第30話 何をするつもりなのかな

文字数 1,561文字

 まあいいとファブリスは思う。魔族や人族がどうなろうと知ったことではないのだ。そういった意味で言うのであれば、ファブリス自身も自分がどうなろうと余り興味はなかった。結果として邪神の力とやらに自分が飲み込まれてしまうのであれば、それはそれで構わないとも思う。

 怒り、恨み、呪い。そういった人族と魔族に対する負の感情以外に、得体の知れない物があの時から自分の中に確実に存在していることをファブリスは感じていた。

 これが邪神の力なのだろうかとファブリスは思っていた。時としてそれはファブリスの中にある負の感情すらも飲み込もうとしていた。それによって完全に飲み込まれてしまった時、自分はどうなるのだろうか。完全に他者から邪神と呼ばれてしまうような存在に自分はなってしまうのだろうか。

 気づくと急に足を止めたそんな自分をエルが少しだけ悲しそうな顔をして見ていることにファブリスは気がついた。

 ファブリスは内心で苦笑する思いだった。別に自分は悲観しているわけではないのだ。ただ、いずれにせよ何かと勘の鋭い娘だと思う。

 ……苦笑する思い。

 先ほどから何度か感じていた感情だった。
 ……思えば不思議だった。自分の中でそんな感情が湧き上がってくることに。いや、このことだけではないのかもしれなかった。エルと旅をするようになってから、セリアが死んでからなくなったと思っていた様々な感情が表れてくるようになった気がする。

 この娘は一体……。

 自分に向けられているファブリスの微妙な表情の変化に気がついたのか、エルが不思議そうに小首を傾げていた。




 宗教都市アルガンド。逗留を決めた宿屋の窓からエルは眼前にある通りの往来を眺めていた。
 人の往来も多くて活気があるものの、随分と雰囲気が変わった街だとエルは思っていた。聖職者と思しきマナ教特有の服を着ている人が多いし、何よりも物々しい甲冑を着込んだ騎士たちを多く見かけることができた。

 マーサの説明だと、これらの騎士たちは全てマナ教騎士団に所属している騎士とのことだった。

 そんな宗教都市アルガンドにマナ教の指導者、聖女とも呼ばれているマルヴィナ教皇がいるという。聖女マルヴィナと言えば邪神討伐を行った勇者一行の一人だ。

 勇者一行の一人となれば当然、ファブリスの復讐対象なのだろう。

 やはりファブリスは邪神討伐を行った勇者一行の全てに復讐するつもりなのだろうとエルは思う。
 エルは背後のマーサに振り返った。

「ねえ、マーサ、ファブリスさんはどうするのかな?」

 マーサは質問の意味が分からないようで不思議そうな顔をしている。そんなマーサにエルは言葉を継ぎ足した。

「ファブリスさん、ここでどうするつもりなのかな、何をするつもりなのかなって思って」
「ああ、そういうことか」

 マーサは要領を得たとばかりに頷いた。

「普通に考えればマナ教の教皇、聖女マルヴィナとやらへの復讐だろうな」
「ん……」

 やはりそうなのだろうとエルも思って同意の頷きをマーサに返した。そんなエルの顔を見てマーサが再び口を開く。

「エル、何だいその顔は? また人を殺してはいけないなどと言い出すつもりかい?」

 マーサの口調には以前のようにエルを強く非難するような響きはなかった。もっともエルにしてもそれを口にするつもりなどはなかったし、不満だったわけでもないのだったが。

 黙って赤い頭を左右に振ってマーサの言葉を否定した後、エルは口を開いた。

「やっぱりそうだよね。そのマルヴィナを追ってここに来たんだよね」
「そうなんじゃないかな」
「また、沢山の人が傷ついたり、死んだりするのかな?」
「さあ、どうだろうね。私は人族がどれだけ死のうが興味ないけど。でも、当然そうなるのだろうね」

 マーサは素っ気なく言う。この会話自体にマーサは興味がないようだった。
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