第57話 生贄
文字数 1,724文字
ゆっくりと目を開けたファブリスのぼやけた視界には、マーサの心配そうな顔があった。
「ファブリス様、申し訳ございませんでした」
謝罪するマーサを片手で制してファブリスは上半身を起こす。
「まだ大人しくしておれ。急に動かぬ方がよいぞ。妾は回復魔法を扱うのが不得手じゃからな」
声がする方にファブリスは赤い瞳を向けた。視界はまだぼやけており、僅かに揺れているようだった。
「何があった?」
記憶が曖昧だった。
確かアズラルトに自分は魂喰らいの剣で貫かれたはず……。
「再び獣を喰らったか。大した精神力じゃのう。それほど怒りが強いということなのかもしれぬな」
アイシスが呆れたような声で言う。
「何があった?」
ファブリスは再び疑問を口にした。
「エルが連れ去られました。私も魔導士に不覚を取り……」
魔導士……ガルディスのことなのだろうとファブリスは思う。
だが、そんなことよりも、エルが連れ去られたというマーサの言葉。こちらの方がファブリスには気になっていた。
殺されたのではなく連れ去られた?
どういうことなのだとファブリスは思う。
「不覚どころの騒ぎではなかったぞ。妾の回復魔法がもう少し遅かったら、そこのお化けおっぱいは生きておらぬ。皆を抱えて妾は転移魔法で脱するのがやっとじゃった」
アイシスの言葉にマーサは唇を噛んで俯いてしまう。その様子を見る限りでは反論の余地もないというところなのだろう。
「マーサだけの話ではない。俺もアズラルトに不覚を取ったのだからな」
慰めにもならないだろうと思いながらもファブリスはそう口にする。同時にファブリスの口に苦い味が広がる。
復讐を果たすどころか、エルをも連れ去られたのだ。今はアズラルトへの怒りよりも自身に対する怒りの方が強い。
俺は何をやっているのだと。
復讐の思いに目が眩んだのかと。
ファブリスはアイシスに再び視線を向けた。
「そんな顔をするな。まるで邪神のような顔じゃぞ」
アイシスは軽口にもならないようなことを口にして、更に言葉を続けた。
「不覚を取ったのは妾も同じじゃ。少し勇者とやらを舐めておったな。どこで何を知ったのかは知らぬが、あの勇者、かなりの事情を知っているはずじゃ。そして、だからこそあの娘を連れ去った」
「アズラルトがkどうしてエルを連れ去る必要がある?」
ファブリスが先程、自分の中で浮かんだ疑問を口にした。
「触媒じゃな。言い換えれば生贄じゃよ。あの娘は古代種の魔族じゃからな」
「どういうことだ?」
「邪神の力を手に入れるためには古代種の魔族が必要となるのじゃ。あの娘だからということではなくて、古代種の血を欲したということじゃな」
触媒、古代種。分からないことが多すぎた。ファブリスはそもそもの疑問を口にした。
「アズラルトが邪神の力を欲しがっているということか?」
「そういうことじゃろうな。その力を己の物にしたいのか、それとも他に考えがあるのか。それは分からぬ。だが、あの勇者が邪神の力を欲しているのは間違いない。あやつが邪神討伐の勇者となったのもそのためなのかもしれぬな」
そもそもファブリスが裏切られたのも、セリアたちが無惨に殺されたのもアズラルトが邪神の力を得るためだった。そうアイシスは断言するかのように言う。俄には信じられない話だった。アズラルトは勇者なのだ。古来より勇者とは邪神を討ち滅ぼす者ではなかったのか。
「そもそも、邪神とは何だ。定期的に現れる災いのようなものではないのか?」
ファブリスは疑問を口にした。自身が邪神そのものであるかもしれないというのに、おかしな質問だとファブリスは自分でも思う。
「邪神は存在ではないのじゃよ。力そのものなのじゃ。だから邪神の力は受け継がれる」
「ならば、俺はその力とやらを受け継いだだけだというのか?」
ファブリスの言葉にアイシスは頷いた。
「それも中途半端にな。お主は邪神の力の全てを受け継いでおらぬようじゃて」
「ファブリス様は邪神ではない……ということか?」
ここで今までは黙したままだったマーサが口を挟んできた。
「邪神の定義が邪神の力を持つ者ということであれば、そこの者は間違いなく邪神じゃよ」
その言葉にマーサは安堵したような表情をする。
「ファブリス様、申し訳ございませんでした」
謝罪するマーサを片手で制してファブリスは上半身を起こす。
「まだ大人しくしておれ。急に動かぬ方がよいぞ。妾は回復魔法を扱うのが不得手じゃからな」
声がする方にファブリスは赤い瞳を向けた。視界はまだぼやけており、僅かに揺れているようだった。
「何があった?」
記憶が曖昧だった。
確かアズラルトに自分は魂喰らいの剣で貫かれたはず……。
「再び獣を喰らったか。大した精神力じゃのう。それほど怒りが強いということなのかもしれぬな」
アイシスが呆れたような声で言う。
「何があった?」
ファブリスは再び疑問を口にした。
「エルが連れ去られました。私も魔導士に不覚を取り……」
魔導士……ガルディスのことなのだろうとファブリスは思う。
だが、そんなことよりも、エルが連れ去られたというマーサの言葉。こちらの方がファブリスには気になっていた。
殺されたのではなく連れ去られた?
