじゃ、その感想は」

 誰からも賞賛の言葉が大して貰えず、彼女は不満そうだった。

「何かつまらんのう。もっと皆が羨ましがると思っておったのに」
「ちんちくりん、この状況で本当に何を言ってるのか分からんぞ……」

 マーサはそんなアイシスの様子を見て、完全に呆れているようだった。

「ふん、ちょっと待っておれ」

 そんな言葉を残して彼女は転移魔法で姿を消す。再び姿を見せた時は、以前と同じ幼女の姿に戻っていた。

「やれやれじゃな。この体を残しておいてよかったぞ」

 以前と変わらない愛らしい幼女の姿を見て、エルはやっと心から安堵した。エルは両膝を地面につけて、アイシスをその胸に抱きしめる。

「何だ、そのいい加減な仕組みは……」

 エルの背後からそんなマーサの声が聞こえてくる。エルはそれを気にすることもなくアイシスを抱きしめ続けた。

「無事で本当によかった。お帰り、アイシス」
「なんじゃ? まともに言われると照れるのじゃ」

 アイシスはそんな言葉を呟きながら、腕の中でもぞもぞと動いている。そんなアイシスを腕の中に感じながら、エルは更に強くアイシスを抱きしめた。

「こら、苦しいぞ。妾などよりも魔族の娘の方が難儀じゃっただろうて」

 エルの両腕から逃れたアイシスはファブリスに視線を向けた。

「邪神、何があったのか細かい話は分からぬが、勇者との因縁は終わったようじゃな」
「さあ、どうだろうな」

 ファブリスはいつもと変わらずに素っ気なく返事をする。

「何じゃ、その言葉は。お主も可愛くないのう。そこの教皇とも手打ちになったのであろう?」
「マルヴィナと手打ち? そんなつもりはないがな。殺すきっかけを逃しただけだ」
「あら、怖いのね。でも、私もあなたが嫌いよ。だって、魔族は臭いから」

 マルヴィナは薄い笑いを浮かべている。

「何じゃ、お主らは相変わらずのようじゃのう」

 二人のそのような様子にアイシスは溜息を吐き出している。

「おい、壊れ女。いつまで私たち一緒にいるつもりだ。お前はさっさと教団に帰るんじゃないのか?」

 マーサがそれを見て苛ついた声を上げる。どうやらマーサはアイシス以上にマルヴィナには喧嘩腰となっているようだった。

「あら、私は帰らないわよ。暫くはファブリスと一緒にいようかと思って。ファブリスと一緒にいれば、人が沢山死ぬみたいだから」

 マルヴィナの顔には、やはり以前と同じく狂気が貼りついているように見えた。

「死ぬのが見たいのか? ならばお前が先に死ね、マルヴィナ」
「あら、やっぱり怖いのね。でも、嫌いな魔族に殺されるのは嫌よ」

 マルヴィナがファブリスの言葉に肩を竦めてみせた。

「ファブリスさんもマルヴィナさんも止めて下さい。何でそんなに物騒なことばかり言うんですか」
「あら、生意気で強気な子ね。そうね。殺しちゃおうかしら」

 マルヴィナがエルに冷たい視線を送ってきた。マーサも美しい顔をしているのだが、マルヴィナなは造形物のような、ある意味で人間味のない端正な顔をしている。そんな彼女に物騒な言葉を言われると、エルの背筋に冷たいものが流れ落ちる。

「おい、壊れ女、エルを虐めるな。エルは私の妹分なのだからな」

 マーサがすかさずエルとマルヴィナの間に割って入ってきた。

「あら、間抜けな獣人族。あなたも一緒に殺されたいのかしら?」
「おい、お前らいい加減にしろ。殺し合いなら向こうでやれ」

 ファブリスもよく分からないことを言い始めて、場が更に混沌とし始める。

 そんな状況にもかかわらず、エルは少しだけ嬉しかった。そして、一方では物騒な言葉が飛び交っているというのに、そのような感情を抱く自分が少しだけエルは不思議だった。
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