どういうことなのだとファブリスは思う。
「不覚どころの騒ぎではなかったぞ。妾の回復魔法がもう少し遅かったら、そこのお化けおっぱいは生きておらぬ。皆を抱えて妾は転移魔法で脱するのがやっとじゃった」
アイシスの言葉にマーサは唇を噛んで俯いてしまう。その様子を見る限りでは反論の余地もないというところなのだろう。
「マーサだけの話ではない。俺もアズラルトに不覚を取ったのだからな」
慰めにもならないだろうと思いながらもファブリスはそう口にする。同時にファブリスの口に苦い味が広がる。
復讐を果たすどころか、エルをも連れ去られたのだ。今はアズラルトへの怒りよりも自身に対する怒りの方が強い。
俺は何をやっているのだと。
復讐の思いに目が眩んだのかと。
ファブリスはアイシスに再び視線を向けた。
「そんな顔をするな。まるで邪神のような顔じゃぞ」
アイシスは軽口にもならないようなことを口にして、更に言葉を続けた。
「不覚を取ったのは妾も同じじゃ。少し勇者とやらを舐めておったな。どこで何を知ったのかは知らぬが、あの勇者、かなりの事情を知っているはずじゃ。そして、だからこそあの娘を連れ去った」
「アズラルトがkどうしてエルを連れ去る必要がある?」
ファブリスが先程、自分の中で浮かんだ疑問を口にした。
「触媒じゃな。言い換えれば生贄じゃよ。あの娘は古代種の魔族じゃからな」
「どういうことだ?」
「邪神の力を手に入れるためには古代種の魔族が必要となるのじゃ。あの娘だからということではなくて、古代種の血を欲したということじゃな」
触媒、古代種。分からないことが多すぎた。ファブリスはそもそもの疑問を口にした。
「アズラルトが邪神の力を欲しがっているということか?」
「そういうことじゃろうな。その力を己の物にしたいのか、それとも他に考えがあるのか。それは分からぬ。だが、あの勇者が邪神の力を欲しているのは間違いない。あやつが邪神討伐の勇者となったのもそのためなのかもしれぬな」
そもそもファブリスが裏切られたのも、セリアたちが無惨に殺されたのもアズラルトが邪神の力を得るためだった。そうアイシスは断言するかのように言う。俄には信じられない話だった。アズラルトは勇者なのだ。古来より勇者とは邪神を討ち滅ぼす者ではなかったのか。
「そもそも、邪神とは何だ。定期的に現れる災いのようなものではないのか?」
ファブリスは疑問を口にした。自身が邪神そのものであるかもしれないというのに、おかしな質問だとファブリスは自分でも思う。
「邪神は存在ではないのじゃよ。力そのものなのじゃ。だから邪神の力は受け継がれる」
「ならば、俺はその力とやらを受け継いだだけだというのか?」
ファブリスの言葉にアイシスは頷いた。
「それも中途半端にな。お主は邪神の力の全てを受け継いでおらぬようじゃて」
「ファブリス様は邪神ではない……ということか?」
ここで今までは黙したままだったマーサが口を挟んできた。
「邪神の定義が邪神の力を持つ者ということであれば、そこの者は間違いなく邪神じゃよ」
その言葉にマーサは安堵したような表情をする。